第三部「【龍の背―ドラゴンバック―】の地下空洞」
第11話
ヴァーブ達がドラゴンバックの岩山から脱出したその日の夜――
扉の両端に置かれた松明の火から、ヴァーブ達と戦っていた時と同じ姿の獣人が映し出されている。
ドライと呼ばれていた鷹の獣人は岩山に埋め込まれた扉の前で怒り狂っていた。
「……あの生意気な人間共の目をくりぬき野鳥達の餌にしてくれる!」
そして、扉とドライの間に立っていたのは竜人アインスと獅子の獣人フィーアであった。
「ドライよ、大事はないか?」
座り込み拳を地面に打ち付けるドライへとアインスが問いかける。
「アインス殿……、人間如きにしてやられるとは面目次第もない……」
ドライは目を瞑り、怒りと悔しさで拳が震えていた。しかし、アインスは頷くだけで冷静に状況を見つめる。
「いや、お主が無事で良かった」
「……」
「して、お主が戦った者達は?」
「それが……、一人は
ドライがアインスに見せるように拳を広げると、その手の中には潰れたスープの器が握られていた。辛うじて器の形を保っていたそれは、ドライの指先によって板状に変形させられ地面へと投げ捨てられる。
――カランッ……。
乾いた音が岩山に虚しく響いていく。
「……ふむ、お主の声が聞こえて気になって出てきて良かった。中で休むといい」
「いや、しかし……!」
顔を上げてアインスを見ようとしたその時、フィーアがそっとドライの肩に手を乗せた。
フィーアは開いているのか開いていないのか判別の付かない目をドライへと向ける。
「まあまあ、変化して疲れてるでしょー?」
「フィーア殿まで……」
「ねえねえアインスー、僕が見ておくからさあ、ドライを休ませてあげてー」
フィーアはやる気があるのか無いのか、やはり欠伸しながら言葉を発した。
アインスは慣れた雰囲気で静かに頷く。
「うむ、任せたぞ」
「はーい。ドライ、立てるー?」
「ああ、問題ない……、すまないなフィーア殿……」
差し出されたフィーアの手を借りて立ち上がるドライ。そして、アインスはドライと共に岩山に埋められた石の扉の前に立った。
既に扉は開いており、不気味な仄暗い空間は地下へと伸びる階段が続いている。
「ドライよ、行くぞ」
「承知致しました……。フィーア殿、かたじけない」
「気にしないでー」
頭を下げるドライに対してフィーアは寛容に手を振って応える。
「ではフィーア、少しの間ここを頼んだぞ」
「はーい。ゆっくりしてるねー」
「……」
挨拶を交わしたアインスとドライは、壁に松明の火が灯る地下へと向かう階段を下りていった。
ドライは頭を押さえながらアインスの後ろを歩き、怒りを露わにする。
「次、あの者達が訪れた時は最初から全力でいく……あのような不意打ちで我が地に伏せるなど、生を授かってから最大の屈辱だ……!」
「人間……」
アインスはそう呟くと戦場での出来事を思い出した。黒い外套を羽織る者達。オーディーンの国の異様な気配を放つ者達のことを……。
先に階段を下りていくアインスは振り返らずにドライへと尋ねた。
「ドライよ、その者達は外套を羽織っておったか?」
「ん? ああ、赤い外套を纏った男と黒い外套の者、もう一人はドレスを着た女であったが……?」
「ふむ、そうか……」
アインスはそのまま黙した。だが、何かを知っているような雰囲気にドライは質問を飛ばさずにはいられない。
「アインス殿はあやつらが何者なのか知っているのか?」
「ふむ……」
アインスの解答には少しの間が生じた。
「……知らないが、知っている。なんとも言えない関係であることは間違いないな」
「どういう事か説明して頂いても?」
ドライの言葉にアインスは「うむ」と、静かに答えてから言葉を続けた。
「私とフィーアが戦場の様子を見に行ったであろう。その時に黒い外套を纏う者を二人見たのだ」
「ほう……」
ドライは
「だが、今回居たのは赤い外套を着た男と白いドレスを着た女。黒い外套の者は一人だけであったぞ」
「女は分からんが外套を身に着けた者達は私が見た者達と同じ類のものであろうな」
「いや、アインス殿、女も中々に珍妙な技を使っておった。それが証拠に私を氷漬けにしたのはその女であるぞ」
アインスの瞳が僅かに後ろを見るように動き呟く。
「人間の技ではないな……」
「もう一人は重力をどうだこうだと言っておったが、よく分からぬ……」
「ふむ、他に変わった事はなかったか?」
「あとは――」
ドライは階段を下りながら、今日遭遇した三人の事を話した。
赤髪の男が最初に突撃してきたため迎撃、倒れた所を殺そうとしたがもう一人の者に邪魔された事。そして、黒い外套を纏う者によって地に伏せられ、最後には女に氷漬けにされてしまった事。
「――三人が同時に襲いかかっていれば殺されていたかもしれん……」
伝え終えたドライはぐっと拳を握り締めた。
アインスはそっと一言だけ、
「ご苦労であったな」
と労いの言葉を述べる。
「いえ、土を付けられてしまい、獣人の名を汚してしまい申し訳ない……」
「ふっ……その程度で汚れる名ではない、安心するがいい」
「はい……」
二人はそのまま階段をひたすらに下りていく。
階段の先、ドラゴンバックの地下には鍾乳洞のような空間が広がっていた。
天上には時を経て出来たつららが垂れ下がり、中央には池のような水溜りが出来ていた。湿っぽい空気の中、点在する松明の火が全体を微かに照らし出している。
壁面には土で造られた家が壁に沿うように、大小様々な形で軒を連ねていた。
「アインス殿、セプトへ報告しに行かれるのですか?」
ドライの問いかけに一歩踏み出し始めたアインスが後ろを振り向く。
「ああ、そのつもりだが」
「ならば私はここで失礼させて頂きます」
「ああ、分かった」
ドライの表情が曇っている事をアインスは悟っていたが、気にする素振りは見せなかった。
「では……」
ドライは一礼した後、右手の方にある土壁で出来た扉もない家の中へと入っていった。
「セプトも嫌われたものだな……」
アインスは誰に言うでもなく呟くと池の向こう側へと歩き出す。
土壁に木材を組み合わせた人間らしい家が一軒だけ、鍾乳洞の奥に存在した。アインスは真直ぐその家へと向かい、扉を叩いて声を発する。
「セプト、アインスだ」
「はい! 少しだけ待ってくださいね!」
好青年の若い男の声が家の中からアインスへと言葉を返した。
木製で出来た通常よりも大きなサイズの扉が開く。
扉を開けたその者の姿は――
「アインスさん、お疲れ様です」
「ああ、お主もな」
床を踏みつけるは四本の馬の脚、本来ならば馬の首が存在するであろう部分には男性の上半身があった。
獣人の中でも異質なその姿はまるで空想上の生き物、ケンタウロスのようである。
セプトの顔は若い男性の作りをしており、人間の世界でも美青年と言える顔立ち。晒している上半身も筋肉質であり、下半身が馬でなければ絶世の美男であったに違いない。
「どうなされたのですか?」
「少し報告しておきたくてな、今は大丈夫か?」
「ええ、大丈夫ですよ。どうぞ中へ」
丁寧に家の中へと案内されるアインス。
他の獣人達の家は簡素で扉も無ければ小分けにされた部屋も無い。入ってすぐに簡易的なベッド、もしくは干し草の上で眠る者が多かった。だが、ケンタウロスであるセプトの家は違う。
玄関には扉がある。廊下を真直ぐ行けばリビングのような適度に広い空間が存在する。寝床はまた別の部屋にあり、そのドアはいつも閉じられていた。
そんな人間らしい家に住むセプトに対し、嫌な感情を抱く者は少なくなかった。
……先程、階段を下りてすぐに別れたドライもその一人である。
アインスは干し草が凝縮されたカーペットのような床に腰を下ろした。
「何か飲み物をいれましょうか?」
アインスの隣でセプトが声をかける。
「いや、大丈夫だ」
「そうですか……」
少し残念そうな面持ちでセプトはアインスと向かい合うように四つ足を折りたたんで座り込んだ。
「アインスさん、それで話とは?」
「ああ、それなんだが――」
戦場での出来事やドライを襲った者達の事を伝えるアインス。
話を聞いたセプトは
「……」
アインスはただその様子を片目で見つめる。
「この場所まで来たとなると、いずれは攻め入ってくるかもしれませんね……」
「うむ、やはりそうなるか……」
アインスはなぜ此処がバレたのかを思案していたが、答えは思い浮かばない。
「……」
黙する二人。
少し間をおいてから口を開いたのはセプトだった。
「……瞬足のような足の速い者に重力を操る者、氷の女……まるで神の技ですね」
「神の技?」
「ええ、神の中にはヘルメスという神速の神が居たり、絶対零度の神シヴァが居ます。重力の神……は存じませんが、神には多種多様な者達が居るようです。アインスさんの話を聞いていると、ふとそう言った昔の記憶を思い出しまして……」
言い終えたセプトは「あはは……」と苦笑いを浮かべた。
「随分、人間の空想の物語に詳しいのだな」
「ええ、まあ……。ここに来る前に色々ありましたからね……」
「……」
セプトの言葉にアインスは黙って目を伏せる。
かつては人間達を
争う事を好む者達が大半を占めてはいたものの、その中にも自由を追い求める者や人々の中に混ざり生活をする者も居た。和やかに日々を過ごす獣人もかつては居たのである。
しかし、獣人達が集められた数百年前の集会でほとんどの獣人達が殺された。アインスと同じ竜の獣人である白い竜によって……。
――――――――――――――――――――
[人物等の紹介]
ドライ
鷹の獣人。
氷漬けにされて憤慨し飛び回って探すも見つからず……。
セプト
半獣半人の変わった獣人。
空想上の生き物であるケンタウロスの姿で、上半身は美男子。
喋り方も物腰が柔らかくアインスへと話しかけていた。
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