第10話
獣人の身体が氷に包まれた所でザインは手を放し、岩にもたれて一服しているヴァーブへと話しかけた。
「ヴァーブ、貴方ってやっぱり馬鹿ね」
「クソアマうっせえぞ……あぁ……ダレットも一緒に寄越してくれりゃ良かったのによ……クソ痛ぇ……」
痛みを堪えながらなんとか立ち上がったヴァーブは突き刺した刀を抜き取り鞘へと納める。
ヴァーブの目の前に立って顔をまじまじと見つめるザイン。
「な、なんだよ……」
「一人で突っ込んだ理由が私には分からないわ」
「俺は一対一じゃなきゃ嫌なんだよ」
「やっぱり馬鹿なのね」
「うるせえ! 殺す! 今すぐその首斬り落としてやる!」
納めた刀を再び握り締めて取り出そうとするヴァーブだったが――
「ちょっとだけ大人しくして」
「な、なんだよ……」
ザインがヴァーブの胸にそっと触れる。ヴァーブは怪訝な表情で見つめるが、ザインは無表情のまま、淡々と返事を返すだけ。
「少し冷やしておくわ。痛みも多少はマシになるかもしれないし」
「氷漬けにしたら許さねえぞ」
「そんなことしないわ、貴方は馬鹿でも仲間だもの」
「はぁ……お前はいっつも一言余計なんだよ……」
ヴァーブはそっぽを向きながら小さな声で呟いた。ザインは特に気にする様子もない。
冷やし終わったザインは後ろで手を組みヴァーブの顔を覗き込んだ。
「……さて、どうかしら」
胸を押さえたまま息を吸って吐いてを繰り返すヴァーブ。
「まあまあだな」
「それは良かったわ。さてさて、それはそうと、アレはどうするの?」
「採取……?」
「とは言ってもねえ……日も暮れちまったしそろそろ――」
ゴゴゴ……。
山全体が唸りを上げているような音に三人は身構える。三人はほぼ同時に獣人が元居た場所を向いた。
暗闇になる手前、先程獣人が立っていた位置には似たような影が二つ並んでいる。
ヴァーブの殺気とはまた別物であり、突き刺すような鋭い威圧と肺を圧迫されるような重い空気が立ち込める。
三人は念のため、岩陰へと隠れた。
「ドライよ、何処へ行った」
「おかしいなあ、さっきまで居たのにねえ」
「ふむ、暗くてよく見えんな……ドライ、ドライはどこだ」
「ドーラーイー……ふぁああ……」
「新手……」
そこに現れたのは黒竜の頭蓋を持つアインスと獅子の頭を持つフィーアだった。
「おいおい、まじかよ……あんなの聞いてねえぞ……」
ヴァーブの口元は笑いながらも額を一粒の汗が伝う。
「これは、さすがにちょっとまずいかもしれないわね」
「お前の声からは焦りも何も感じねえんだよ……」
「撤退……推奨……」
ヴァーブとザインが目を合わせて頷いた。
「だな」
「そうね」
姿がバレないように岩を盾のようにしてその場から離れて行く三人。
「ドライ、ドライは何処だ」
「ドライー、どこおー」
獣人達が今しがた死んだであろう仲間の名前を呼ぶ中、次第に世界が真暗闇に包まれていった。
ある程度の距離はとったものの、足場の見にくい岩山を歩くのは難儀である。三人は足を止めてしゃがみ込んだ。
「火、点けるか?」
「いえ、まだやめておいた方がいいんじゃないかしら」
「だが、これじゃ前が見えねえぞ」
「迷うわね」
「お前の顔からは何も伝わってこねえんだよ……」
二人のやり取りを見ていたヘイはそっと提案を持ち掛ける。
「先頭……変更……自分、先行……」
「任せていいのか?」
「暗闇……安全……歩行、可能……」
「貴方が先頭歩くよりもヘイが先頭を歩いた方が良さそうね」
「まあ、確かにヘイの方が良いか……、任せたぜ」
「了解……外套……接触」
ヘイの言葉の意味を理解し、二人はヘイの外套を左右に分かれて握り締めた。
ヘイが歩き出す。
まるで見えているかのように夜闇を突き進んでいくヘイに任せて二人が合わせて歩行する。
「ヘイが居て助かったわね」
「まあ、そうだな……。あとはダレットが居てくれれば万全だったのによ……」
「貴方の落ち度でしょ」
「うるせえ……そもそも俺が体力残っていればあんなやつ――」
「ぐぉおおおおおおおおおおおぉおおお!」
先ほど戦った獣人と同じ声が後方から鳴り響いた。
大気を震わせるような声に三人はぴたりと足を止めてしまう。
「おい……今のってまさか……」
「信じたくはないけど、そうでしょうね」
「生還……」
「だよな……ちっとマズい……。ヘイ、能力はまだ使えるのか?」
「無論……」
「んじゃ、ちょっくら走ってくれ。逃げるぞ」
「了解……」
ヘイがバッグパックの中身を全て放り出し、ヴァーブがその中へ入っていく。
ヴァーブの行動の意味を理解したザインはバッグパックの中で丸くなるヴァーブを見下ろすように呟いた。
「貴方と一緒に鞄の中なんて嫌よ」
「文句言ってる場合かよ……!」
「だって嫌なものは嫌だもの」
「上空……気配……」
「な――」
「ぐぉおおおおおおおおおおおおおおお!」
先ほどの声がもう一度、闇の中でこだました。
その後、三人の元に突風が吹き荒れる。
「どこだぁああああ! 生意気な人間どもがぁああああああああ!」
空の上でけたたましい声が鳴り響く。
「あいつ飛ぶのかよ……」
「静粛……」
「「……」」
「どこだ! 我を地に伏せさせた人間どもがぁああ……! 姿を現さぬかぁああああ!」
山の中は闇に包まれている。幸い、三人の居場所は獣人にも分からないようだった。
上空では頻りに獣人の怒声が響き渡る。
「……」
ヴァーブはバッグパックの中から静かに外へ出ると、手探りでヘイが取り出した荷物を漁った。手に持ったのは昨日、スープを入れていた器。
微かに聞こえる音にザインが小声で話しかける。
「なにする気なの」
「まぁ、見てろって」
ヴァーブは器をブーメランを投げるように構える。内側から外側へと振り切った腕から真直ぐ闇の中を器が飛んでいく。
「……」
――――――カコンッ。
遠くの方で器が何かにぶつかり乾いた音を出した。
「そこかぁあああああああ!」
音に反応した獣人が一目散に声を上げて飛び去って行く。
吹き荒れる風にザインの髪が靡き、堪らず手で押さえ込んでいた。
「おい、今のうちに……」
「あんな化け物でも子供騙しにあうのね」
「感想言ってないでさっさとしろって……!」
「はいはい、仕方ないわね。特別よ」
ヴァーブがバッグパックの中へと入る。その後、ザインが渋々ヴァーブに背中をもたれるようにして入った。
「変な事しないでね」
「するかクソアマ……。ヘイ、すまんが頼んだぞ」
「了解」
ヘイは二人が入ったバッグパックを軽々しく背負うと、道が見えているかのように走って岩山を下りていった。
浮いているようにも見えるヘイは音もなく走る。
明朝になる頃には、飛んでいた獣人も大人しくなったのか、声は聞こえなくなっていた。
二日後、三人は王国へと無事に戻ることができた。
ヴァーブはダレットに治療を施してもらい、ザインとヘイは共にディーンに渡す報告書の作成に当たっていたのだった。
――――――――――――――――――――
[人物等の紹介]
鷹の獣人 ドライ
獣人達のほとんどが人の二回りほど大きい体格をしている。
変化? すると空を飛ぶことが出来る。
――――――――――――――――――――
と言うことで......二話目終わりました!
見てくださっている方……誠に感謝です!(*´▽`*)
「人物多すぎ」とか「何の話?」とか、色々感じられるかもしれません……。
(本人ですらやり過ぎたかと存じております(;´Д`)汗)
好きな要素詰め込みまくリングですが、楽しんで頂けてると幸いです/(;;;;´Д`)
ということで、二話の登場人物まとめ!!
ヴァーブ
肩にかかる程の赤い髪に左目を隠した隻眼の男。
トバシラのメンバーNo6、【狂乱のヴァーブ】。
代償は〈慈悲の心〉。
過去:九九八人を殺した殺人鬼と恐れられた男。だが、その実態は残虐非道の極悪人を裁く者だった。しかし、貴族などに手を出したことで国から恨みを買ってしまった。
武器:「黒刀」――斬れ味良さそう。
黒い刀を一本だけ携えている。
ザイン
メンバーで唯一ドレスを着た女性。長い銀色の髪を垂らしている。
トバシラのメンバーNo7、【氷冷のザイン】。
代償は〈向上心〉。
過去:元貴族の娼婦。ひどい仕打ちを受け、二階の窓から突き落とされ命からがら逃げだした。
逃げた先、川の近くでディーンと出会う。
武器:「???」
鷹の獣人を氷漬けにした時、獣人が言った一言が気になるが……。
ヘイ
口元以外、頭部を黒い包帯で巻いた者。猫背が目立ち、声音は男性。
トバシラのメンバーNo5、【潜闇のヘイ】。
代償は〈自尊心〉
武器:「グラビス」――暗い紫色の水晶。
ある一定の距離の中にあるものを最大3つまで重力負荷をかけることができる。逆もまた然り。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます