第16話

 四人が斜面を飛ぶようにしながら下りていく。ノインも同じように岩から岩へと、一定の距離を空けてついていく。


 ドラゴンバックと向かい合うようにして広がる【妖精の住む湖―フェアリーレイク―】。その向きとは反対側の斜面を下りて、四人と一匹は無事に目的地に着いたようだった。


「海だー!」

「海だねー!」


 目の前に広がる青く輝く水の塊を見ながら双子が楽しそうに声をかけあう。


 ドラゴンバックの裏側には、岩山と同じ乾いた大地がほんの僅かに続き、その先には広大な海が広がっていた。

 崖になっている岩場から覗き込めば、吸い込まれそうな感覚を脳に植え付けられる。もし落ちてしまえば、真下にある突き出た岩が遠慮なく身体を叩き潰すだろう。

 そして、辺りには岸壁に打ち付ける波の音や弾ける水しぶきの音がこだまする。


「……」


 崖の際まで足を進めて遠くを見つめるセプトにアハトは怪訝な表情を浮かべた。双子のヒュンフーとゼクスは楽しそうに追いかけ追いかけられを繰り返して遊んでいる。

 ノインは岩陰からこっそりとその風景を腕を組みながら眺めていた。


「……何もない場所で止まりやがってよぉ」


 ノインの呟きに、離れた所に居た黒髪の獣人ゼクスの耳がピクピクと……。


「ん?」

「どうしたの?」


 ピタッと足を止めたゼクスの後ろから、ヒュンフーが抱きつきながら問いかける。


「なんか聞こえた気がする」

「んー?」


 ノインの方へとゆっくり歩いてくる双子。


「やばっ……!」


 ノインがあたふたと岩陰から奥の方へと身を潜める。


「すんすん……」

「……すんすん」


 ゼクスの真似をしてヒュンフーも周囲の匂いを確かめた。下りてきた岩の斜面をちょこちょこと探し回る。


「何もいないよ?」

「おっかしいなー、何か聞こえた気がしたんだけどなー」


 ヒュンフーの声掛けにゼクスは悩ましい顔をしながら黒い尻尾をフリフリと動かした。


「ヒュンフー、ゼクス」


 セプトが二人を呼びかける。その近くでは未だに訝しい目を向けるアハトが佇んでいた。


「セプト、何をする気だ?」

「いえ、ちょっとだけ話がしたいなと思いまして」


 アハトとは対称的に微笑みを向けるセプト。


「やっぱりあんたはいけ好かねえなぁ……」

「あはは……」

「セプト、どうしたの?」

「どうしたの?」


 アハトの両側に双子が顔を覗かせる。


「皆さん、少しだけ目を瞑ってくれませんか」

「「はーい」」

「おい、妙な真似したら分かってんだろうな?」

「ええ、大丈夫ですよ」

「チッ……」


 双子に次いでアハトもゆっくりとその目を閉じていく。

 ノインはその様子を岩陰から覗き込んでいた。


「なんだなんだ……?」


 セプトが上半身、人間の胸の中心に手を当てる。


「――ッ!」


 ノインは思わず目を見開いて言葉を失った。胸に当てていた手がセプトの胸の奥へと沈み込んでいく。


「……!」


 波の音が響く中、セプトは胸の中から顔と同じ大きさの鏡を取り出した。その鏡が何なのか、ノインは訳も分からず食い入るように見つめるしか出来ない。


「セプト、まだー?」

「ええ、もう目を開けて大丈夫・・・ですよ」


 不敵に笑うセプト。

 三人は鏡を自分たちに向けられている事に気付かない。


「ん……なんだそれ」


 アハトがセプトの持つ鏡を見つめる。


「これはですね、封じ込めの鏡【ほうせんきょう】という道具です」

「「ほうせんきょう?」」


 ヒュンフーとゼクスがアハトを挟んだ両側でじっと鏡を覗き込む。

 楕円の形をした縁を銀で囲まれただけの簡易的な鏡には持ち手すら見当たらない。

 セプトは鏡の部分に触れないように縁に手を添えるようにして持っていた。


「そんな玩具でどうするってんだ……」


 アハトは鼻で笑う。


「見ましたね」

「だからよお、見たからってどう……」


 アハトはそのまま時が止まったかのように固まってしまった。


「……」


 同様にヒュンフーとゼクスも動かない。


「おいおい、こりゃどうなってんだ……」


 ノインは岩陰から額に汗を滲ませる。


「はぁ……、獣人に成り果てるとはな……」


 セプトは低い声でそう呟いた。

 言葉の意味が気になるところだが、動物の勘なのだろう――ノインは急いでアインスに伝えようと走り去る。


「――逃がさないよ」


 岩山を登り始めたノインの目の前には――先程まで崖の近くにいたはずのセプトの姿……。

 しかし、その身体は全てが人間のものへと変化していた。


「おいおい……冗談はよしてくれよ……」


 ノインが悪寒に顔を歪ませ、セプトは栗鼠であるノインを上から見下ろしていた。

 手には先程の鏡。


「セプトさんよぉ……あんた何したんだ……?」


 獣の勘がセプトを見ないようにしろと注意喚起し、ノインはセプトの人間の素足を見つめる。


「保険だよ保険、来たるべき時のね」

「保険だと?」

「ああ、私は臆病者なのさ。念には念を入れておかないと気が済まなくて」


 微笑むセプトの声音は柔らかいが同時に不気味な雰囲気を漂わせていた。


「何をしようとしているのか知らねえが、アインス達が知ったら――」

「大丈夫、私はもうあの場所には戻らないよ。そして、君たちも……」

「てめぇ……」

「んじゃ、せっかくだからノインも仲間に入れてあげるよ」

「何が仲間だ! アハト達をどうするつもりだ!」

「今はまだ教えられない……」


 もったいぶるように言うセプトに――

「なんだ?」

 と、ノインが思わず見上げてしまう。


 ノインの目線の先には鏡が自身の姿を映し出すように向けられていた。


「やべっ……!」

「遅い」

「…………」


 動こうとしていたはずのノインもまた、アハト達と同じように止まってしまう。

 セプトは大事そうにノインを手に持ってアハト達の元へと歩いていく。


「獣人四体、とりあえずと言った感じか……」



 セプトは口角を上げて石化したように固まった四人を背に、再び海を見据えていた。




―――――――――――――――――――

にゃぁああ! ここで獣人さんの話に一旦区切りが着きます!

では、ざっくりですが登場した獣人さん達をご紹介していきます!

[人物など紹介]

セプト→半獣半人のケンタウロス。最後は人間の姿で怪しげな鏡を胸の中に手を突っ込んで取り出した。


アインス→竜の獣人。仲間想いの凄い良い人。

ドライ→鷹の獣人。喋り方が古臭い。

フィーア→獅子の獣人。いつも眠たそうにしているので双子がじゃれる。


ヒュンフー→双子の白い方。可愛い。

ゼクス→双子の褐色肌の黒い方。可愛い。

ジーベン→???

アハト→鰐の獣人。竜頭のアインスよりも大きい口を持つ。アインスには行商人っぽい口調で話しかける。

ノイン→栗鼠……リス!?(; ゜Д゜)


―――――――――――――――――――

《余談》

既に二十名以上の名前が出ているので申し訳ないと思いつつも、作者の好きに付き合ってくださる方が居てくれてると大変ありがたいです(ノД`)・゜・。


次は……お待たせしました!(あれ、待ってない(;´Д`)!?)

亜人達のお話に切り替わりますので、よろしければ作者の我が儘にお付き合いくださると大変ありがたく存じます!

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