第29話

「質問ですか?」

「うん!」

「私で答えられることならばよいのですが……」


 困った様子のフヴェズルングが頭を掻きながらあははと声を漏らす。


「あのね!」

「はい」


 目を輝かせた少女が放った言葉は――――


「兵長はすっごく強いけどフヴェルは強いの?」


 純粋な眼差しで見つめるヴェートに、フヴェズルングは「うっ……」と喉を詰まらせた。


「ど、どうしてそのような質問を……」

「だってね、兵長もトバシラのみんなも訓練したりして鍛えてるのに、フヴェルだけ太ってるんだもん。それじゃ動けないでしょ?」


 ズバズバと物を言うヴェート。


「ま、まぁ、私は戦闘員ではないので……」

「でも、それじゃ『いざ』って時に戦えないよ?」

「はっはっは、ですがその為にヴェートさんやアレフさん達が居てくれるのでしょう」

「でも、弱いのに皆よりも偉いっていうのは変じゃないの?」

「ほほう……」


 フヴェズルングは考えるように、片側の口角を上げ太った顎を指でなぞった。

「だからね……」


 ヴェートは一度そこで口を閉じてみせた。そして、ゆっくりと片手を上げ、

「トバシラのナンバー2、閃光のヴェートに勝ったら認めてあげる!」


 指先をフヴェルの方へと向けビシッと言い放った。


「勝負ですか……、そうは言われましても――――」

「言い訳はしてはいけないってアレフが言ってたよ!」

「うむむ……」


 発言をことごとく跳ね返され、困った様子のフヴェルに対して、ヴェートはそれでも攻める姿勢を崩さない。


「勝負はせめてフヴェルの得意なものにしてあげるよ!」


 子どもらしい純粋な笑顔を向けるヴェートだが、その目には確実に闘志が燃えている。

 フヴェルは内心、面倒なことになってしまったと呟きつつも戦わずしてヴェートを納得させる方法を模索していた。


「大臣の私の役目はディーン様を守ることでありますから、ヴェート様と争うなど……互いに何の利益も生みませんぞ?」

「でも、フヴェルが戦場に行ったところもディーン兵長を守ったところも見た事ないよ?」

「そ、それはですな……」

「とーにーかーくー! フヴェルが負けたら大臣を辞めてもらおうかな!」

「そ、そんな……」


 次々と決められていく内容にフヴェルは表面上は慌てふためいていた。だが、その中身であるロキはため息を漏らす。


 アレフをトバシラへと迎え入れる時、しがみ付くようにディーンを見上げていたヴェートとギメル。神の力を与えた結果、年をとることのない身体を手に入れられる。トバシラに迎え入れるのはアレフだけのはずだったが、ディーンは子どもを二人ともトバシラへと迎え入れた。


 そして、アレフの要求は二人が敵に負けないような力を与えること、衣食住の安定を約束させること、二人が不自由なく生活を送れること……。


 ロキにはアレフの考え方が理解できなかった。そもそも、自分一人が強ければ二人とも守ることが出来る。神の力の中でも、ヴェートに与えた雷の神ゼウスは強力であり、ギメルに渡したクロノスもまた凄まじい力を秘めている。アレフがどちらかの力を持っていれば、小国の一つや二つを潰すのは容易であったに違いない。けれど、アレフはそれを拒否して神速の神であるヘルメスの力を得た。


 アレフは氷冷の神シヴァや狂乱の神アレスの力も選ばなかった――――いや、拒否した。

 力が目の前にあるのにも関わらず、アレフは神速の力を選んだ。

 それを選んだ理由は、ロキには分からずじまいだった。


「では、もし私が勝ったらどうしましょうか?」


 とぼけた顔のフヴェルだが、その心の中は悪戯心に火がついている。

 トバシラの一人、ヴェートを少しだけからかってみるのも悪くはないだろうと――――――


「えー、フヴェルが勝てたらー?」


 口元に手を当てながら「プププ……」と軽く笑うヴェート。


「ま、万が一という事があるかもしれませんからね」


 フヴェルは頭に手をやりながら冗談っぽく伝えた。


「そうだなー……」


 眉をひそめ腕を組み、考え始めるヴェートにロキは微笑を浮かべながら言葉を口にする。


「では、私が勝ったら私のお願いを一つ聞いていただくというのでいかがでしょうか?」

「お願い?」

「ええ、すぐには決められませんし、そもそも勝率が少ない勝負ですから、これくらいは了承していただけるかと……」


 ヴェートは愛想笑いするフヴェルを見つめながら、もう一度、腕組みをしながら考える。そして、その答えは――――


「いいよ! フヴェルが勝ったらなんでもお願い聞いてあげる!」

「あ、ありがとうございます」


 遠慮を含めた感謝の言葉だが、その奥に秘められている想いはヴェートには察することは出来ない。


「じゃ何で勝負するか決めようよ!」


 子ども心に火がついたのか、勝負事への楽しみに火がついたのか。ヴェートはハキハキと楽しそうにフヴェルへと話しかけた。


「それでは、カードを使った陣取りなんてどうでしょう?」

「なにそれ!」


 期待に胸を膨らませるヴェートの目が輝く。フヴェルは机の引き出しから見慣れないカードを取り出した。

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