第30話

「それは?」

「これは神の絵が描かれたカードでして、ここに十枚あります。あとは盤面を用意せねばなりませんな」


 フヴェルはそう言うと、カードの大きさに区切られた3×3の九マスの盤を机の上へと置き、ヴェートへとゲームのルールを説明した。


 十枚のカードの上下左右に一~九までの数字がランダムに記載されていること。

 シャッフルした後、お互いに五枚ずつ手札として配り、先手を決めて交互に盤面にカードを配置していく。

 置かれたカードに対して隣接するカードがある場合、置いたカードの方の数字が大きければ、それは置いたプレイヤーのカードとして扱う。


「――――最終的にどちらがより多く自分の物とするかというシンプルなゲームです」

「へえー、こんなのあるんだね!」


 興味津々に見つめるヴェート。


「〇×ゲームを少し捻ったものでして、昔はこれでよく遊んでいたのですよ」


 フヴェルの言う「昔」がどれほどの歳月を表しているのかは、トバシラのメンバーであっても計り知ることはできない。


 一枚一枚、カードに描かれている絵を見つめるヴェート。

 フヴェルは、

「どうかなされましたか?」

 と投げかけた。


 目を輝かせていたヴェートの瞳は少しずつ陰っていき、正面に座るフヴェルに純粋な質問を問いかける。


「ねぇ、神様って本当に居るのかな?」


 その言葉の奥底に隠れている悲しい想いに、フヴェルはなんとも言えない表情を浮かべた。

 彼らの境遇をディーン兵長もといオーディンから聞かされているため、ヴェートの言葉の重みをある程度は理解してしまう。


「えっと……それはですな……」


 何も知らぬ存ぜぬの大臣を演じるロキは、子どもと接する大人のようにありきたりな返事をした。


「私が悪い人に捕まった時はアレフが助けてくれたの。アレフが私とギメルを連れて、ずっと守ってくれてたの。でも、夜に山賊に襲われてアレフが傷だらけになって、もう私たち死んじゃうんだって思った時、ディーン兵長が現れて助けてくれた」


 フヴェルは何も知らない顔で「そうだったのですか」と小さく呟く。

 ヴェートはカードに描かれている神を見つめた。


「それでね、人は人を襲うし守ってもくれるんだって思って。でも、神様が居たらこんな世界にはなっていないんだろうなって……私のお父さんもお母さんも、ごはんに困らずに、お金にも困らずに暮らせたんだろうなって……」


 ヴェートは霧がかった記憶の残る両親を想い、悲哀に満ちた顔を俯かせる。

 ロキは嘘偽りのないヴェートの気持ちに表面的な同情を見せた。


 ロキにはオーディンのような人間に対する慈愛の意識は持ち合わせていない。神と人間、そもそも交わる事のない関係性を嘆かれても、当人の運命、力量不足と片付けるしかない。

 しかし、そんなロキにも生物に対して多少の興味はある。


「ヴェートさんは何もしてくれない、助けてくれない神が嫌いですか?」


 ここで「嫌い」「憎い」と言えば、ディーン兵長であるオーディンを否定することになる。ロキは真剣な面持ちをしながらも、ヴェートを試すように問いかけた。


「え? そんなことないよ?」


 まっすぐな瞳をロキに向けてヴェートは言う。


「それはまた……どうして嫌いにならないのですか?」

「だって、私が困ったときにはアレフやディーン兵長が助けてくれたんだもん。神様は直接助けてはくれないのかもしれないけど、私が困ったら絶対に助けてくれる人が現れるから……。それはもしかしたら神様が見ていてくれて、人前には出てこれないからって他の人を呼んでくれてるのかなって」


 はにかむヴェートの語る内容にフヴェルは「さようでございますか」とにこやかに返事をした。


「フヴェルは神様が居るって信じてる?」

「ええ、ヴェートさんがそうやって救われているのですから、きっと神は存在していますよ」

「えへへ……もし本当に居るなら会えるといいね!」


 少女の素直な笑みと感情に、ロキはようやくありのままの微笑みを浮かべる。

 だが、心の緊張を人間相手に解くはずもなく、ロキの微笑みは瞬く間に消えいった。


 フヴェルは優しい笑みを浮かべながら、

「実はもう出会っているのかもしれませんね」

 と付け加えた。


「えー、そうかなぁ」

「はっはっは、神も気まぐれですからね、いつの間にか人々の中に紛れ込んでいるかもしれません」


 冗談っぽく言うフヴェルだが、実際にその通りのことが起きている現状をヴェートは把握していない。いや、トバシラの全員がディーン兵長とフヴェル大臣が神であることなど知る由もない。


 戦士であり魔法使いだと言い張るディーンと、姿を変えながらもディーンの傍に居続けているフヴェル。


 最初のうちはトバシラ達も違和感を覚えていたが、人間というのはその場の環境に適応してしまう。それに、ディーンから与えられた力がどういう経緯で手に入ったかなどの詮索は既に諦めている。

 長い年月は悩みを風化させるには丁度いいものだった。


 フヴェルはヴェートとの他愛ない会話をそこそこで切り上げ本題である勝負に入ろうとするが――――


「あ!」


 机をバンッと叩いたヴェートに、驚いたフヴェルが目を見開く。


「ヴェートさん、急にどうされたのですか?」

「今日のディーン兵長の部屋の見張りのこと忘れてた! やばいやばい!」


 あたふたしながら椅子から下りて扉の方へと駆け寄っていくヴェート。


「ヴェートさん、勝負はいかが致しましょうか?」

「あ、えっと! また時間がある時にー!」


 扉を開けて勢いよく飛び出そうとするヴェートにフヴェルが「あ、お待ちください」と声を発するが――――


「アレフに怒られちゃうううううう!」


 先程までしおらしくしていた少女は元気よく飛び出していった。


「はぁ……」


 子どもの相手に疲れたのか。それとも神と人間両方のやり取りに疲れたのか。フヴェルは深いため息を吐き出した。


「神も人間も、自愛の精神は強い。だが、他者への想いの強さに関しては神は軽薄……」


 机の上にばらまかれた神々のカードを見下しながら、フヴェルは言葉を続ける。


「神とは己の感情に揺さぶられ、利己的な精神を保持し続けるだけの愚かな存在でしかない。己の身の可愛さに他の神を欺き陥れる。いや……人間も似たようなものか……」


 部屋に一人になったフヴェルはカオスとヴェート、両者との会話を思い出しながら神と人間の違いについて考察していった。


 それがロキにとって重要だったのか、それとも悠久の時の中での一時的な暇潰しなのか。彼の心の内を知る者は居ない―――――――――

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