第六部「遭遇」

~アレフの過去~

第31話

 子どもの泣く声とともに、腕から先の感覚が消えた。

 目の前には、斬り落とされた腕から血が滴っている。


 ああ……この私が、まさかしくじったとは……どうにも感情というものは厄介だ……。


「おっさん、どうだ? 腕をもがれた気分はよぉ! あっはっは! あはははは!!」

「……」


 くそ……まさか前に逃がした奴に腕を斬られるとはな……。

 その上、助けた子どもたちまで、私は失うのか…………。


 ――――私はまた失うのか……?


「あははっアハハッ! 地面にへばりついてるだけじゃ、ガキを守れねえぞー、おっさんよぉー!」

「……ッ、……ッ」


 ああ、踏まれては蹴られ散々だ……。


「おら! この間はよくも腕をやってくれたよなぁ! これで腕の件はチャラにしてやるよ!」

「……」


 蹴られることよりも、腕が痛み始めたせいで痛覚の認識がずれ始めている。

 痛み……痛み……苦しい……痛い……。


「おらっ! なんとか言えよ!」

「うぐっ……」


 ……もう、動けない。

 頬に当たる地面が冷たい。

 目の前で少女と少年が泣いている。私を見ながら泣いている。


「ぐっ……」

「アハハ! なに諦めたような顔してんの? まだまだ頑張ってくれよ!」


 ゴミのような人間の言葉が耳に入るが、もうどうでもいい。そんなことはどうでもいい。

 痛みも苦しみも、私に降りかかる災難は私の責任なのだから。

 ただ……。


 ただ、私の周りの者たちだけは……。


 ああ…………私は結局、誰も守れないままなのか……。


 友人も、戦友と呼べる者も、かつては多く居たのにも関わらず、今となっては彼と私だけになってしまった。

 彼とも数年……いや、それ以上に再会を果たせていない。

 彼も生きているかは分からない。


 ……。

 結局、私は何も守ることはできなかったのだな……。


「おじちゃん……おじちゃん……!」

「……ッ」


 心配そうな目で見るな……ガキに心配されるほど落ちこぼれてはいない……。

 とはいえ、ここまでズタボロにされたのは初めてだ……。

 殺し屋なんて物騒な稼業は、やはりやめておけば良かった。


「どうしようかなぁ、次は片足でも斬り落としてやろうかぁ? あぁ?」


 しゃがんで覗き込んでくる下賤な男に、返す言葉もない。

 気色の悪い笑みを浮かべる男の顔を、私はただ黙って見つめた。


「おい、なんとか言えよ」

「……」

「無視してんじゃねぇ!」

「……っ!」


 靴が当たる感触ではない……靴の中に何か入って――――――


「ぐはっ……がはっ……!」

「おじちゃん!」


 あぁ……もう救いようがないな……。

 子どもたちも、私も……。


「はは! 顎が砕けたかなぁ? この靴さぁ、鉄板仕込んでんだよなぁ! どうだ、痛ぇだろぉ?」

「…………」


 意識が薄れていく。

 戻ってこれそうにはないな……。

 くそ……だからあの時……あの時、こんなクソガキ二人を拾わなければよかったのだ――――――







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