第28話
フヴェズルングもとい、ロキが王城の自室へと戻り、考え事をしていた。
椅子に腰かけるロキは腕組みをしながら目を瞑ると、軽く眉間にシワを寄せる。
「――――ロキよ、順調か?」
突如、黒々とした低い声が部屋の中に響く。だが、ロキは動じずにその声に言葉を、冷たく淡々と退け払うように返す。
「まぁ滞りなく、言われたとおりに」
ロキが露骨に嫌悪感を表現するも、声の主は底から這い出るような声で笑った。
「ふははは……そうかそうか、さすがはオーディンの弟よ」
「……」
ロキは誉め言葉にも興味は無いようで、右足が一定のリズムを刻み始める。
「あまり嬉しくなさそうだな。あと少しでオーディンを神界に戻せるのだぞ」
「……そもそも僕はお前のことを信用していない」
ロキの言葉に、不敵に笑う男の声。地べたを這うような重低の音は心臓にまで響くように唸り笑う。
「そうは言っても我と組まねばあの忌々しいユピテルを神王の座からは降ろせまい……。そうであろう?」
「だから、お前と手を組むのも、こうして話すことも、それが終わるまでだ」
閉じていた目を少しだけ開けたロキの眼光が空気を貫く。
「ふっ、我としてはトリックスターと呼ばれた男とは今後とも仲良くしたいものなのだがな」
嫌がるロキを相手に余裕を見せて喋る相手は――――
「話が済んだなら帰ってくれ」
「いやいや、まだだ」
「何……?」
眉をひそめるロキ。
「封潜鏡と神降ろしの神器をそろそろ私に渡してはくれないか?」
「………………」
静まり返る室内。
「……まだ駄目だ」
「なぜだ」
「物事には順序というものがある。兄さんの国の安全と獣人や亜人の対処をしてからでなければ渡せない」
「ふっ、どこまでも兄想いの弟だな……」
嫌な笑い声にロキは素っ気なく――――
「さぁね」
とあしらうように返した。
「まぁ、気が済むまで……と言いたいところだが――――」
「……?」
「お前に順序があるように我にも順序や期限がある。さっさと獣人と亜人の処理をして渡せ」
「分かってるさ」
「我が直接、手を下しても構わないのだがな?」
ぴくりと動くロキが小さく口を開く。
「神界にしか居られないお前がどうやって……」
「やり方は幾らでも…………くっくっく……」
ニヤニヤと嫌味たらしく笑う声の主。周囲には嫌な空気が這い上がり、ロキの周囲を取り囲む。。
「……とにかく、地上の出来事は僕の仕事だ。勝手な真似をするなら契約は破棄させてもらう」
「自分がどの立場か分かっているのか?」
「お前こそ、僕が居なければ神界の一部にしか存在できない卑小な存在だろう」
まるで睨み合うように言葉を返す両者。わずかな沈黙が続く中、声の主の唸るような声が地面から木霊する。
「…………、あまり調子に乗るなよ小僧が……」
「僕は僕がしたいように動く。それに口出しをするというのなら、今すぐにでもユピテルから盗んだ宝を宝物庫に返しに行くよ」
「貴様……、よもや神界でお前に助力してやった恩を忘れたのではあるまいな……」
「神に恩も仇も無いだろう。あるのは力や私利私欲、己が良ければすべて良しの利己主義な集まりでしかないのだから」
「小僧がよく言う……」
「さぁ、話は終わりだ。さっさと消えてくれないか」
「……まぁ、いいだろう。だが、お前ひとりだけが勝手を出来ると思うな」
「はいはい」
「…………」
ロキの軽い返事の後、声は沈黙を貫いた。居なくなったのか消えたのか、そもそもロキが誰と会話をしていたのかを知る者はいない。
「はぁ……」
深いため息だけが目の前の空気を押して吐き出された。ロキは重苦しい雰囲気を払拭するべく、立ち上がると石造りの窓辺へ。
開け放たれている窓からは心地良い風が部屋の中へと入ってきていたが、ロキの表情は暗いまま、どこか遠くを見据えていた。眼前に広がる海は月明りに照らされギラギラと水面の揺れを教えている。
「獣人と亜人の捕獲と協力体制はできた。あとは――――」
顎に手を添えて考えるようにつぶやいていたロキ。だが、その言葉を遮ったのは扉を叩く音だった。
「フヴェルー!」
夜だというのに元気な明るい声が部屋の外から中、ロキの耳へと響いてくる。
「この声はヴェートか……」
頭を抱えながらも扉の方へと歩きだすロキ――フヴェズルング。
ヴェートは続けて扉を叩きながら声を上げている。
フヴェズルングは、
「はい、今開けますからお待ちください」
と、扉へと手をかける。しかし、フヴェズルングは重要なことに気が付いた。
変身をしないまま、ロキの姿を晒すわけにはいかない。
「ねー、まだー?」
「少々お待ちを……」
右手を額に当て、その手をスッと下へと振り下ろす。顔は小太りの男へと変わり、それに伴って身長は低く服装は瞬時に大臣らしい豪華な衣装へと切り替わった。
「――お待たせしました」
扉を開けたフヴェズルングが笑顔でヴェートへと声をかける。
「遅いよ!」
「はっはっは、申し訳ありません。それで、このような時間にどうなされたので?」
先程までの不穏な空気を振り払い、ロキはフヴェズルングとして振舞う。目下で黒い外套を羽織る少女を見つめて微笑を浮かべる。
「フヴェルにね、質問があるの!」
ヴェートは胸元に両手をぐっと当てながらフヴェズルングの顔を見上げる。
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