第19話

 ――数ヶ月前、亜人であるセインが消息を絶った。その代わり、人間の男、ロズールと名乗る者が亜人達の住処に訪れていた。

 フェアリーレイクの近くに隠していた地下へと続く階段を見つけ、亜人の隠れ住む場所へとやってきた男。

 行方知れずのセインを知っているというロズールは、ディエチとノーヴェを含めた九人の亜人達にすぐに取り囲まれた。


「さて……」


 夫婦と思われる亜人の男が呟きながらロズールの前に立つ。

 黒い短髪、その頭上には装飾の施された王冠を乗せ、ディエチのドレスと同じ、鮮やかな血の色をしたマントを羽織っていた。顔つきは若く、その場の全員を見下ろすことの出来る背の高さは妙な威圧感を放っている。


「私の名はウーノ。ここに居る者達の長である。ロズールよ、セインの行方を知っていると聞いたが、まずは嘘か真かを問いたい。セインの特徴を一つだけ述べてみよ」


 亜人の長であるウーノが低い声音で、切れ長の目を向けて男に問いかける。


「特徴は……」


 周囲を取り囲んでいるのは人の姿はしていても明らかに異質な雰囲気を漂わせた者達。

 ロズールの顔には汗が滲み、唇は震えていた。

 正面に立っている赤い瞳を輝かせるウーノ、その隣の少し後ろには黒いドレスを身に着けている金色の髪を揺らす女性……。

 額から一角を生やしている者も居れば耳が尖っている騎士姿の女。腰の高さ程の身長しかない小人と思われる小さな少年、いや赤ん坊のような姿の者まで。


「……」


 ロズールは緊張をつばと共に飲み込んだ。


「どうした、答えてみよ」

「ねえ、お父様、喋らないなら殺してもいいんじゃないの?」


 ロズールの後ろからディエチが不穏な声を漏らすが、

「いや」

 と一言だけ告げるディエチの父親ウーノ。


 ディエチはぷいと顔を背けてノーヴェの横にくっついた。

 その様子を一瞥したウーノが言葉を続ける。


「ここまで来たということは何か言うことがあるのだろう、言ってみろ」

「……あ」


 ロズールは震える口を動かし始めた。


「あ、貴方達の仲間はオーディーンの国に居ます……」


 ロズールの言葉にウーノ以外が敵意の眼差しに変わる。

 冷たく刺されたような感覚と悪寒にロズールがビクッと肩を震わせた。


「なぜ、お前がそのようなことを知っているのか、詳しく聞かせてもらおうか」


 ウーノが冷静に話しかける。


「た、たまたま、この湖の周りを歩いていたんですがその途中、とても綺麗な女性が居たもので、私は釘付けになってしまいました……。木の陰から、水浴びをするその女性を覗いて――」

「やはり人間は最低な生き物ですね……」


 ノーヴェが腰に着けていた細身の剣を握り締めて殺気立つ。しかし、ウーノは片手を上げて無言で制圧。ノーヴェは頭を軽く下げて引き下がった。


「……あ、あの」

「ああ、すまない。話を続けてくれ」

「は、はい……。すると、そこに小太りの男が現れて話しかけたのです。名前はその時の会話から聞きました……。小太りの男は何か光る物を彼女に向けたと思ったら、彼女はそのまま固まったように動かなくなってしまったのです……。そして、彼女を馬車に積み込むとそのままオーディーンの国へと向かって行きました……」

「……」


 一同が様々な想いから顔を歪ませる中、ウーノは腕を組んでロズールの会話の内容を吟味していた。

 セインは誰に対しても優しく、ディエチやノーヴェにとって姉のような存在。セイレーンの血筋なのか水浴びをよく好んでいた。

 澄み渡る美しい美声を持ち、時にそれは凶器としても使うことが出来る。連れ去られる前に反撃することも可能だったはず。


「ふむ……」


 セインを連れ去った者が何者なのか。オーディーンの国には何があるのか。見知らぬこの男は何者なのか……。

 ウーノは目尻の上がっている瞳をロズールへと向ける。


「ロズールよ、今から幾つか質問をする。よいか?」

「は、はい……」


 ロズールは見上げながら怯えた返事をした。


「では、まず初めに、お前はオーディーンの国の者か?」

「いえ、違います」

「お前は何者だ」

「私はただの旅人です」

「ここはどうやって知ったのだ」

「それは……」

「何故、私達を見て驚かない」

「……」

「何を知っている」


 冷酷で静かな声が目の前に居るロズールを穿うがっていく。


「……」


 ウーノは俯いてしまったロズールを黙って見つめ続けた。

 周りの者達もその雰囲気に終始口を閉じて見守っている。


「わ、私は……その……」

「なんだ」

「私には、その、特別な力があります……」

「ふふ……」


 ロズールの発した言葉に、周りの何人かが笑い声を漏らし侮蔑の眼差しを向けた。

 ウーノは無表情のまま腕を組む。


「特殊な力とはなんだ」

「……私は神を、神の力を授けることが出来ます」


 ロズールがゆっくりとウーノの顔を見上げ、三日月のような笑みを浮かべる。

 周囲がざわつく中、自信ありげに笑うロズールに対しても、ウーノは動じなかった。


「どういうことか説明はあるんだろうな」

「ウーノさん、実は――」

「おい、無礼者」


 ロズールがウーノの名前を口にした瞬間、一人の男が言葉を遮った。

 ピタリと首筋に突き付けられる大きな両刃の剣。


「人間が頭も下げねえとは良い度胸だなぁ、ぁあ?」





――――――――――――――――――――

[人物などの紹介]

ロズール

 亜人達の元に訪れた男。人間である彼は一体なにをしに来たのか……。


ウーノ

 黒い短髪、その頭上には装飾の施された王冠を乗せ、ディエチのドレスと同じ、鮮やかな血の色をしたマントを羽織っている。

 顔つきは若いが、切れ目と高い身長が妙な威圧感を放つ。

 さらっとディエチが口にしていましたが、彼がディエチの父親です。

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