第18話
「な、なんでもないわ……!」
顔を背けるディエチ。
もう一度「ごめんなさい」の一言を言いたかった――だが、中々言い出せずにツンとした態度をとってしまい頬を赤らめてしまう。
「いや、明らかに様子が――」
「い、いいから黙ってなさいっ!」
「は、はい……」
ディエチの金色の髪が綺麗に水中に広がりを見せては漂う。
「……」
ノーヴェが小さく溜め息を一つ漏らした。
ようやく落ち着きを取り戻したノーヴェが冷静になった今、目の前で頬を染める裸体のディエチに急に恥ずかしさを覚え始める。
両者はそれぞれ正面を見ずに視線を右に左に泳がせた。
「ほ、ほら、着いたわよ」
「あ、ありがとうございます……」
ノーヴェは四つん這いで岩場に上がると、すっかりびしょ濡れになってしまった軽装の甲冑を表面から脱ぎ去っていく。
カンッカランッと、銀製の装備が地面の上に転がっていく。
「どうせ脱ぐなら最初から脱げば良かったのに……」
頬を膨らませたディエチが脱いでいくノーヴェを見つめながら話しかける。
「だ、だって、ディエチ様が投げ込むから……これは仕方なく、です……」
「ふーん」
脱衣するノーヴェを見ながらディエチの表情、口角がゆっくりと緩んでいく。
半袖の薄っぺらい白色のシャツに味気ない下着を着けただけのノーヴェを、ディエチはニヤニヤと見つめた。
「ふふっ……」
「あ、あんまり見ないでください……」
ノーヴェは服の裾を引っ張り下半身を必死に隠そうとする。
「あら、綺麗な身体なのに見せないのはもったいないわよ?」
ノーヴェの照れる姿にいつもの感覚を取り戻してきたのか、ディエチは湯の中から不敵に笑ってみせた。
「うぅ……」
綺麗な柔肌にくっつく白い布地からはノーヴェの肌色が透けて見える。適度に膨らんだ胸は服を引っ張っているせいで余計に強調されていた。さらに、隠された下着が見えない状態のせいで余計に艶めかしさを発現させる。
「ねえ、ノーヴェ……」
「な、なんですか……?」
ディエチは身体を湯の中にうつ伏せで沈め、岸辺で肘をついて頬を赤らめるノーヴェを見上げ一言――
「そういう見えそうで見えないって言うのが一番いやらしいのよ?」
「え……なにを言って……」
ゆっくりと見下げていくノーヴェ。
真上から見た姿だと下着が見えずにシャツ一枚だけのように感じて思わず――
「こ、これはちがくて…………ひゃぅ……」
慌てるノーヴェの顔が真っ赤に染まる。
戦場での騎士の風格は何処へいったのか……、今のノーヴェは湯に浸かることを恥ずかしがる一人の女子でしかなかった。
「まぁ、恥ずかしいならそのまま入りなさい。今日の所は許してあげる」
ディエチは身体を回転させて湯の中にあった段差に腰掛けると、上半身を空気に晒して「ふぅ」と息を吐いた。
水面が半円を描いて広がっていく。
「うぅ……」
背を向けたディエチの後ろでは、未だにノーヴェがもじもじと視線を泳がせる。
「……もう、見てないからさっさと入りなさい」
「で、でも……」
「おすわり」
ディエチは身体の正面に張り付いていた髪を手でいじりながら声をかけた。
「は、はい……」
ノーヴェはディエチの左隣から、ゆっくりと湯の中に足を入れていく。
素足で踏みつける岩が少しぬるっとしていることに気が付いたのは――
「ひゃっ!」
足を滑らせてからだった。
「――ッ!」
確実に後頭部を岩場にぶつける軌道だったが、ディエチが素早く左腕を差し出す。
「まったく……」
ぽふっと腕の中に沈むノーヴェの頭。
自身の身体が無事だったことにノーヴェが安堵の息を漏らした。
「気を付けなさいよね」
ツンと言い放つも優しさの見え隠れするディエチの声音。
ノーヴェは恥ずかしそうに、申し訳なさそうに謝辞を述べた。
「あ、ありがとうございます…………ん、ディエチ様?」
湯の中で浮かぶノーヴェの身体が頭を支えにしてディエチの前へと動かされていく。みるみる内にディエチの太ももの上でお姫様抱っこのような状態にされたノーヴェ。
騎士の風貌をしていたことを考えると完全に立場が逆転してしまっている状況だった。
「あ、あの……ディエチ様?」
「どうしたの?」
見上げて質問をしてきたノーヴェの顔をディエチがにこやかに覗き込む。
「いえ、その、この態勢は恥ずかしいのですが……」
「まぁ、たまにはいいんじゃない?」
「いや、これでは私の立場が――」
「少しの間だけでいいから」
ディエチは聞き終える前に小さくそっと呟いた。
どことなく寂しそうな、悲しそうな顔つきに、ノーヴェは口を開いていたが声を発することはしなかった。
しんとした空間で水面だけが微かに揺れ動く。
「みんな、あれから帰って来ないわね……」
ディエチは俯きながらノーヴェに囁きかけ、悲しげな少女の顔がノーヴェの視界に映り込む。
「そう、ですね……」
仲間の帰りを待つディエチの瞳から目を逸らし、ノーヴェは静かに返事を返した。
「お父様にお母様、トーレにクアットロ、他のみんなも……、帰って来るって言ったのに……」
「……」
ノーヴェは言葉を交わさずにディエチの膝の上から隣に移動して座り込んだ。
「どうして離れるの?」
「いえ、その……やっぱりちょっと恥ずかしいなと……」
「んじゃ、仕方ないわね」
「ディエチ様?」
選手交代と言わんばかりに、ディエチがノーヴェの膝の上に乗り背中をもたれさせる。
「ふぅ……やっぱりこうしているのが落ち着くわね」
「あ、あの、ディエチ様?」
「なにかしら?」
「その、座って頂く分には構わないのですが、もたれられると……当たってしまうと言いますか……」
ディエチがゆっくりと振り向く。
ノーヴェの顔を見つめるとわざと身体を揺らした。
「これのことかしら」
ディエチは背中を擦りつけるように動かす。
「ひゃうっ……」
「ふふっ……そんなに大きくないのだから気にする必要ないわ」
「そ、それとこれとは話が違います……」
珍しくノーヴェが言い返すが、聞く耳を持たないディエチは手を抜かずに同じ動作を繰り返す。
「ほらほら」
ノーヴェの身体に背中を押し当てるディエチ。左右に動かす度に水がバシャバシャと音を鳴らしては小さな波を起こしていく。
「ちょ、ちょっと、ディエチ様っ……!」
胸の部分に執拗にスリスリしてくるディエチの肩を掴んで引き離すノーヴェ。
ディエチは肩に触れたその手をそっと自分の正面へと持っていった。見た目ではノーヴェがディエチに抱きついているようにも見える。
「はぁ……落ち着くわ」
「ディ、ディエチ様、手を放してくれませんか?」
「いやよ」
そう呟いたディエチはノーヴェの手をぎゅっと握り締めた。
「……ディエチ様?」
「……一人は嫌なの……、言わなくても察しなさい」
「……はい」
暫くの間、ディエチを抱きしめるような形でノーヴェは固まっていた。
恥ずかしい気持ちが無いわけではない。だが、ディエチが寂しがり屋であることを知る彼女だからこそ、こうして傍に居る。
静まり返る空間、二人の呼吸に合わせて水面に波紋が生じていく。
ノーヴェはただ黙って両親と仲間の帰りを一心に待つディエチを見つめる。そして、感じていた言葉を口にした。
「あの男が来てからやはりおかしいです……」
「ロズールのこと?」
片目を閉じながらディエチは問いかける。
「ええ……あの男は怪しすぎます……」
「でも、今更そのことを言っても仕方ないわ」
「しかし……」
「大丈夫、きっとみんな大丈夫だから……」
ディエチは自分に言い聞かせるようにそう言った。
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