第20話

「……」


 ロズールの首筋には横一閃に真直ぐ伸びた大剣が今にも首を斬り飛ばそうと待ち構える。


「トーレ、落ち着け」


 ウーノが目線を右の方へとずらして声を漏らす。

 トーレと呼ばれた男。ぼさぼさの黒髪は手入れもされず、外側へと跳ねながら肩の下まで伸び切っていた。

 その服装は明らかに周りの者とは違い、黒い和服に身を包み素足で地面を踏みしめる。頭には赤い般若の面を着け、両目を隠すように一文字に巻かれた包帯、顔と開いた和服の胸元には無数の傷跡が窺えた。

 和の国からの流れ者、鬼の亜人トーレ。


「ウーノ、こいつぁ人間だ。対等に話しちゃいけねぇ」


 トーレは和服の隙間に左手を突っ込みながら、片手で大剣を軽々と支える。


「話してみなければ分からんだろう」

「人間は信用出来ねぇ。力でねじ伏せねぇとこいつらはすぐに嘘をつく」


 刃先がロズールの皮膚に触れる。しかし、大剣が使い古されているためか、刃を当てただけではロズールの首から血が出ることはなかった。

 だが同時に、その大剣がどれほど重たい代物なのかは、触れている刃先から想像に容易いロズール。

 トーレは一息、間を空けてから言葉を返す。


「力では確かに我々の方が上だ。それが揺らぐことはないだろう。だが、人間という生き物の知識や経験は馬鹿にできない」

「人間は信用ならねぇ……」


 押し当てる大剣によってロズールが半歩、後ろへと足を動かした。


「セインが居なくなった今、行方を知るこの男が唯一の手掛かりなのだ」

「連れ去られるような奴は要らねぇ。この世界では弱い奴が悪いんだよ……」


 トーレの言葉はまるで自身に向けているような言い方に感じられた。

 過去を知っているウーノはその様子を見逃さなかった。


「和の国から命からがら逃げてきたお前が言えることではない」

「……おい、今のセリフは聞き捨てならねぇな」


 ロズールに当てられていた刃がウーノへと突き付けられる。


「もう一度勝負でもするつもりか?」


 ウーノは静かに、端的にことを返した。


「……」


 この間にもロズールは口元を緩めたまま楽しんでいるようにさえ見えるが、その真意は誰も知らない。

 トーレの敵意を引き受けたウーノはそのまま言葉を続ける。


「今、この状況で大切なのは力ではない。言葉と証拠だ、分かるだろう」


 包帯を巻いた顔をウーノへと向けるトーレ。その口元は恨みに満ちて歪んでいた。


「……っ」


 ディエチはそっとノーヴェに近寄ってその身を縮める。

 亜人の長とそれに次ぐ力の持ち主であるトーレの会話には、誰も割り込むことが出来ないでいた。

 一触即発、嫌な空気が流れ込む。


「トーレ、頼む」

「…………チッ」


 トーレは不服そうに大剣を引っ込めて背面へと振り下ろした。

 地面に軽く触れた大剣が小さな地割れを起こし、刀身の尖端せんたんが地中へとめり込んでいく。


「後は好きにやってくれ……」


 誰に言うでもなく呟くトーレは皆に背を向けると、大剣を地面に深く突き刺して腰を下ろした。

 背中を大剣に預け足を伸ばし溜め息を一つ。


「……」


 その様子を一瞥いちべつしたウーノは咳ばらいを添えて場を仕切り直した。


「他に異論はないな」

「……」


 暴れ者のトーレを説き伏せたウーノに口答えする者などいるはずもなく――


「では、ロズールよ、神の力とやらを見せてみろ」

「はい……、お望みとあらば……」


 ロズールは不敵に笑い、両手を合わせてぐっと握り締める。

 何が起こるのかと、後ろにいた亜人達が少しずつロズールの正面へと回り込む。

 手の中から、指の隙間から溢れ出す光。黒い光に黄金色の光、紅色の光がロズールの手から発光する。

 冷淡で動じなかったウーノの目がさすがにぴくりと動いてみせた。


「……では、こちらになります」


 ロズールの開いた両手には光り輝く水晶のような四つの玉がゆらゆらと浮いている。どうやっても手の中に収まりの付かない玉がゆっくりと円を描くように回っている。

 深淵を映したような黒い玉が二つ、黄金に輝く玉と赤く燃えるような玉が一つずつ。

 微笑を浮かべるロズールに対して正面で見ていたウーノが問いかける。


「それはなんだ」


 少しだけ声音が高くなったウーノの声。

 ロズールは手品のように左手にそれを浮かせ、右手で一つずつ説明を始めた。


「この黒い玉は冥府の王と女王の力、こちらの金色に輝く玉は雷を司る神の力……」


 ロズールはそこで説明を中断した。

 ウーノは顎で最後の一つを聞き出す。


「もう一つの赤い玉はなんだ」

「そちらの方にピッタリかと……」


 ロズールはニヤリと笑い、座りって腕を組んでいたトーレに目配せをした。

 しかし、トーレは興味を示さない。


「どういうことだ」

「これは和の国から手に入れた暴力の神、和の国からここへ来た彼にピッタリかと……」

「暴力の神……?」


 ロズールの視線がいやらしくトーレへと向けられる。


「ええ、そうです。和の国の神スサノオ……聞いたことはありませんかね……?」


 その名前を聞いたトーレは微かに頭を動かした。


「へぇ……こっちの人間がうちの国の神様を知ってるとはねぇ……」

「ふふっ……興味を持っていただけましたか?」

「……まぁ、少しだけ付き合ってやるよ」

「それでは――」

「いや、待て」


 ロズールは立ち上がるトーレに身体を向けようとしていたが、ウーノは片手でその動きを制止させた。





――――――――――――――――――――

[人物などの紹介]

トーレ

 ぼさぼさの黒髪は手入れもされず、外側へと跳ねながら肩の下まで伸び切っている。

 黒い和服に身を包み素足で、頭には赤い般若の面を着けている。両目を隠すように一文字に巻かれた包帯、顔と開いた和服の胸元には無数の傷跡が窺えた。

 和の国からの流れ者、鬼の亜人トーレ。

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