第21話

「まずは私に試せ。それに、証明するには私一人で十分だろう」


 見下げるウーノの赤い瞳にロズールの手の中にある光の玉が反射する。

 がっしり掴まれたロズールの肩。だが、それでもロズールは微笑を浮かべ続けていた。


「いえ、貴方達の中から四人、この神の力をお渡ししたいのです……」

「なぜ四人も必要なのだ」

「……保険・・ですよ、保険・・


 笑みを浮かべたままのロズールがウーノの顔を見つめ返す。

 入ってきた時とは違い、今のロズールは人が変わったかのように余裕に満ちていた。


「……」


 人の姿はしているが何か別の雰囲気を感じたウーノはじっとロズールの目を見据える。

 人ではない、だが同時に獣人でも亜人でもない何か……。

 ウーノの中で疑問が浮き沈みを繰り返す。


「……その保険とはなんだ」

「保険は保険です」

「その内容を教えろと言って――」

「まぁまぁ、口を動かすよりも手を動かせってな」


 二人が言い合う中、トーレがロズールの手に浮かぶ赤い玉を盗み取った。


「おい、トーレ」

「まずは俺が試す。もし、こいつが偽物で死んじまったら大変だろ?」


 ふざけた口調で話すトーレ。その言葉に含まれた仲間への想いやりを、ウーノはしっかりと理解していた。

 だからこそ、ウーノは否定する。


「いやしかし、危険なものならば余計に――」

「あんたに死なれたら困るんだよ、ほら見てみろよ」


 顔で「周囲を見ろ」と伝えるトーレ。


「……」


 ウーノが周囲を見渡すと、亜人達が不安げな様子で自身を見つめていた。

 再び視線を戻すとトーレは「分かったか?」と、頭を動かして合図を送る。


「……ふぅ」


 ウーノの口から呆れにも似た溜め息が漏れた。


「俺が試す、それでいいだろ?」

「……ああ、頼む」

「ははっ、そうこなくっちゃねぇ」

「お決まりのようですね……」


 ウーノはロズールのねっとりとした言葉に静かに頷く。


「んでよぉ、人間」


 光を放つ紅玉を片手で遊びながらトーレが問いかける。


「こいつをどうすりゃいいんだ?」

「胸に埋め込むように押し当ててください。そうすることで自然と体内に入っていきますから」

「へいへい……、だが」


 ロズールの胸倉を掴み殺意をむき出しにするトーレ。


「もし何かあった時はお前を殺すから覚悟しろよ」

「ええ、もちろん……」

「ふん……、気に食わねぇ野郎だ」


 ロズールの笑みに苛立ちを見せながら、言われたとおりにトーレは赤い玉を胸に押し当てる。

 赤い光を放ちながらトーレの胸の中へと玉が飲み込まれていく。

 全員の目がトーレに向けられるが、ウーノだけは目の前で笑うロズールをしっかりと捉え続けていた。


「なんだこれ……」


 すっぽりと収まった赤い玉。

 トーレは何かを確認するように両の拳を握り締める。


「大丈夫か?」


 視線を向けたウーノが多少の心配をトーレへと投げかけた。


「ああ……、なんかよく分からねぇが……」


 トーレは返事を中断し、地面に突き刺していた大剣を掴んで持ち上げる。先程よりも軽く感じる大剣の重みに「へぇ……」と感心した声を漏らした。

 トーレは大剣を持ったまま周囲の亜人達から距離をとる。


「……トーレ?」

「ちょっとだけ待ってくれ」


 ウーノに言葉を返した後、トーレは地面と平行にまっすぐ大剣を持ち上げた。

 鉄の塊がただの木刀……いや、それ以下の重みに感じるトーレ。

 一瞬で左から右へと横一閃に振られた大剣が鈍い音を発しながら空気を分断する。

 ひと振り、もう一度、もう一度……。


「へぇ……」


 今までと比べ物にならない大剣の速度にトーレが純粋な笑みを零した。


「こいつぁ良いねぇ……」


 ロズールはその様子を見て、

「ふふ……お気に召して頂けたようで良かったです……」

 と卑しい含み笑いを浮かべる。


「何をした」


 ウーノはロズールに睨みを利かせて問いかけた。


「神の力を手に入れただけですよ」

「……」


 得体の知れない物体をウーノへと差し出すロズール。


「さあ、あと三人分あります。誰にお渡ししましょうかね……」

「おい、人間、一人に一つしか出来ねぇのか?」


 トーレは少し離れた場所からロズールへと呼びかけた。


「一人に一つまで……二つ目を手に入れようとすれば……」


 ロズールの口角が不気味に笑う。


「二つ目はどうなるんだ?」

「……二つ目を手に入れようとした者は肉体が飛び散って無惨に死んでいきます」


 ぴくりとウーノの眉が動く。


「……へぇ、欲張っちゃいけねぇってか?」

「はい、その通りです……」

「まぁ、本物のスサノオの力だったら一つで十分か。人間にしてはやるじゃねぇか」


 すっかり機嫌を良くしたトーレは隣に大剣を突き刺しながら、一応の謝辞を述べた。


「ありがとうございます……。それではウーノさん、あと三つの玉を……」

「ふむ……」


 ウーノは促されるがあまり気乗りするものではなかった。

 そもそも、神の力を受け取った場合の対価や代償が分からない。


「それを受け取ったとしよう。身体に影響は出ないのか?」

「彼を見て頂ければ分かるかと……」

「力が手に入ることは分かった。それの対価は何かと聞いているのだ」

「ふふっ……」

「なんだ」

「いえ、さすがは亜人を統べるお方、話が早そうで助かります」


 ロズールの口振りにウーノは眉間に皺を寄せた。


「セイン以外の話を聞くつもりはないぞ」

「既に貴方の仲間は神の力を受け取りました。まさか亜人の長が人間如きに恐れるなんてことはないでしょう……」

「お前は何者だ」

 ウーノは冷徹な視線を向けて問う、が……。


「ただの旅人ですよ……」


 ロズールの表情は変わらなかった。


「私達をどうするつもりだ」

「いえいえ、どうするつもりもありません。ただ……」

「ただ?」

「少しだけ、お願い・・・したいことがあるのです……」





―――――――――――――――

[人物などの紹介]

神の力の宿る玉

黒い光を放ち、冥界の王と女王の力を宿している。


黄金色に光る玉

雷を司る神の力を宿している。


赤く光る玉

和の国のスサノオの力を宿し、トーレの中に組み込まれた。

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