第22話

「……」


 不敵に笑うロズールに交渉を持ち掛けられたウーノは黙り込む。明らかに来た時と様子が違う。


「どうしますか……?」

「……」


 目の前でずっと微笑を浮かべる正体の分からない謎の男ロズール。

 セインの行方を知る者であり、神の力と呼ぶ謎の玉を所持し、それを取り込んだトーレの様子は明らかに力を増している。

 その流れからロズールは『お願い・・・したいことがあります』と言い出した。


「……はぁ」


 本当の目的はこれだったのかと、ウーノは目を伏せながら嘆息たんそくを漏らす。


「……まずはセインの話からだ」

「ふふっ……、ありがとうございます……」


 ロズールはこうして自身の立場を格上げさせてから本題に入ることに成功した。

 一つ、セインは王城に捕われているが無事であること。

 二つ、ここに来たのは連れ去った者達から頼まれたため。

 三つ、神の力を渡して信用を得てから本題に入れという指示を受けたこと。


「――して、その本題とはなんだ」

「神の力を受け取った四人の方に【冥界】へと行って頂きたい……」


 ざわつく周囲……。


「なにを世迷い言を」

「世迷い言ではございません。貴方達の中で最も強い四人の力をお借りしたい……」

「……」


 納得のいかない内容だが、仲間の安否を知るロズールを無下には出来ない。

 話を飲み込んだ上で、ウーノは赤い瞳を輝かせて尋ねる。


「ロズールよ、もし仮に冥界とやらに行くことが出来たとしよう。なぜ私達なのだ」

「さあ……、保険としか、私は聞いていません……」

「さっきから、その保険とはなんなのだ……」


 繰り返し言われる『保険』という言葉に、さすがのウーノも呆れ顔を見せた。


「さて、私には分かりません……」


 知らぬ存ぜぬのロズールは「もし、手伝って頂けたのならセインはちゃんとお返しする」と条件を提示する。「良い返事を貰えなかった場合、セインの安否は保証しかねる」とも添えて……。

 初めて怪訝な表情でロズールを睨みつけるウーノ。

 彼は人間だろうと亜人だろうとあまり気にしない性格をしていた。元々、人の住む土地で血を吸い続けて来た身……、吸血行為以外にもそれなりに女性の甘美な汁は吸って生きている。人間に対してトーレほどの毛嫌いは持ち得ない。はずだったが――


「どうされますか……?」

「……」


 どういうわけか、眼前に居るこのロズールと名乗る男にだけは、身体の奥底からふつふつと煮え滾るものを覚えた。

 怒りでも憤りでもない。

 ――未知の存在に対する畏怖いふが、ウーノの心臓を引き締める。


「……どちらにせよ、言うことを聞けということか」

「さて、お決まりのようで……」

「元より、お前がそう仕向けたであろう」

「はてさて、私は頼まれただけですので……」


 ウーノは皮肉を込めて、今までの時間が無駄であったとでもいうように、

「道化師が……」

 と吐き捨てた。ロズールが手に持つ三つの玉を見つめて沈黙するウーノ。


 仲間一人の為に自分を含めた四人を動かさなければならない。加えて、「冥界に行って欲しい」という謎めいた言葉が決断を揺るがす。


「――女王の力が宿った玉はこれかしら?」


 優しい声音で話しかけ二人の横に現れたのは、ディエチを大人にしたような美しい女性だった。

 金色のさらさらと流れる髪、黒のドレスに身を包み肌は色白く冷たい。

 透き通るような白い肌と赤い瞳を除けば一般的な女性と相違なく思える。


「はい、そちらの漆黒に満ちた玉で合っていますよ、ご婦人」

「ありがと」


 女性は素敵な笑みを見せて優しく黒い玉を両手で包んだ。


「デューエ……」


 ウーノが彼女の名前を呼ぶ。

 亜人の長であるウーノの妻であり、吸血鬼の女性デューエ。


「セインを助けなきゃいけないもの、私も手伝うわ」


 温かい微笑みがウーノへと向けられる。正面にはうすら笑いを浮かべるロズールの顔。

 似ても似つかない笑みにウーノは苦笑した。


「あと二つですが――」

「ならば、一つは僕が貰おうかな」


 吸血鬼デューエと向かい合うように歩み出た者。麻のズボンに無地のシャツ、上からは一枚だけ薄手の黄色い服を羽織り、額には立派に伸びた一本の角。


「他の子たちを連れて行かせるのは心配だからね」

「クアットロまで……」

「セインを助けるためでしょ?」


 優しい声をした若い男の亜人、一角獣のクアットロがウーノへと声をかけながら黄金色に光り輝く玉を手に取った。

 トーレは少しだけ呆れた表情を見せ、二人の顔を交互に見やる。


「あと一つ……」

「……ふむ」


 もう少し考える時間が欲しかったウーノだったが、デューエとクアットロに見つめられ気持ちがいていた。


「やるしかない、か」


 残り一つの黒く禍々しく光る玉を手に取るウーノ。


「ふふっ……では、交渉成立ということで――」

「因みに」


 ロズールの言葉を断ち切ってウーノが一言呟いた。


「なんでしょう……」

「神の力を使って冥界に行った後、帰って来られる保証はあるのか」

「それは分かりません」


 きっぱりと言い放ったロズールの解答に、空気が一瞬だけどよめき静まり返る。


「……なに?」

「帰還できる場合とできない場合、それは五分五分です……」

「そんな馬鹿な条件を飲むとでも?」

「仲間想いの貴方達だからこそ、この条件でも承諾するしかないのですよ」


 ニヤつくロズールにウーノは歯がゆさを噛み締める。

 ウーノの殺気に隣に立っていたクアットロがびくっと身体を震わせ、憤怒を露わにしたウーノの赤い瞳が一気に燃えあがる。


「……この一件が済み次第、お前もオーディーンの国の者達も皆殺しだ」

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