第23話

「ふふっ……それは恐ろしいですね」

「……」


 今、この場でせせら笑うロズールを殺すことは容易い。だが、仲間の為にもここで区切りをつけることは絶対に出来ない……。

 ウーノは力を抜いてロズールに話しかける。


「今だけは道化の戯言を聞いてやろう。その代わり――」

「ええ、分かっていますとも、セインさんは丁重にもてなしているそうですから、安心してください」


 ロズールは分かっていたような口振りで、空いた両手を三人に向けながら言葉を続ける。


「さあ、どうぞ神の力をその胸にお納めください」


 高らかに上げられたロズールの手。

 三人がそれぞれの目を見つめ合う。


「「「……」」」


 阿吽あうんの呼吸で頷き、三人は神の力の宿る玉を胸の中へと沈めていく。


「――ッ!」


 すぐに変化が見られたのはクアットロだった。額に生えていた立派な角が青白い光をビリビリと放つ。

 ウーノとデューエは赤く輝いていた瞳が漆黒に染まり、爪が黒く変色していた。

 三人はトーレが体感した力をその身に取り込むと、内側から湧き上がる何かに焦りを覚えた。


「さてさて……」


 三人の、いや周りの獣人達の想いをも知った上でなのか、ロズールは高らかに声を上げ、本物の道化のように振る舞い始める。


「さぁさぁ! ウーノ様、トーレ様、デューエ様にクアットロ様、どうぞあちらの中へお入りくださいませ!」


 エスコートするように促した手の向こう側には――


「なんだありゃ……」

「……」


 トーレが全員の思いを代弁し、口振りすらも変えたロズールが陽気に語りかける。


「あれこそが! 現世と冥界を繋ぐ入り口でございます!」

「「……」」


 皆の視線の先、ロズールを囲む亜人達よりも離れた場所に、小さなトンネルのような空間が生じていた。闇に包まれているため、その奥がどうなっているのかは誰にも窺い知ることが出来ない。

 亜人達が息を飲む中、上機嫌な男が一人。


「久々に楽しいことがありそうだねぇ……」


 大剣を肩に担いで颯爽と皆の間を堂々と歩き、禍々しい空間の前へと向かう。


「この中に入ればいいのか?」

「ええ、その通りでございます」


 ロズールが手を差し向けて頭を下げた。うやうやしく振る舞ってはいるが、口角は引きつられたように上がっていた。


「はいはい……」

「――待つんだ」


 ウーノが入口の前に立つトーレの元へと近寄り肩を掴む。


「今更どうしたんだ?」

「……」


 得体の知れないことばかりが目の前で起こる今、これ以上トーレに先陣を切らせるわけにはいかない……。ウーノはそんな想いから、トーレを入口から引き離すように掴んだ手を引いた。


「私が先に行こう」

「だからよぉ、お前が行く前に俺が――」

「いえいえ、その役目は私が行います!」

「「ッ!」」


 二人の背後から話しかけたのは至近距離に現れたロズールだった。

 二人は硬直し、トーレが「いつの間に……」と声を零す。

 ロズールはニヤけた顔つきで二人の間に割って入ると扉の前に立ち塞がった。


「冥界に辿り着くまでは私がきっちりご案内致しますので、ご安心ください」

「……」

「だってさ」


 トーレの呟きにウーノが視線を向ける。「行くしかないだろ」とでも言いたげな雰囲気にウーノは頭を抱えた。


「――さてと、久しぶりにお出かけね」

「――そうだね、楽しみだ」


 デューエにクアットロが歩み寄りながら言葉を交わす。


「お前たちまで……」


 既に行くしかない状況が確実に『ロズール』によって作られていた。


「では、準備も整いましたので……いざ――」

「お父様、お母様!」


 赤いドレスに身を包んだディエチが声を上げて駆け寄る。

 母親であるデューエの胸に抱かれ、ディエチはぎゅっとしがみついた。


「行っちゃやだ……」

「ディエチ、すぐ帰って来るから心配しないで、ね?」

「やだ……やなの……」


 寂しさを訴えるディエチ。その頭にそっと触れたのはウーノだった。


「ディエチ、心配するな……デューエも言ったようにすぐに帰って来る」

「でも、その人が帰って来れるか分からないって……」

「すぐに帰って来る」

「……ほんと?」

「ああ、大丈夫だ」


 ウーノが優しい眼差しをディエチへと向ける。


「うん……」

「いい子だ。さぁ、ノーヴェの所に戻りなさい」

「分かりました……」


 ディエチは父親であるウーノにも抱きついた後、再びノーヴェの元に戻っていく。


「さてさて……、お話しは済んだようですし、私に続いてお入りください」


 ロズールが黒い空間の中へと消えていき、トーレとクアットロが臆せずに続いた。


「あなた、行きましょう」

「ああ」


 亜人達が見送る中、デューエが進みロズール達と同じように消えていった。

 後に続こうとしたウーノはふっと後ろを振り返る。


「チンクエイ、セト、オットー、留守は任せたぞ」

「はいよ、若造たちは俺に任せとけ」


 退屈そうに返事を返したるは五歳児ほどの見た目の小さき者、ドワーフのチンクエイ。


「承知しました。ですが、どうかお気を付けて……」


 上半身を晒して悲しそうな青い瞳を向ける細身の青年。フェニックスのセト。


「いってらっしゃい!」


 セトの肩に腰掛けるのは、丸飲みにしてしまえそうなほど小さい少女。フェアリーのオットー。

 それぞれの返事をウーノが顔を見つめながら聞き届ける。


「うむ……、それからノーヴェ」

「は、はい!」

「ディエチのことは任せたぞ」


 赤から黒へと変色したウーノの目がノーヴェを見つめ、その脇に居るディエチへと向けられた。


 ノーヴェは深く頷き、

「お任せください」

 と澄んだ空色の瞳を輝かせる。


「では……」


 ディエチはノーヴェの服をぐっと掴む。それに応えるようにノーヴェはディエチの肩に腕を回したのだった。

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