第26話
「僕はただ、兄さんを神界に返すための手はずを整えているだけさ」
「はぁ……、私のことは気にしなくていいと言っているだろう?」
「兄さんは神界に居るべきだよ」
「進んで堕ちたんだから気にしないで――」
「それじゃ駄目なんだよ」
ロキは強めの口調でディーンの言葉を否定した。食い気味に言われたディーンはハッとロキの方を見やる。
「どうしてそこまで……」
「僕のせいで兄さんは戦神の座を失ってしまった。だから、今度は僕が神界に帰れるように兄さんの居場所を取り戻す」
ロキはそれが自分のすべき使命なのだとでもいうように、キリッとした黒い目をディーンへと向けた。
しかし、ディーンは肩の力を抜いてロキへと話しかける。
「私はここが好きなんだ。ロキだってそうだろう?」
「まぁ、それは否定はしないよ。でも、兄さんは神界に居るべきだった。最強と謳われた兄さんが神界を堕とされたあと、ユピテルの横暴はひどいものだったよ」
「あれは相手の気持ちを理解しないからね……」
「だから、僕はあれが神王だなんて認めない」
やけにしっとりとしたロキの笑み。ディーンは眉をぴくりと動かした。何か含みのある様子が不安な思いを掻き立てる。
「それはどういう意味かな?」
「言葉通りの意味だよ、あれが神王を名乗るのは間違ってる」
「……」
静まり返る部屋の中、ディーンの後方から風が部屋の中へと入り込んだ。床に散らばる書類の
「まぁ、その話は置いておくとして……ロキ、獣人たちに何をしたんだい?」
ディーンの眼差しが刺すようにロキを見つめた。アレフ達と話していた時の雰囲気とは違い、畏怖を与えるような鋭い眼つき。
「なにも知らないよ、何かあれば兄さんに報告するさ」
だが、それでもロキは
「知らない振りをしても無駄だよ……」
ディーンが言い終えると、窓の外からディーンの両肩に足を置いたのは――白と黒の二羽のワタリガラスだった。
ディーンは指先で優しく二羽の頭を撫でてみせる。
「それは……?」
ロキはじとりと、両肩のワタリガラスを睨みつけながら問いかけた。
「使い魔のフギンとムニンだ。非常時のために獣人と亜人それぞれの見張りをさせていたんだよ。この世界に来て独りぼっちだったのが寂しくてね」
「ゲリとフレキ以外にも使い魔が居たんだね……」
「まぁね、仲間は多い方がいいだろう?」
「……」
口をつぐんだロキが、話し始めてからようやく険しい表情を一つ浮かべる。ディーンは証拠を掴んでいることを悟らせた上でもう一度、質問を繰り返した。
「獣人達、ヒュンフーとゼクス――いや、ゲリとフレキをどうするつもりなのか……説明してもらわないとね」
ディーンが微笑みながら問いかけるが、その瞳の奥には静かに怒気が見え隠れしている。
「今はまだ言えない」
「なぜ?」
「……心配しなくても大丈夫さ、何もなければ解放する。それは約束するよ」
「なにかあったらどうするつもりなのかな?」
答えになっていないロキの解答にディーンは優しくも強い口調で言い放つ。
「それは……」
気まずそうに視線を逸らしたロキがそっと首にかけていた宝玉に触れる。ディーンの視線に加えて二羽のワタリガラスが黒い丸い瞳をロキに向ける。
「ロキ、頼むから面倒なことだけは起こさないでくれよ?」
「分かってるさ」
心配するディーンと、瞳の奥に何かを隠したままのロキが見つめ合う。
ワタリガラスがそっと飛び立って窓枠の――ディーンの背中へと隠れた。
しんとした部屋に涼しい風が入りロキの髪をそろりと揺らす。
「はぁ……神降ろしの神器に封(ほう)潜(せん)鏡(きょう)まで持ち出して……、ユピテルにバレたら神堕ち程度じゃ済まされないよ……」
ディーンは頭を横に振りながら、疲れた面持ちで呟いた。
「神界の王って言っても単調なユピテルなら騙しやすい。現世で生きてきた僕たちに比べれば赤子も同然さ」
「はぁ……せっかく平和に過ごして来たのに……頼むよ……」
力なく項垂れるディーンを励まそうとしているのか、二羽のワタリガラスがすり寄る。
「きっと大丈夫さ」
ディーンは「いやいや」と頬をかきながらロキの目を見つめた。
「ヒュンフーとゼクス、アハトにノインまで……、セプトを演じていた君が彼らを連れ出せば状況が悪化するのは目に見えているだろう……?」
「……」
再び口を閉ざすロキ。
後ろで隠れていたワタリガラス達がひょこっとディーンの背後から顔を覗かせた。
「何がしたいんだい?」
「…………、保険をかけておきたいんだよ」
「保険?」
「……いざという時のため……かな」
真意が分からないロキの言葉。ディーンは眉をしかめて見つめるしかない。
「獣人達が動き出したらどうするつもりなんだい……?」
「その時は兄さんが止めてくれるかなと……」
いつも何を考えているのか分からないロキ。その言葉の奥に何が隠れているのか、兄であるディーンでさえも分からない。
それでも、ディーンは弟の意見を否定しようとはしなかった。
ただ、いつもとは違って少しの愚痴を込めて――
「不死身の神界とは違って傷付くと痛いんだよ……。なるべく戦いは避けたいから、穏やかに過ごせるようにしていたのにさ……」
と告げた。
「大丈夫だよ兄さん、きっと上手くいくから」
「……ふふっ」
「なにかおかしかったかい?」
「……いや、どこを見据えているのかは知らないけど、昔から自信だけは一人前だなって思ってさ」
「兄さんも大概だと思うけどね」
馬鹿にしたようなディーンの言葉に、ロキが皮肉を込めて言い返す。
「まぁ、その点は似た者同士ということで……、本題に戻らないかい?」
「本題もなにもないんだけどな……」
ロキが面倒臭そうに視線を逸らした。
「ロキ、一体なにをするつもりなんだい?」
「兄さんを神界に戻す、ただそれだけだよ」
「……」
じっと見つめるディーンだが、ロキは目線を逸らしたまま動かない。
「昔から何を考えているのか教えてくれないのは兄としては悲しいよ」
「今はまだ話したくないだけさ」
「……あの時もそうだったね」
「あの時?」
「ユピテルの宝物庫から盗みを働いた時さ……、あの時のことも、ロキからまだ理由を聞いてないよ」
「ああ、あれは――」
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