第五部「変身と分身の神」
第25話
鷹の獣人ドライとの戦闘により、負傷したヴァーブと共に帰還したヘイとザイン。治癒担当のダレットへとヴァーブを引き渡した二人は、ディーンに報告をした後に自身の宿舎へと帰っていった。
オーディーンの王室――ディーンの部屋は相変わらず散らかっていたが、本人はあまり気にしていない。困った顔を俯かせ、そんなことよりもと言いたげに――「さてと……」と小さく呟いた。
「……」
机に両手をついたディーンは深い溜め息を漏らす。
「さぁフヴェル、説明してもらえるかな……」
ふっと振り向いた部屋の扉の前――そこに居たのは、ディーンの補佐であるフヴェルことフヴェズルングであった。
小太りの体型で手を後ろに組んでいるため、胸を張った姿は大層偉そうに見える。
金銀の装飾が付いた派手な服、成金のような図々しく思える様相。首からは黒紫色の宝玉をぶら下げて――
「なにを説明すればいいのですか?」
と、優しげな声音で問いかけながら、ゆっくりとディーンの隣へと歩きだす。
「ロキ……、獣人たちを抑え込んでくれと言っただろう」
ディーンは身体の正面をフヴェルに向け、呆れたような口振りで言い放った。それに対して、微笑みを消したフヴェルが目を伏せて呟く。
「そっちの名前で呼ぶとバレてしまいますよ」
「神界で何をしていたのか、獣人達に何があったのか……、順番に説明してもらえるかい?」
ディーンは片手を机についたまま、呆れた様子で横で佇むフヴェル――いや、戦神オーディンの弟であるロキの方を向いた。
「なんのことか分かりませんね……」
「アレフ達が戦場から帰還する前、ユピテルから連絡があったんだよ」
「へぇ……そうですか……」
ジト目で睨むディーンに対して、フヴェルは落ち着き払った様子で目を瞑る。
「……」
自分からは何も話そうとしないフヴェルの態度にディーンが大きな溜め息を吐きだした。
「はぁ……、あんまり面倒なことは起こさないでくれよ……」
神界でロキの不祥事を丸被りしたディーンこと戦神オーディン。彼が神界を出たあと、ロキは神界を抜け出して彼の元に身を潜めていた。
「なぁ、ロキ……」
窓際に移動したディーンが振り返る。そよ風が優しく、束ねた白い髪を揺らしていく。
「なんですか?」
「神界で君がユピテルの【神降ろしの神器】を盗もうとしただろう? そして、私は代わりに神堕ちしてこの現世にやってきた」
「そう、ですね」
自分の責任であることを自覚してなのか、ロキの返事はぎこちない。ディーンは窓の外を見つめる。
「私が神堕ちしてすぐに君は追いかけてきたからさ、それにも驚いたよ……。しかも【神降ろしの神器】であるその宝玉を盗んでくるなんてさ……」
「……」
ディーンの視線がふとフヴェルのネックレスに向けられた。ロキの首にかけられた宝玉は、ユピテルがオーディンを神堕ちさせるために使用した宝具。
「しばらくは誰も入って来ないし、元に戻ってもらえるかな?」
ロキの目がじろりとディーンを見つめる。
「それはやめておいた方がいいんじゃないですかね……」
「たまには弟の顔をみたいものだよ」
「…………、どうしてもですか?」
「うん、長年その姿だけどいまだに弟のロキだって思えないしね……」
「はぁ……」
今度はロキが溜め息を漏らし、「分かりましたよ……」と嫌々ながらに了解した。
フヴェルが窓辺に立つディーンへと背中を見せる。振り返った時、そこに居たのは、その姿は――人間の形をしたセプトと同じ容姿の男だった。
「あー、あー……」
ロキは自分の声を確かめるように発音を確かめる。拳を握り締めてなにかを確認しながら独りでうんうんと頷く。
「うん、やっぱりこの格好が一番しっくりくるよ」
先程とは違う若々しい青年のような顔つき、黒いクセ毛を肩まで伸ばした髪――ディーンの補佐フヴェル、つまりは戦神オーディンの弟であるロキの本当の姿である。
久しぶりに見た弟の姿。ディーンは少しだけ口角をあげたものの、その表情は瞬時に真剣なものへと切り替わった。
「なぁロキ、一体なにを隠してるんだい?」
「なにも隠してなんかいないよ」
なにも悟らせないロキの微笑みにディーンは「うーん……」と悩ましい声を出しながらも言葉を続ける。
「私との約束、覚えているかい?」
「人類を守るっていうやつでしょ? もちろん覚えているよ」
「神界の者たちの中でも分身と変身が得意な君だからこそ、フヴェル、セプト、ロズール……、人類と獣人、亜人たちとの均衡を保つためにお願いしていたはずなんだけど……」
「……」
ロキはディーンから視線を逸らして口を一文字に結んだ。ディーンはその様子に肩を落とす。
神界から堕とされたディーンは数百年に及ぶ放浪の末、百年以上前にオーディーンの国を築いた。その時、アレフやギメル、ヴェートたちに神の力を授けたのは、ディーン自身ではなく神界から抜け出して来たロキ……つまりディーンの補佐フヴェズルングであった。
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