第二部「ドラゴンバックでの接敵」
第6話
トバシラのメンバーであるヘイ、ヴァーヴ、ザインはディーンから任務を受け、オーディーンの国から数十キロ離れた岩肌を露わにそそり立つ山【龍の背―ドラゴンバック―】へと馬に乗って向かっていた。
馬で進むことが困難な山間部に到着した頃、既に日は落ちかけており、空は夕暮れに色を染めていた。
三人の目の前には人の手が加えられず、整備されていない岩場の山道が続いている。
馬でこれ以上進むには危険と判断したのか、先頭を進んでいた者が馬から下り立った。続いて後ろの二人も馬から下りていく。
赤い外套を身に纏い、左目を眼帯で隠している隻眼の若い男。白いドレスを着た女性。そして、背中を丸めて歩く黒い外套にフードを被る者。最後の者の背中には、大人が二人か三人は入りそうな大きなバッグパックを背負っている。
赤髪の男が外套の下から覗かせている柄に手を当てながら、山道へと歩いて行こうとしたその時、
「ねえ、ヴァーブ」
白いドレスに身を包み、腰まで伸びる銀色の髪を揺らしながら冷たい声で呟いた女性。
「なんだよ」
女性の声に荒っぽい口調で答えたのは、前を歩いていた赤髪隻眼の男だった。
トバシラのメンバーNo6、【狂乱のヴァーブ】。代償は〈慈悲の心〉。
「今日、言われたから、明日でも良かったんじゃないのって、わたし聞いたわよね」
女性は白く綺麗な肌と冷徹な瞳をヴァーブという赤髪の男に向ける。
「兵長に促されたら行くしかないだろうが」
ヴァーブは面倒臭そうに頭を掻きながら答えていたた。
「かつて殺人鬼と恐れられた貴方が情けないわね」 女性は少しだけ笑みを浮かべたように見えるが、その表情は凍り付いたように冷たい。
「うるせえ、約束は約束だから守ってんだよ。俺は兵長には逆らえねえ」
「はぁ、本当に男って馬鹿ばかりね。そうは思わないかしら、ねえ、ヘイ」
「…………黙秘」
女性は隣を歩いていた背中を丸めた者に問いかけたが、その者は低い声で一言だけ返事を返しただけだった。
「仕方ねえだろ、一対一の勝負で負けたら百年以上もトバシラとして働かされるなんて聞いてねえ……」
ヴァーブはそう言いながら外套のポケットから煙草を取り出し、口に咥えてマッチで火を点けた。
煙がゆらゆらと空中を漂う。
「でも、きちんと付き従ってるじゃない」
「男に二言はねえんだよ、覚えとけ」
「覚える価値もないわ、そんなもの」
「馬鹿にしてんのか? あぁ?」
女性の言葉に苛立ったヴァーブは女性を思い切り睨みつけた。
「してないわ、馬鹿にする価値すらないもの」
「んだとコラァ!」
ヴァーブが熱くなり一歩踏み出したが、
「調査」
ヘイと呼ばれていた者が仲裁に入った。
一方的に女性を睨みつけるヴァーブに、冷たい視線を向けている女性。その間に立つようにヘイが割り込んでいる。
「チッ……」
「どうしたの」
ヴァーブは咥えていた煙草を吸い込み煙を空に吐き出した。その後、口から吐き出すように煙草を地面に落とし靴で踏みつける。
「……まぁ、そのなんだ。とりあえず行くか」
「そうね」
「肯定……」
いい終えたヘイが背負っていたバッグパックから松明を取り出し、ヴァーブへと一つ手渡した。
暗くなってきた山道を松明で照らしながら歩く三人。女性は何も持たず、ヘイは大きなバッグパックを背負って歩いていく。
岩山から崩れ落ちたであろう岩石の上を歩き、切り立つ崖道を行く。
太陽が完全に沈み、上空に濃淡な紫色が映し出される頃、ヴァーブは再び煙草を取り出し松明の火で点火させた。
「次、平坦な場所に出たら一度休憩するか?」
「そうね、さすがに慣れていない道を歩くのは堪えたわ」
「……賛成」
――とは言ったものの、三人は平坦な場所に辿り着けずに暫く歩き続ける羽目になった。
数時間後、辺りは完全に暗闇に包まれる中、開けた場所にようやく到着した三人。
「どうせ、ドラバックを一日で調査するのは無理だ。今日はここで野宿するぞ」
言い終えたヴァーブが硬い岩の地面に黒い刀と松明を置き、寝転びながら煙草をふかし始める。
「私、此処で寝転ぶなんて嫌よ」
女性は腕を組みながら無表情でヴァーブを見下ろしていた。
「ヘイの持ってる荷物の中に寝袋あるだろ、それ使え」
「嫌よ」
「あぁ?」
眉間に皺を寄せたヴァーブが身軽に上半身を起こして胡坐をかく。
「文句しか言えねえのか?」
「文句じゃないわ、ただ嫌だって言ってるの」
淡々と感情の籠もっていない口調で話す女性。
ヴァーブは口元を歪ませて女性の前に立つと、嫌悪感を露わに敵意の目を向けた。赤い髪と同じように、その隻眼の瞳もまた炎のように赤く染まっている。
「さっきから文句ばっか言いやがって、頭斬り飛ばすぞアマ……」
「貴方が私の首を斬り飛ばす前に私が貴方を氷漬けに出来るわ」
淡々と冷静に言い返す女性に苛立っていくヴァーブ。
「上等だコラ……」
「いいわよ、ほら、やってみなさいよ」
怒りを表面に押し出すヴァーブと冷たく視線を向ける女性。
二人の近くでは松明がパチパチと音を立てて燃えている。
「ヴァーブ……ザイン……」
見かねたのか、ヘイは二人の間に立つと仲裁の為に両者の名前を呼びかけた。
トバシラのメンバーNo7、【氷冷のザイン】。代償は〈向上心〉。
「チッ……いつか殺すからなてめえ……」
「お好きな時にどうぞ、いつでも待っててあげるわ」
「んだと――」
「静粛……」
「……チッ」
ヘイの言葉にようやく静まったのか、ヴァーブは再び寝そべって二人に背を向けた。
ザインは腕を組んで立ったまま動く気配がない。
「……」
ヘイが置いていた大きなバッグパックの口を開いて何かを取り出し始める。
薪、干し肉、水……、キャンプと夕食の準備をしているようだった。
「ヘイ、私も手伝うわ」
「……感謝」
ヴァーブが腕を枕にしながら夜空の星を見上げる中、二人は簡素な焚火と軽食の用意を済ませていく。
「御飯……」
寝転んでいたヴァーブの横にそっと干し肉と温かいスープを置いたヘイ。
ザインはヘイに取り出してもらった寝袋を丸めて椅子の代わりにしていた。
「おお、ありがとな」
「貴方、食べなくてもいいんじゃない?」
「なんで、そうなるんだよ……」
ヴァーブはザインの問いかけに対して、干し肉を歯で引きちぎり、
「だって、貴方、何も用意をしていないわ」
「そんなの、どっちでもいいだろ」
みちみちと干し肉が音を立てながら千切れていく。
「少しはヘイみたいに大人しく振る舞えばいいのに。貴方、顔が悪くない分、他が台無しだわ」
「台無しってどういう意味だ、あぁ?」
「その通りよ」
「クソアマ……!」
「食事……」
スープの入った器を片手で持ちながらヘイがたった一言だけで二人に注意する。
「チッ……」
ザインから視線を逸らしたヴァーブが干し肉を頬張った。
大人しくなったヴァーブに安心したヘイがスープを口元へと運ぶ。
「あら、ヘイ。フードにスープが付いてしまうわ」
「……感謝」
ザインの呼びかけにヘイはスープを片手に持ちながらフードを掴んだ。
ようやく顔を見せたヘイの顔。
「おお……、ヘイの顔、久しぶりに見たなぁ」
「半分以上隠れているけどね」
ヘイの顔は鼻から上を黒い包帯でぐるぐる巻きに覆っていた。顔で唯一見えるパーツが口元だけという異様な姿だが、二人は見慣れているのかさして驚いてはいない。
トバシラのメンバーNo5、【潜闇のヘイ】。代償は〈自尊心〉
「包帯の下、どうなってるのか見てみたいわね」
ザインがスープを口元に持って行きながら独り言のように呟く。
「まあ、トバシラのメンバーでも顔を知らないのはヘイくらいだからな」
「食事」
目の前の飯を食べるように注意を促すヘイ。
「はいはい、別に男に興味ねえよ」
「私は見てみたいけど、嫌がっていることをする趣味はないわ、安心していいわよ」
ディーン以外はヘイの素顔を知らなかった。それは、今こうして一緒に夕食を口にしている二人ですら……。
「はぁ……やっぱり飯は王城で食うのが一番うめえな……」
「そうね」
スープを一気に飲み干したヴァーブが器を地べたに置いた。
「……」
ヘイは二人の反応に安堵したのか、ゆっくりとスープを飲み始めた。
「そう言えばヴァーブ、貴方を負かしたのは未だに兵長だけなのかしら?」
「あぁ? なんだ急に」
「夜は長いもの、会話でもしないとつまらないでしょう?」
「ふんっ……別に俺は――」
「興味……」
ヘイの言葉に驚いた二人は同時にヘイの方へと顔を向けた。
――――――――――――――――――――
[人物等の紹介]
ヴァーブ
肩にかかる程の赤い髪に左目を隠した隻眼の男。
トバシラのメンバーNo6、【狂乱のヴァーブ】。
代償は〈慈悲の心〉。
ザイン
メンバーで唯一ドレスを着た女性。長い銀色の髪を垂らしている。
トバシラのメンバーNo7、【氷冷のザイン】。
代償は〈向上心〉。
ヘイ
口元以外、頭部を黒い包帯で巻いた者。猫背が目立ち、声音は男性。
トバシラのメンバーNo5、【潜闇のヘイ】。
代償は〈自尊心〉
【龍の背―ドラゴンバック―】
略称:ドラバック
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