第7話
「あら、珍しいわね」
「だな……ヘイが言うとはねえ」
ヴァーブは焚火の前で片膝を立て、「どうぞ」と手でザインへと何かを促す。
「なにかしら」
「名前を名乗るならまずは自分から……とは言わねえが、レディファーストってことで。ザインは何処で兵長と知り合ったんだ?」
「女の過去を詮索するなんて無粋ね。けど、まぁいいわ。話してあげる」
「そりゃどうも」
ザインはスープを一口飲むと器を持ったまま話を始めた。
「貴方達なら知っているとは思うけど、百年以上も前、私はある国で娼婦として生活していたの。ほら、私って綺麗だから。それなりの貴族に拾われたのよ」
話している途中、ヴァーブが鼻で笑った所をザインが冷たい視線を送る。気まずそうに咳払いするヴァーブを尻目にザインは言葉を続けた。
「それでね、その貴族がひどい男だったの。性の衝動に忠実で暴力的な人だった。でも、私には彼しか居なかった。何も無い私にとっては彼に与えられた居場所だけが全てだったの。まあ、好きなんて到底言えたものではないけど、それなりに暮らしは良かったの」
「……胸クソ悪い話だな」
「昔のことだからいいのよ。今、こうして私は兵長に拾われて助けられたもの……」
ザインの漂わせる冷たい空気がどことなく寂し気に見えた。
「……それで、続きは?」
「ああ、そうね。私はある日、彼に二階の窓から放り出されたの。その時にガラスの破片が体中に刺さって、それでも逃げようと必死に走った。でも、すぐに限界が来て川の近くで息絶えようとしていた所を兵長に拾われたのよ。友達にならないか、なんて……。馬鹿な男だと思っていたら血を飲まされたら死なずに生き延びた。笑っちゃうわ」
彼女の目には焚火の炎がゆらゆらと瞳に映っていた。
「泣ける話だねえ。兵長の株が上がっちまうじゃねえか」
「あら、貴方って男に興味があるの?」
「ちげえよ馬鹿が」
「ほら、そんなことより、私は話したのだから貴方も話しなさい」
「あ、ああ……そうだったな……しゃあねえ」
ヴァーブは座る態勢を変えて胡坐をかきながら、目の前の火を見つめた。
「俺が殺人鬼と呼ばれ始めて数年、さすがに国中から指名手配されて居場所がなくなっちまったんだ。あいつら、一対一の勝負をせずに二人、三人、四人……挙句の果てには殺人鬼一人に対して軍隊をよこしやがったんだぜ」
「……貴方、一体何人殺したの?」
「殺人鬼って呼ばれてた時で九九八人」
「……貴方、私を突き落とした男よりひどいんじゃないの?」
「そんな奴と一緒にすんな馬鹿が。俺は女や子どもを殺す趣味はねえよ。俺が殺して来たのは男でも女でもねえ。ただのクソ野郎だけだ」
「どういうことよ」
ヴァーブは煙草を咥えて再びマッチで火を点けると、大きく煙を吸って吐きだした。
星が輝く夜空に煙が舞っていく。
「……乞食を足蹴にした貴族、貧困層の娘を拉致して犯していた奴、無差別に人を殺す犯罪者、善人の男を騙した毒女、子どもの血肉を好んで食べていた偏食家の変態野郎……、俺の刀は罪人しか斬らねえ。それが俺の殺しだ」
「へえ、血生臭くて戦闘狂の貴方が意外だわ」
「俺だって色々あったんだよ……、お前だってそうだろ?」
「まあ……、そうね」
ザインの言葉には変な間が生じていたが、ヴァーブは特に気にせずに話を続けた。
「それで、逃げ延びた矢先、池の近くの小屋で寝ていたら奴が現れた。えらく古い騎士の恰好で立ってたもんだから、夢の中かと思ったが小屋の入り口で確かに奴は立っていた――」
――百年以上も前、とある森の中の池の小屋にて
「ん……」
「やあ、起きたかい?」
「誰だお前……」
「こんにちは、でいいかな。それとも、おはよう?」
俺は見覚えも無い男にすぐさま柄を握り締めた。。
「ああ、違うんだ。戦う気はないんだ」
「ふざけんな……どっかの国の差し金だろうが!」
敵意をむき出しにして、俺は刀を抜いて身構える。
「帰るか斬り殺されるか、どっちか選べ」
「君に私は斬れないよ」
「あぁ? 舐めてんのか?」
「君の瞳は憤怒に燃えている。けれど、それは業火による美しい火だ」
「何を訳の分からねえことを……、素直に帰れば命だけは――」」
「君に、私の友人になってほしい」
「……は?」
突拍子のない質問に俺は脱力した。
「駄目かな?」
「馬鹿にするのも大概にしろよ……」
この男は隙を見計らって俺の事を殺す気だと思った。
だから、俺は騎士に向けて刀を振るう。だが、騎士は必要最低限、後ろに退いて微笑みやがった。
「おっと……、危ないなぁ」
「馬鹿にしやがって!」
踏み込んでからの一突き、だが外れた。勢いを殺さず右に回転しながら横に一閃。それも当たらない。次の回転で下から上へと振り上げるも避けられる。柄の手元を組み替え、少し変わった軌道で振り下ろす。
が、どれも当たらない。
「君、すごいね。最後のは少し危なかった」
「全部避けておいてよく言うぜクソが……」
すでに男に釣られて小屋の外に出てしっまっていた俺は辺りを見渡した。
この男は本当に一人で来たのか?
周りに敵はいないのか?
「……」
細心の注意を払って周囲を窺うが人の気配はない。
「どうしたら友人になってくれるかな?」
「あぁ? 誰がお前みたいな奴と友人になるか馬鹿がっ!――」
「っ!」
右から左に一閃、軌道を変えて左に一閃、右に左に縦横無尽に刀を振るが、半歩さがるだけの騎士に何故か
「はぁっ……はぁっ……どうなってんだクソがっ……!」
「うーん……、どうしてもなってくれないのかな?」
「ったりめえだ、クソ野郎……」
「なら、私と決闘をしないかい?」
男は目の前に刃物を持った男が居るというのに微笑んでいた。
「決闘? 殺し合いの間違いだろうが……!」
寝起きな上に刃が当たらなくてイライラする……。
「殺し合い……まぁ、そうとも言うのかな……」
「何迷ってんだてめえ」
「……いや、なんでもないよ。それより、私が勝ったら君には私の友人になってもらうというのはどうだろうか?」
「随分と自信満々だが、俺が勝ったらどうするつもりだ、あぁ?」
「ふふっ」
「……」
男だが、綺麗な銀色の長い髪が一本にまとめられて後ろで揺れる。騎士が笑う姿が時が止まったかのように目に焼き付いた。
絵画なんて興味はねえが、一瞬だけ見惚れてしまっていた。
「……な、なにが可笑しい!」
「ああ、いや、すまない。そうだね、君が勝ったら私が君の友人になろう」
「はぁ? なんだそりゃ……」
「どうする?」
「舐めた口の利き方しやがって……」
少し動いて疲れたが、まだまだやれる。こいつ殺してもうひと眠りだ。
「その話、乗った! 俺が勝ってお前を殺してやる」
「成立だね。んじゃ、初めに……」
奴は背を向けて草むらの中から黄金に輝く槍を取り出し、振り返りざまに構えた。
「私はディーン、君の名前はなんていうのかな?」
「あぁ? なんだ急に……」
「名前だよ、闘う前に相手の名前を聞いておきたいんだ」
「いちいち古臭ぇ奴だな……こっちは気分悪ぃってのに……」
……なんなんだこいつ。
槍を持ってから顔つき……雰囲気が違う。今までに会ったことのない奴……。
もしかしたら俺が負ける……? いやいや、ありえねえ。
「名前は教えてくれないのかい?」
「へっ……、お前が勝ったら教えてやるよ」
「そうか……」
「チッ……その態度気に食わねえ……」
「ふふっ……それじゃあ始めようか」
槍先をこちらに向けて構える男。
草むらが風に揺られてかさかさと音を立てる。
クソッ……涼しい顔しやがって……!
「後で泣き叫んでも知らねえぞコラァ!――――」
「……それで、負けたの?」
「へっ、まあな……。しかも、一瞬だった上に手加減されてたんだから情けなくて笑っちまう」
「貴方が手加減されたの?」
「俺が怪我をしないように持っていた刀の柄に槍先を差し込まれてよ、刀に力を加えていた方向を逸らされた。見事にすっぽり手元から刀を抜き取られたよ。あれは人の技じゃねえ」
「ふーん、やっぱり兵長は強いのね」
ザインの声が冷たく感想を漏らし、ヴァーブは焚火を見つめながら呆れたように笑っていた。
「あれは別格だな……。俺達にこんな能力与えて生かしてるのに、反乱されることを怖がっちゃいねえ。信頼しきってやがるしムカつくぜ……」
「良い事じゃない」
「まあ、そういう事にしといてやるよ……」
ヴァーブの話が終わり、ヴァーブとザインは黙って聞いていたヘイに顔を向けた。
「……手番?」
目を隠しているはずのヘイは二人の顔を交互に見やり、尋ねるように呟いた。
「いや、ヘイは大丈夫だ」
「そうね、話したければ……って所かしら」
「……」
肌寒い風が吹き、焚火の炎が強く煽られる。
結局ヘイは一言も話さず眠りにつき、ザインはヴァーブの分の寝袋を下敷きに、もう一つの自分用の寝袋に入って眠った。
寝静まった後、狸寝入りをしていたヴァーブは二人の寝息を確認した後、念のために周囲の警護に当たっていた。
――――――――――――――――――――
[人物等の紹介]
ヴァーブ
過去:九九八人を殺した殺人鬼と恐れられた男。だが、その実態は残虐非道の極悪人を裁く者だった。
しかし、貴族などに手を出したことで国から恨みを買ってしまった。
ザイン
過去:元貴族の娼婦。ひどい仕打ちを受け、二階の窓から突き落とされ命からがら逃げだした。
逃げた先、川の近くでディーンと出会う。
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