第8話

 会話をした翌日、三人は再び朝食を済ませて任務を再開した。


 ヴァーブが先頭を、ザインとヘイがその後ろに続き横並びになって歩いている。ヘイは再びフードを被り直しており顔を見えないようしていた。


「……」


 昼食を食べ、太陽を避けるように三人は飛び出ている岩の陰で休む。

 特に会話もなく、ヴァーブだけが汗をかいては外套で拭っていた。


「ねえ」

「なんだ?」


 朝から無言で岩山を進み続けていた途中、ザインがふと口を開いた。


「……竜なんて本当に居るのかしら」


 前を歩いていたヴァーブが足を動かしたままザインの方を振り返る。


「さあな、だが、兵長が嘘を吐いた事はねえよ」

「それはそうだけど……想像上の生き物でしょ?」

「まぁ、俺達の能力を考えれば竜の一匹や二匹、どこかの山奥に居てもおかしくねえだろ」


 ザインの足が止まる。それに倣ってヘイも僅かに遅れて足を止めた。

 足音がしなくなった事に気が付いたヴァーブは首を回して目をやった。


「どうしたんだ?」

「……貴方でも、たまにはまともな事を言うのね」

「馬鹿にしてんのかこのアマァ……!」

「あら、褒めてあげたのだけど?」

「どこをどう受け取れば褒めてるように聞こえるのか言ってみろアマ……!」

「任務……続行……」


 熱くなるヴァーブを止めに入ったのはやはりヘイだった。


「ですってよ」


 ザインは腕を組みながら冷静淡々とヴァーブに話しかける。


「チッ……分かってらぁ……」


 前を向き直したヴァーブが外套をふわりと浮かせながら再び歩き出す。


「……」


 岩場を下りては上がり、上がっては下りる。


「くっそ……お前ら、しんどくないか?」

「大丈夫よ」

「平気」

「まじかよ……」


 一人汗だくになりながらも、ヴァーブは歩んでいく。

 夕方、太陽が沈みかけた頃、岩肌が露出しているドラゴンバックの中心、一番大きな岩山の前に三人は辿り着いた。


 ヴァーブが後ろを振り返り、歩いてきた道を見つめる。

 針山のような突出した岩山が無数に飛び出し流線形を描いて地表まで続いている。ただ、砂岩で出来た山と地表の色が一緒で、どこからどこまでが山で地面なのかは見分けがつかない。


「……はぁ、さすがに疲れたな」

「女にこんな山道を歩かせるなんてひどいわね」

「そういうお前は疲れたようには見えねえんだが……」


 何時間も岩山を歩いたようには見えない澄ましたザインの姿に、ヴァーブは愚痴を零した。


「ああ、それは……」

「ん?」


 含みを持たせたザインの言葉に、ヴァーブが大きな岩にもたれながら疑問符を浮かべて首を傾げる。


「ヘイがずっと軽くしてくれていたの」

「はぁ?」

「ん……、なにかしら?」

「お前、もしかしてずっとヘイに能力使わせ続けてたのか?」


 呆れた表情でザインを見つめるヴァーブ。


「私から言ったんじゃないわ。ヘイが自分からやってくれたのよ」

「はぁ……、それなら俺にもやってくれよ……」

「荷物……ザイン……自分……、制限……」


 ヘイはそう言いながら外套の中から手を出した。

 右手に掴んでいる暗い紫の水晶をヴァーブへと見せる。


「グラビスねえ……重力操るとか羨ましいわ……。んで、結局のところ、疲れているのは俺だけってことか?」

「そうね」

「……謝罪」

「いや、気にすんな。お前らより足腰は鍛えてるさ」


 岩場にもたれながらヴァーブは何度目かの煙草を咥えて一服する。

 ヘイはバッグパックを地面に置き、ザインがその荷物に軽く腰掛けた。


「ねえ、ヴァーブ」

「なんだよ……」

「貴方、よくここまでまっすぐ来たわね。道でも知っていたの?」

「あ? ああ、そのことか」


 口から煙を吐きながらヴァーブが呟いた。


「一人で慰めにでも来てたのかしら?」

「誰がここまで来て一人でヤるんだよ……」

「じゃあ女の子と二人きりでコレかしら?」

「うっ……ゴホッゴホッ……!」


 煙草を吸っていたヴァーブはザインの手の動きに思わず咳き込んだ。その勢いで咥えていた煙草が地面へと落ちていく。


「誰が山奥に女連れ込んでセックスするんだよ馬鹿が……」

「あら、違うの?」

「はぁ……」

「んじゃ、他になにがあるの?」

「……昔の話だが、兵長に調査を頼まれて此処に来たんだよ。だから詳しいだけだ」


 ヴァーブは言い終えると気を取り直すように煙草をもう一本咥えて火を点けた。


「それで貴方がここに呼ばれたのね」

「まあ、そういう事だ。しっかし、そういうお前は全然役に立たねえな」

「私だって、なぜ呼ばれたのか分からないのに役に立てるわけないじゃない」

「はぁ……せめてアレフさんかテトが良かったぜ」


 ヴァーブの言葉にザインが少しだけハッと振り返る。


「貴方、渋めの男性と若い子が好みなのね。テトは良いと思うけど、アレフまで手をつけるのはマズいと思うわよ」

「んだとコラァ……!」

「調査……続行……」

「そうね、休憩はもういいでしょ」

「クソッ……、自分達だけ楽しやがって……行くぞ……」


 煙草の先が真っ赤に燃え上がる。ヴァーブがひと際大きな煙を吐き出した後、地面へと投げ捨てて踏みつけた。


 三人は一つだけ突出している尖った岩山の付近を、平坦な岩場となっているその周りをぐるりと回るように歩いていく。「何かあるならここが一番怪しい」というヴァーブの考えだった。


 特に否定する意味もない他の二人は黙って後ろをついて歩く。

 夕暮れ時、日の光が橙色から青紫色へと世界を染めあげようとしていた頃……。


「……今日はここまでにするか?」


 ヴァーブが後ろを振り返り二人に声をかけた。だが、二人との距離はかなり開いていた。


「おーい、今日はここで休むぞー」


 少し声を張って声をかけるヴァーブにザインは手を振り、ヘイは無言を貫く。

 二人がようやくヴァーブの元に到着し一息吐き出した。


「お前ら遅いぞ」

「急いで怪我でもしたらどうするのよ。山猿と一緒にしないでほしいわ」

「や、山猿……んだとコラァ……!」


 腕を組んでいたザインの間近に近寄り、今にも爆発しそうなヴァーブ。

 だが、ザインはそれでも続けて本音を吐露していく。


「体力が無尽蔵にある山猿と一緒にしないでほしいの、分かるかしら?」

「昨日から黙って聞いてりゃこのアマ――」

「気配……」

「――ッ!」


 ヘイの呟きにヴァーブは咄嗟にザインを抱えて大きな岩の陰に隠れた。ヘイもヴァーブの速度にしっかりと追いつき岩陰に身を潜める。


「お姫様抱っこはさすがに恥ずかしいわ」


 腕の中で抱きかかえられているザインがまじまじとヴァーブを見つめながら呟いた。


「静かにしろ……」


 言い終えたヴァーブは音を立てないようにゆっくりとザインを下ろしてヘイの方を向く。


「お前、疲れてないのか……?」


 ずっとザインと一緒に歩いていた為、疲労が溜まっていると思っていたヴァーブだったが――


「平気……疲労、皆無」

「ははっ、いいねえ、そうこなくっちゃ……」


 ヴァーブは笑いながら外套から飛び出している刀の柄にそっと右手で触れる。


「前方」


 ヘイが岩の向こう側を指差しながら小声で話し、ヴァーブが岩陰からその方向を覗き見た。


「なんだあれ……人か……?」


 岩山の近くに何者かが立っているのを確認したヴァーブが目を凝らす。


「こんな所に人なんて居るはずが……ッ!」


 ヴァーブの片目に映った人の頭部、そこにあったのは――


「なんだよあれ……」

「聞いてた通り、獣人ってやつかしらね」

「肯定」


 いつの間にか他の二人も一緒に岩陰から顔を覗かせていた。

 岩肌の壁を守るかのように立ち尽くす身体は、人間の身長よりも二回りほどは大きい。その巨人のような身体つきをした頭には鷹らしき顔が付いている。



 身なりは人間の兵士と変わりないが、厚みのある甲冑が獣人の大きさを増長させていた。





――――――――――――――――――――

[人物等の紹介]

ヘイの武器「グラビス」

暗い紫色の水晶。

ある一定の距離の中にあるものを最大3つまで重力負荷をかけることができる。逆もまた然り。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る