閑話

 ディーンの部屋の前、護衛をしている黒い外套を着た者は扉の前に立ち、手には短剣程の大きさの槌を持っていた。顔はやはりフードで隠れていて表情は窺えない。


 フードを被った者は暇なのか、手に持つそれを宙に投げては手の上で転がしていた。

 アレフとギメルが先ほど中へ入り、ギメルが勢いよく出ていくのを無言で見送った。

 すると今度は勢いよくヴェートがこちらへ走ってきた。


「ヨッド!」

「……」


 ヨッドと呼ばれた者はヴェートへとフードの開いた面を向けた。

 ヨッドの目の前で駆け足のまま、足踏みをするヴェート。


「そこどいて!」


 ヨッドはヴェートの言葉を無視して無言のまま手遊びを続ける。


「ヨッドってば聞こえてるでしょ⁉」


 ヴェートはムッと頬を膨らませて腰に手を当てた。


「……」


 ヨッドが宙に投げた槌を掴み取りヴェートを見つめる。

 少し間が空いた後、ヨッドは扉の前からその身をどかした。頭を部屋に向けて軽く振り、「入っていい」とヴェートに合図を送る。


「やだ!」

「……」


 ヨッドのフードが少し傾き疑問符を浮かべる。


「だって、ここの扉重いもん!」

「……」


 聞こえているのだろうが、ヨッドはヴェートの言葉を無視して手遊びを再開した。


 ムスッとするヴェートは、

「もういい!」

 とヨッドに叫び扉の前に立つ。


 ヴェートは踏ん張りながらも一人の力で扉を開けて中へと入って行った。

 開きっぱなしの扉を閉め、元の位置に戻るヨッドはちらりと扉の方へと目を向ける。


「開けられるではないか……」


 男の低い声が僅かに聞こえた。

 ヨッドは壁にもたれかかり、片手に槌を持ったまま腕を組んだ。


「それにしても遅い……」


 その言葉には静かに怒りが感じられた。

 ヨッドはかれこれ六時間以上、こうしてディーンの部屋の護衛に就いていた。

 槌を外套の大きめのポケットにしまい、胸の部分から懐中時計を取り出してきちんとした時間を確認する。


「一時間の遅刻……ありえん……」


 懐中時計を握る手はわなわなと震え、ヨッドが怒っているのが窺える。

 護衛の任務は一人五時間で交代するはずが、次の者は一時間以上も来ていなかった。

 そうして、ヨッドが怒りに震えている時、ようやく待ち人がやってきた。


「ヨッド! すみません!」


 慌てながら急いで駆け寄ってきたのは青く長い髪を持つ青年だった。まだ幼さを顔に残してはいるが、身長は高めだった。

 駆け寄りながら途中何度も躓(つまづ)く彼を、ヨッドは見つめながら溜め息を漏らす。


「……こうなるからお前の前任は嫌なんだと何度も言っておるだろうが」


 フードを被ったままヨッドが愚痴を零し、懐中時計を胸元に戻してその場を立ち去ろうとした。


「す、すみません、どうにも探し物が見つからなくて……」


 あたふたと困り顔で言い訳をする青年にヨッドは歩みを止めて振り返る。


「ダレット、この護衛の任が終わったら自分の部屋を片付けておけ。お前は物を無くしすぎだ」

「す、すみません!」


 怒られて余計に取り乱しばたばたするダレットを見つめヨッドは頭を抱えた。

 二人はまるで教師と生徒のような関係にも見える。

 ヨッドは頭を押さえたまま俯いて呟いた。


「王国を守るトバシラのメンバーがこんな連中とは、ディーン様も何を考えているのか分からん……」


 ヨッドは己以外のメンバーを頭の中で振り返った。

 ギメルとヴェートは十代半ば……。

 テトとヘットはようやく二十歳を迎えた双子……、ここに居るダレットは二十代前半の若造……。

 あとはヘイとヴァーブ、それにザイン……。五十を超える者はアレフと己のみ……。

 オーディーンという大国の幹部の半数以上が若造とは……。


「ヨッド?」


 不意に声をかけたダレットを一瞥し、ヨッドは歩き出した。


「え、もしかして怒ってます? 怒ってます⁉」

「……」


 兵士達からの不満の声を思い返しながら、ヨッドは再び大きく溜め息を吐いた。

 扉の前から離れたヨッドの隣を、なぜかダレットが並行して歩いている。


「ヨッドどうかしました? あれ、もしかして落ち込んでます? 僕のせいですか⁉ どど、どうしよう! あ、お菓子要りますか? ここに確か……あれっ、無い!」


 トバシラの中でも非戦闘向きのダレットは唯一の回復役であり、後衛としてはかなり優秀なのだが欠点として彼には落ち着きがなかった。

 トバシラのメンバーNo4、【治癒のダレット】。能力の代償は〈平常心〉。


「菓子はいらん、それよりも部屋を片付けろ」

「え、でも今からですか⁉」

「馬鹿者が! 今ではないわ!」

「そ、そそそうですよね! す、すみません!」


 ヨッドの怒鳴り声にあたふたするダレットは手足をばたつかせた。


「はぁ……」


 兵士や民に対して申し訳ない気持ちになり頭を抱えるヨッド。


「私はこれで失礼する……ヨッド、後は任せたぞ……」


 軽く挨拶を交わしてその場を立ち去っていくヨッド。


「す、すみませんでした!」


 涙目になりながら、ヨッドの後ろ姿に何度も平謝りするダレット。

 廊下を曲がり見えなくなった所でホッと胸を撫で下ろす。


「はぁ……またやっちゃったよぉ……」


 ダレットは涙を流しながら、ディーンの部屋の前を警備し始めようとする。だが、やはり彼に落ち着きはなく、扉の前を永遠とうろうろしていた。

 その後、ディーンの黄金の槍を持ったフヴェズルングに怯えながら扉の中へと通すダレットであった。





――――――――――――――――――――

[人物等の紹介]

ダレット

慌てながら急いで駆け寄ってきたのは青く長い髪を持つ青年だった。まだ幼さを顔に残してはいるが、身長は高め。

トバシラのメンバーNo4、【治癒のダレット】。

能力の代償は〈平常心〉


ヨッド

 ???


――――――――――――――――――

一話分がここまでとなります!

お読みくださった方ありがとうございます!。゜(゜´Д`゜)゜。

また一話での登場人物をここに載せておきます!


【神王ユピテル】

神の世界にて王を務めている者。怒りっぽい?


【戦神オーディン】

ディーンの神格を奪われる前の真名。


ミア

兵士としてディーンの元で働く青年。

戦うことが苦手で伝令役として仕えている。


アレフ

白髪の短髪に、戦場を駆け抜けたであろう古傷が幾つか顔に痕を残している。元傭兵といった面持ちに渋みが感じられる。

 トバシラのメンバーNo1、【神速のアレフ】

 アレフが差し出した心は〈遊び心〉


ギメル

顔にはまだ幼さが残り、その表情はやはり少年そのもの。

金色に輝く髪と目。

トバシラのメンバーNo3、【鉄壁のギメル】

ギメルが差し出した心は〈競争心〉


ヴェート

肩にかからない程の茶髪の少女

トバシラのメンバーNo2、【雷撃のヴェート】

ヴェートが差し出した心は〈虚の心〉

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