第5話
一方、ディーンの部屋を飛び出したギメルはトバシラである双子の元へと向かっていた。
城内の庭園、噴水のある中庭、トバシラのレンガ造りの宿舎、訓練場、あちこち走り回るが双子は見つからない。
「あれーどこに居るんだろう……」
ギメルは落ち込みながらもすれ違う兵士達に二人の居場所を聞いて回る。だが、それでも二人の行方を知る者は居なかった。
「……ねえ、ヘット、そろそろ降りてあげない?」
「僕はいやだよ、ギメルと遊ぶと日が暮れるじゃないか」
短めの白い髪に綺麗な青色の瞳を輝かせる乙女、テト。動きやすそうな半袖の短いシャツに短パン姿で屋根の上に立っている。
テトは肩に槍を持たれさせ、走り回るギメルを宿舎の屋上から眺めていた。
その隣で座っているのは、ギメルと同じ外套を身に纏いフードを被ったヘットと呼ばれる者。肩に杖を預け、時折反対側へと回しながら移動させている。
「でもさすがに可哀そうじゃないかなぁ?」
弟を見るような心配そうな顔でギメルを見つめるテト。
「暗い所が好きな僕をこんな太陽の下に引きずり出させたんだ。意地でも下りないよ」
テトの言葉に、ヘットはフードを深く被り直して身を丸くした。
その姿に呆れながらも、テトは優しくヘットに語りかける。
「ヘットはお兄ちゃんなんだからさぁ、多少は遊んであげた方がいいんじゃない?」
「僕はギメルのお兄ちゃんじゃない。それに、彼は子どもでもトバシラの上位メンバー、僕じゃ相手にもならないさ。それにギメルは……」
言い訳を次から次へと述べるヘット。
話が長くなると感じたテトは立ち上がりギメルの居る方へと歩き出す。
「ちょっとテト、何する気なのさ」
「あー、もう私一人で行ってくるから良いよ。ヘットは自分の部屋に籠ってなさい」
テトは言い終えて、ヘットに向かってウインク一つすると、屋根の上、三階程度の高さから飛び降りた。
槍を両手で持ちそのまま地面へと矛先を向けて落下。突き刺した槍に手を滑らせ、なお残る落下の勢いと衝撃を受け身で逃がす。
が、高すぎたせいか、逃がしきれなかった衝撃と痺れが受け身を取った両手足に走る。
「あいたたたぁ……」
立ち上がり、たまらず手足を振って痛みを和らげるテト。
「あーあ……まったくテトの奴……」
心配になり屋根の上から見守っていたヘットが溜め息を吐きながらも、テトが無事だったことに安堵していた。
そして、一人になっても言い訳のような言葉をぶつぶつと述べていく。
「相変わらずテトの奴は無茶をしすぎなんだよ……こんな高さから飛び降りて無事なこと自体奇跡だっていうのに……」
ヘットが屋根の上から身を乗り出して下を見つめる。
「高いなあ……こんな所からよく飛び降りようとかいう気になるなぁ……」
ぶつくさと文句を言いながら、ヘットは屋根の端にあるベランダから部屋の中へと安全に戻っていった。
「くー、ヘットの奴降りてこなかったかぁ」
屋根の上を見上げ、ヘットが部屋の中に引きこもるのを確認していたテトが少しだけ悔しそうに呟く。
手足の痺れはまだ取れないのか、先程と同じように手足を振る動作を繰り返していた。
「テト、テトー!」
地響きを聞いて近くに居たギメルが既にテトの傍に駆け寄っていた。
テトは少し小さなギメルと目線を合わせて笑顔を見せる。
「やあギメル、アレフとの遠征と……兵長への報告はもう終わったの?」
元気よくハキハキと喋るテトがギメルに質問を投げかけた。
「うん! なんか兵長との話が長くなりそうだったから出てきた!」
はにかむギメルの頭をテトが撫でる。
アレフとの会話の時とは違い、ギメルは照れながら嬉しそうにしていた。
「そっかそっかー、それで私たちを探してたんだね」
「なんで知ってるの?」
「え、まぁ、それはその……」
苦笑いしながらはぐらかすテトの顔を不思議そうにギメルが見つめる。
さっきまで、ヘットがギメルと遊ぶのを拒み続けて屋根に居たことには触れず、ふふんと腕を組みながら背筋を伸ばすテト。
「予知! だよ!」
咄嗟に出たデタラメにテトがしくじったと額から一粒の汗を流した。しかし、言い切ってしまった以上、取り返しがつかないテトは自信満々の姿勢を崩さないでいた。
「……」
「……ん?」
反応がないギメルに視線を持っていくテト。ギメルはキラキラと目を輝かせていた。
「すごい! 俺もやってみたい!」
「こ、これはね……、そう! 習得するのに結構かかるんだよー」
「どれくらい?」
「うーん、十年くらい……?」
手とはそれらしい年数を適当に伝える。
「えー、そんなにかかるの……?」
残念そうにするギメルにテトは優しく微笑む。
トバシラの中でもギメルとヴェートは子どもであり、テトにとっては弟や妹のようなものだった。よって、可愛い弟の悲しむ顔を見るのが辛く、嘘に嘘を重ねていくテト。
「もしかしたら、ギメルならもっと早いかもしれないよ?」
「本当⁉」
「う、うん、もちろ――」
「テト、嘘はダメだよ……」
「「ん?」」
声のした方向を二人が同時に振り向くと、宿舎の方からフードを被ったままのヘットがこちらへと歩み寄っていた。
「ヘットだー!」
テトの横に並ぶように立ったヘットにギメルが抱きついた。
「ちょっとギメル、暑苦しいからやめて……」
テトとは違い、ギメルが寄って来ても嫌そうにするヘットにテトが声をかける。
「もしかして、心配してきてくれたの?」
「そんなんじゃないよ、ちょっと外の空気を吸いに来ただけさ……」
「もー、素直じゃないなー」
「テト、うるさい……ってちょっと、そんなことよりもギメル、離れてくれ、暑いから……」
「嫌々言いつつも嬉しそうだねー」
フードを覗き込みながらテトがニヤニヤと呟く。
「うっ……ごほっ……ごほっ……」
テトの言葉に喉を詰まらせ咳き込むヘットにギメルが心配そうに声をかける。
「ヘット、大丈夫?」
口を押さえつつ、片手で「大丈夫だ」と合図を送るヘット。
その姿をテトは横で笑っていた。
ヘットの咳が止まるまでギメルはヘットの背中を擦った。
「はぁ……」
ようやく収まったのか、ヘットが溜め息を漏らす。
ギメルは二人の間に立って腕をぐっと引き寄せた後、二人の顔を交互に見つめた。
「ねえねえ! テト、ヘット、一緒に遊ぼう!」
「もちろん、ヘットもいいよねー?」
笑顔のテト。それと反して嫌そうにするヘットだったが、ギメルと目が合ってしまい、なんとも言えない表情をフードの下に表していた。
「ヘット、ダメ?」
純粋な顔でギメルに問いかけられ、ヘットは渋々了承した。
「夜、ならいいよ……」
「でも、まだまだ明るいよ?」
「眩しいのは苦手なんだって……」
「んじゃギメル、今は私と遊ぼう!」
テトはギメルを自分の方へと引き寄せる。ギメルは少ししょぼくれた顔でヘットを見つめた。
「三人で遊びたいけど……」
フードの下ではヘットが気まずそうにギメルから視線を逸らしているのが微かに見える。
「でも……ヘットが夜遊んでくれるなら、今は我慢してテトと遊ぶ!」
「よしよーし、偉いぞー」
ギメルの頭を優しく撫でるテト。
仲良さげな二人の姿にヘットは少しだけそわそわしていた。
「……へ、部屋」
「「ん?」」
小さく呟いたヘットの声を聞き取れず、二人は同時に聞き返す。
「……部屋……で遊ぶなら、いいよ」
照れくさいのかその声は小さく、ヘットはズレかけていたフードを深く被り直した。
「そしたら一緒に遊べるの?」
「……うん、それならいいよ」
フードの上から頭を掻くヘットの様子を見て、テトは笑っていた。
「テト、どうしたの?
突然笑ったテトにギメルが疑問を投げかける。
「ううん、なんでもないよっ。んじゃ、ヘットの部屋までダッシュだー!」
「おー!」
「え、ちょっと待って――」
既に走り始めている二人と違い、ヘットは動揺して一歩出遅れてしまった。ギメルは振り返りヘットへと声をかける。
「戦場では一瞬が命取りってアレフが前に言ってたよー!」
「あ、ちょっと!」
ヘットを置き去りにギメルとテトはどんどん駆けていく。
「ヘットが来る前に部屋の中を探索だー!」
「わーい!」
「やめてくれ……」
二人の後ろを懸命に走るヘット。
その姿を前を行く二人は笑いながら、宿舎の中へと駆けていくのであった。
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[人物等の紹介]
ヘット
短めの白い髪に綺麗な青色の瞳を輝かせる乙女。
動きやすそうな半袖の短いシャツに短パン姿。
テト
その隣で座っているのは、ギメルと同じ外套を身に纏いフードを被ったヘットと呼ばれる者。杖を持っている。
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