第4話
肩にかからない程の茶髪を揺らしながら、呆気にとられ立ち尽くす二人に駆け寄ってくる。
「アレフも居る! やったぁ!」
満面の笑みを浮かべ、アレフの方へと一直線に、全速力で走り寄る少女。
「いつもいつも……だからお前達はまず挨拶をしろと毎回言って――ッ!」
少女はその言葉を無視してアレフの懐に飛び込み、ぎゅっと抱きついた。
「いきなり飛びつくのはやめろと言っているだろう」
アレフが困り果てた顔で少女を引き剥がそうと肩を掴む。
ディーンはその姿を微笑みながら隣で見守っていた。
少女を引き剥がしたアレフが頭を鷲掴みにしながらディーンの方へと少女の顔を向ける。
「ヴェート、ほら挨拶をしなさい」
「もー、王様は堅苦しいの嫌いだって言うから……」
「ヴェート」
鷲掴みにした手に力を込めたのか、ヴェートと呼ばれた少女は苦痛の表情を浮かべた。
「わ、分かった! 分かったから! い、痛いよアレフ!」
「ふん……早くしろ」
ヴェートは頭の上に置かれたままのアレフの手を両手で掴みながら、その状態を維持して元気よく声を出した。
「王様、失礼します!」
「ふふっ、元気そうだね、ヴェート」
アレフがギメルと共に育てたもう一人の少女、ヴェートは嬉しそうにアレフの手をずっと触っていた。
トバシラのメンバーNo2、【雷撃のヴェート】
「あ、敬礼!」
アレフから離れないまま、ディーンへと顔を向けて勇ましい顔でヴェートは敬礼をした。
「ふふっ、ご丁寧にどうも」
ニコニコと笑みを返すディーン。
「そういえばヴェート、どうしたんだ?」
アレフの問いかけに思い出したかのように驚いたヴェートは、アレフの腕にしがみ付きながらディーンに向けて話し始めた。。
「あのね、アレフとギメルが戦場から抜けた後、私も帰ろうと思ったら山の方に竜が飛んで行ったの!」
「「竜?」」
話の内容に思わずディーンとアレフは声を揃えた。
「うん! すっごく大きな黒い竜!」
興奮して話すヴェート。
二人は顔を見合わせ、ディーンは真剣な眼差しでアレフに問いかける。
「アレフ、戦場に敵と味方の兵士以外、誰か居たのかい?」
アレフは掴まれた左腕を一瞬上げようとした。だが、腕にしがみ付く嬉しそうなヴェートの顔を一瞬見ると、右手を顎に添えて考え込んだ。
「いや、戦闘地点では特に何も居なかったはず……。視界は悪かったにしても、竜が居たとしたらすぐに気付きます」
「でもでも、本当に居たんだよ!」
アレフの服を引っ張りながらヴェートは訴えかける。
「あぁ、分かっている」
アレフが宥めるようにヴェートの頭をぽんぽんと撫でると、ヴェートは満足げな表情を浮かべた。
アレフはその姿に一瞬だけ微笑んだが、すぐに表情を一変させディーンへと話しかける。
「ディーン様」
「なんだい」
「人類が栄える前、世界が獣人たちに支配されていたと、前に話してくださいましたね」
「そう。子孫が出来なかった彼らは滅びたと言い伝えられているけど、それの生き残りかもしれないね」
ディーンはアレフに淡々と言葉を返す。
話に追いつけないヴェートは二人の顔を見比べていた。
「竜の獣人……にわかには信じがたいが……」
「そうだね……。でも、ヴェートが言うなら間違いないね」
「ふむ……」
二人がヴェートの言葉に嘘が無いと言い切れる理由――
アレフが数十キロ離れた戦地からギメルを担いで帰って来たのはつい先ほどのこと。【神速のアレフ】という異名をディーンから与えられ、能力はその名の通り〈神速〉。
だが、能力の代償にトバシラは心を代償にしなければならない。
アレフが差し出した心は〈遊び心〉。ギメルが差し出した心は〈競争心〉。
そして、ヴェートが差し出した心は〈虚心〉。
アレフのギメルに対する厳しさ、ギメルの怠けたような口振り。ヴェートの言葉を二人が信じる理由、全てはこの代償によって生じたものであった。
「ねーねー、アレフ」
腕にしがみ付いていたヴェートがアレフの顔を見上げて問いかける。
「なんだ、ヴェート」
ちらりとヴェートの顔を一瞥するアレフ。
「獣人ってなに?」
「ふむ、それは――」
「ああ、アレフ。私が話そう」
「……お願いします」
「お願いします!」
ディーンはアレフの真似をするヴェートに優しく微笑みかけた後、一呼吸おいてから獣人について語り始めた。
「今となってはもう伝説や言い伝えでしかない太古の昔のお話……」
ディーンはそこまで言うと、本棚へと歩き出し、一冊の本を持ち出した。
「暇潰しに本はいい。知らない知識や文字が眠っているらね」
「ふーん……」
ディーンの手に持った本が机の上に置かれ、ヴェートは興味を抱いて机の上に顔を覗かせた。
本の表紙には【生物の本:人外】と簡素に書かれている。
ディーンは本を開き、人の体に動物の頭を持つ絵のページを見せ、ヴェートに語りかけた。
「今となってはただの言い伝えなんだけどね、ずっと昔、獣人と人類がどちらも生きていた時代があったんだ。半獣半人、我々が言うところの獣人と呼ぶものだね」
「半獣半人?」
「そう、半獣半人。獣人は人類とは違い非常に強い生き物だった。そんな彼等に対して人類は抗うことも出来ず追い込まれた。弱肉強食……、大きな土地から島国へと逃げ延びた人類の生き残りはね、ひっそりと暮らして生き延びたんだ。獣人は自然から生まれ、寿命を終えれば土へと還る。人類が静かに繁栄していく間に獣人たちの数はどんどん減少していった。神に作られた彼らは寿命を全うした後は滅びゆくだけだったんだ」
「むぅ……」
ヴェートは噛みつくようにディーンの話に耳を傾けるが、理解出来ずに頬を膨らませた。
「兵長のお話、難しいよ」
「ふふっ、簡単に言えばおとぎ話に出てくるミノタウロスかな」
「あ! そのお話なら知ってる!」
目を輝かせながらヴェートが言うと、アレフは眉間に皺を寄せた。
「それがおとぎ話止まりなら良かったんだがな……」
「え、おとぎ話じゃないの?」
ヴェートの質問にディーンが答える。
「空想上の生き物は実在するんだよ。ほとんどが太古の昔に滅んでしまったけどね」
「え、じゃあ妖精さんとかも居るってこと?」
ヴェートの目が嬉々としながらディーンを見つめた。
「そんな可愛い物ばかりじゃないけど、まだどこかに居るかもしれないね」
「えー! 会いたいな!」
「ふふっ……、友達になれたら私にも紹介してくれるかな?」
「もちろん!」
「ふふっ、ありがとう」
「……ごほん」
アレフが話にケリをつける為に咳払いをしてディーンの注意を引いた。
「ディーン様、どうしますか?」
アレフの問いかけに対し、ディーンは顎に手を添えながら真剣な面持ちで考え始めた。
滅びたと思っていた種族がまだ生きている。かつて人類を滅ぼしかけた獣人。襲われればトバシラのメンバーと自分自身は生き残れるかもしれないが、作り上げた国は一瞬で崩れ去るだろう……。
相手が獣人の中でも最強を誇る竜ならばなおさら……。
「アレフ」
「はい」
ディーンが少し声音を下げて名前を呼びアレフはしっかり目を見て返事をした。
「山への調査をお願いしたい。もし、本物の獣人……しかも、竜だったらトバシラであっても危険かもしれない。トバシラの中でも腕利きを数名選出した方がいいかもしれないね」
アレフは腕を組み暫く考えた。ヴェートがアレフの周囲をくるくると回りながら気を散らそうとするが、アレフは一点を見つめたまま動かない。
「調査に向かわせるならヴァーヴにザイン、ヘイの三名を行かせましょう。剣豪、凍灰の使い手、重力操者、この三名なら大丈夫でしょう」
アレフの提案にディーンは少し考えた後、頷いて了承した。
「そうだね、あの子達なら大丈夫かな」
「私はお留守番?」
「そうだね、ヴェートは兵士の見守りを頼んだからゆっくりするといい。ギメルとチェスでもどうかな、頭を使う遊びは楽しいよ?」
微笑みながらディーンがヴェートの顔を見つめるが、ギメルの名前が出た瞬間、ヴェートは嫌そうな顔をした。
「ギメルとチェスしてもつまんないもん。アレフは知ってるでしょ?」
「ま、まあそうだな……」
目を逸らしながら答えるアレフ。ヴェートは頬を膨らませながらアレフの顔をじっと見つめる。
「あはは……」
「むぅ……」
「……」
何とも言えない空気の中、ディーンの部屋の扉を誰かが叩いた。
「ディーン様、失礼致します」
「ああ、入っていいよ」
「はい」
中へと入って来たのはディーン国王の補佐フヴェズルングであった。貴族らしい金銀の装飾が付いた衣服に身を包み、いかにも成金のような姿。首からは黒紫色の宝玉がぶら下がっていた。表情は優しげで仏のような笑みを浮かべる。小太りの体型はその場に居た三人に比べるとかなりだらしない。
「ディーン様、忘れ物です」
彼の手には金色に輝く槍。それは、ディーンが城壁の外に置き忘れていたものだった。
「あ……」
「大切な槍、忘れないでくださいね」
扉から歩いてきたフヴェズルングがディーンへと槍を手渡す。
「フヴェルすまない、ありがとう」
ディーンはフヴェズルングを愛称であるフヴェルと呼び礼を述べた。
「いえいえ、これくらい構いませんとも」
にこやかに挨拶を交わす二人をアレフとヴェートはじっと見つめていた。何か、挨拶以外のものを交わしているようなディーンとフヴェルの雰囲気に、二人は目を合わせて首を傾げた。
「それにしてもアレフ殿にヴェートお嬢様までいらっしゃるとは、どうかなされたのですか?」
「フヴェル、お嬢様はやめてって何回も言ってるよね」
ムスッとした表情でフヴェルを睨みつけるヴェート。
「これは失礼を致しました」
ゆったりとした動きで謝罪するフヴェルに対してヴェートはご機嫌斜めだった。
お嬢様と付けるフヴェルの癖は昔から全然直らず、もう何十回も注意するヴェートも呆れていた。
「ああ、そうです。ディーン様、お話しが……」
「ん、どうしたんだい?」
「ドラゴンバックの山間に巨大な竜をお見受けしました。よもや信じがたいとは思いますが――」
「ああ、その話ならもう聞いているよ」
「ほう?」
ディーンの返しにフヴェルは驚きの声を漏らした。
「私が見つけたの!」
「左様でございましたか。さすがヴェートお嬢様」
「なぁあああ! お嬢様付けないでって言ってるでしょ!」
「申し訳ありません、ヴェートお嬢――」
「ごほん……」
ヴェートとフヴェルの会話を制止するアレフ。ディーンは頬をかきながら、ぎこちなく笑っていた。
「あはは……、ということでフヴェルの報告は大丈夫だよ。引き続き国内の見回りをしてくれ」
「分かりました。では、ディーン様、アレフ殿、ヴェートお嬢――」
「むぅうう!」
「し、失礼致します……」
「あはは……」
フヴェルがそそくさとディーンの部屋から出て行った。
「ねえ、兵長」
「なんだい?」
「フヴェルって絶対わざとお嬢様って言ってるよね」
頬を膨らませてムッとするヴェートに睨まれるディーン。
「あ、あはは……どうだろうね……」
「ふんっ……」
ヴェートがそっぽを向き、困り果てているディーンにアレフは本題に戻る為に話しかける。
「ディーン様、フヴェルも見たと言うのなら……」
「……そうだね、竜で間違いないと思う」
「では、早速伝えて参ります」
「ああ、お願い」
ディーンへと一礼するアレフ。
その隣では、アレフの顔を見つめて服を掴むヴェートが居た。
「なんだ、ヴェート」
「ねえねえアレフ、私も行っていい――」
「ダメだ」
アレフの即答に残念そうに落ち込んだヴェートだが、すぐに切り替えてアレフの腕をぐっと掴んだ。
「んじゃアレフとお留守番っ!」
満面の笑みのヴェートにアレフは頭を抱える。
その二人の姿を見守るディーンは優しく微笑んでいた。
――――――――――――――――――――
[人物等の紹介]
ヴェート
肩にかからない程の茶髪の少女
トバシラのメンバーNo2、【雷撃のヴェート】
能力の代償
アレフが差し出した心は〈遊び心〉
ギメルが差し出した心は〈競争心〉
ヴェートが差し出した心は〈虚の心〉
【生物の本:人外】
多種多様な生き物が書かれている分厚い本。著者は不明。
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