第34話

 階段を下りた先、木製の古びた扉を開け小さな部屋へと入った。


 大人が三人寝転べるかどうかの狭い空間。

 足元の燃え尽きた火の跡に薪をくべて、火打石と木のくずを用意する。


 カツカツと、石のぶつかり合う音が狭い部屋に響く。


「……な、なに、してるの?」

「火だ」

「火って暖かいやつ?」

「まぁ、そうだな…………」


 小さな火種が少しずつ薪の表面を焦がしていく。煙がほんのり舞い上がり、徐々に薪が燃え始めた。


「わぁ…………!」

「…………」


 扉の正面の壁に腰を下ろして目を瞑る。

 片目だけで少女を確認すると、火をじっと見つめたまま立ち尽くしていた。


「外はもう暗い。今夜だけ泊めてやる。明日、明るくなったら好きに出ていけ」


 今日は疲れた。

 子どもたちの相手をするよりも、適当に放置して出ていかせた方が、無駄な体力を使わなくていいだろう。


「……あ、あのっ」

「……」

「あの……」

「なんだ……」

「その……これ使ってもいい……?」

「…………私は使わない。好きにしろ」

「あ、ありがとう……!」


 少女がシーツを手に握る。

 私は目を閉じて眠る態勢に入る。

 近くでガサガサと音がするが、気にしなくても大丈夫だろう。


「メル……メル、大丈夫?」

「……」


 少年を呼ぶ声が聞こえるが、それに対しての返事は聞こえてこない。


「メル、起きて……起きて……」


 ……。


「メル……メル……ってばぁ……」


 くそ……これでは眠りたくても眠れない……。

 見てられん……。


「……おい」

「は、はいっ……」

「そこをどけ」

「え……でも……」

「いいから、どきなさい」

「う、うん……」


 別に二人のためにではない……。

 これは私が眠れないから仕方なく面倒をみるだけ。ただそれだけのことだ……。


 自分の行動に対して、なにを言い訳しているんだ……。

 これではまるで、私が自分から率先しているみたいじゃないか……。

 あぁ、無駄な考えは捨てよう。


「…………」


 シーツを被っている少年の様子を確認する。

 死んではいないようだが、呼吸が浅い。


「お前たち、いつから食べていないんだ?」


 横で少年を見つめる少女に問いかける。


「わ、わかんない……」


 少女は力のない言葉で言った。


「そうか……」


 飲み物と……食事か……。


「おい、そこの隅に水と少しだけだがパンと干し肉がある、食べろ」

「え……?」

「腹が減っているんだろう」

「……でも」

「私の気が変わらないうちに早くしろ」

「う、うんっ……!」


 少女が立ち上がり、私が指さした方向へ。


「そこにある分を全部持ってきてくれ。こいつにも食べさせてやらねばならん」

「わ、わかった……!」


 バタバタ、パタパタと、か細い手足で一生懸命に動く少女。


「慌てるな、ゆっくりで構わない」

「う、うん……!」


 とにかく、少年に食べ物をやらねばな……。

 このままでは本当に死んでしまう。


「持ってきたよっ……あ、きました……」


 少女が水筒と食料の入った袋を腕に抱えて隣に立つ。


「別にかしこまらなくていい。気を遣う必要もない」

「う、うんっ……!」


 少女から水筒を受け取り、少年の頭を持ち上げる。


「ほら、飲め」


 少しずつ、ゆっくりと少年の口の中へ水を流し込む。


「…………」


 その様子を隣でじっと見つめる少女。


「……メル……飲んでるの?」

「喉が動いている。少しずつだが飲んでいるぞ」

「そっか……よかった……」


 ほっと胸を撫でおろす少女だが、人のことを気にしている場合ではない。


「お前も早く食事をとれ」

「でも、メルが……」

「お前までこうなったらどうするんだ。こいつが起きた時、お前が倒れていたら元も子もないだろう」

「……はぅ」


 隣で少女が小動物のようにちょこちょことパンをかじる。

 私はパンを少しずつ、子どもの口へと入れていった。


「…………。さて、もう十分だろう」


 少年にある程度水を飲ませたあと、私は少女に少年の分の食糧を渡した。


「こいつが起きたら渡してやれ」

「でも……メルぜんぜん起きないの……」

「飲まず食わずで過ごせば誰でもそうなる。水は飲んだ、パンも少しだが食べていたから大丈夫だろう。そのうち起きて腹が空くだろうから食べさせてやれ」

「わ、わかった……!」


 私はそのまま、さっきまで居た場所へと腰を下ろして目を瞑った。


「………………」


 はぁ……、今日の私はどうかしている……。

 疲れているのかもしれないな――――――――――




「――――――――ん……」


 知らないうちに眠りに落ちていたようだ。


「……っ!」


 両隣には、私を挟むようにして子どもが二人、私を枕代わりに眠っていた。

 少年は自分で動いたのか、少女に運ばれてこちらまで来たのかは分からない。だが、どいてもらわねば――――


「お父さん……お母さん……」


 それはズボンにしがみつく少女の寝言。少女の目元には涙がこぼれ落ちていた。


「……」


 正面の扉の隙間からはひんやりと冷たい空気が這い寄ってくる。


「…………」


 まぁ……、暖をとるには丁度いい、か。

 人は……暖かいな……。


 私も、このまま、もう少しだけ眠らせてもらおう……。

 今夜限りの出会いだ――――――






 それから、二人は勝手に住み着いてしまった。

 住む場所も金も、身内も居ない孤児との三人暮らし。

 あれだけ面倒だと思っていたのに、不思議と嫌だとは思わなくなっていた――――――――





「――――おっさんよぉ、起きろって」

「ぐっ……」


 私は気を失っていたのか……。


 私の顔を踏みつけながら、男は二人の方へと刃物を向けていた。


「お前が守ろうとしたこの二人さぁ、お前の目の前で殺してから、お前もあの世に送ってやるよ、ぐへへへ、ぐはっはっは!」

「……クズがっ……」

「あぁ? なんだと? もう一回、言ってみろよっ!」

「ぐぉぁぁっ……!」


 太ももに突き刺さる刃物が肉を裂いて身体の中に入り込む。

 歯を食いしばっても、痛みのせいで声が漏れてしまう。


「あのよぉ、自分の立場ってものをわきまえろよ? お前は今、腕のないただの老いぼれ。あの二人も守れない弱っちい虫けらなんだよ、分かるか?」

「ふっ……後ろから、襲うような……卑怯者に……言われる筋合いなど、ない……」

「おっさん、相当死に急ぎてぇみてぇだなぁ」


 はぁ……はぁ……。

 血が出過ぎたか……意識がもう……。


「――――そこの君、いい大人が老人と子どもを虐めるのは感心しないね」


 若い男の……声?


「なんだてめぇは!」

「ただの通りすがりさ。気まぐれに世界をぶらぶら散歩中……なんてね」

「ならよぉ、ここは今取り込み中だ。あっち行ってろ」

「そう言われても見過ごせない性格でね」

「あぁ?」


 なんだ……。何を言って……。


「武器もねぇ奴が、調子に乗ってんじゃねぇぞ!」

「調子に乗ってる? それは君の方じゃないか?」

「はぁ⁉ てめぇもこいつと同じ目に遭わせてやるよ!――――――」


 そこから先は、私の意識がふっと暗転したせいで分からない。


 ただ一つ分かったのは、私も子どもたちも、一人の男に救われたということだった。




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三界大戦 忍原富臣 @bardain

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