第33話

 痛みに苦しみながら、力なく横たわる少女の目が私を見つめ、

「……おじ、ちゃん……?」

 と少女は涙をこぼす。 


 ………………。


 子どもは弱く脆い。

 姉弟かなにかは知らんが、自分の身も守れない者が、他の者を、弟を助けるなど笑わせてくれる。


 だがまぁ…………その心意気は嫌いではない。


「あんたの連れだぁ? それにしてはあんただけ随分と良い恰好してるじゃないか、あぁ? 自分の子どもにはボロボロの服しか着せないのかい?」

「他人にとやかく言われる筋合いはないな」


 一歩ずつ男の方へと近付き、少女と少年の確保に向かう。


「おいおい、待てって」


 男は私の前に立ちふさがり、汚い笑みでこちらを見上げる。

「あんたの連れだって言うなら、誰かに攫われないように見といてやったんだからよぉ、分かるよなぁ?」

「ああ、そうだな」

「へへっ、話が早くて助か――――――なっ!」


 男の肘を片手で押さえ込み、固めた肘に横から拳を叩きつける。

 ゴキリと、骨が勢いよくズレる感触が手に伝わる。


「うぎゃっ……!!」


 男をそのまま横の方へと押し飛ばす。


「う、腕がぁ……腕がぁ……てめぇ……何しやがんだ……!!」

「私の連れが世話になったからな、同じことをしたまでだが?」

「くそがぁ……くそがぁっ!」


 痛みに悶える男を無視して、少女の腕の様子を調べる。

 骨が折れているわけではなさそうだ。だが、肩が外れているらしい。


「てめぇ……ただじゃすまさねぇぞ……!」


 横目に男を睨みつける。


「それ以上、近付くというのなら、反対の腕も同じようにしてやろう」

「ひっ……! お、覚えてろよ……絶対に許さねぇからな……!」


 怯える男が悲痛な声を漏らしながら、離れていく。

 完全に視界から消えるのを見届け、痛みに泣く少女の方を見た。


「すまな……ごほん、大丈夫か?」


 自然と口から謝罪の言葉が出ようとしていた。

 最初の時に助けていればよかったという自責の念か。


「うぐっ……」


 片目を開けて涙をこぼす少女が震える唇を動かす。


「おじ、ちゃん……なんで……?」

「ただの気まぐれだ、気にするな」

「う、うぅ……うぐっ……うぁあああ……!」


 安心したのか、少女が押し殺していた泣き声を大きくする。


「よく……」


 頑張ったな……。

 

「うぐっ……んっ……?」

「いや、なにもない。それよりもじっとしていろ」

「うん……」


 肩が外れているだけならば、簡易的ではあるが……。


「歯を食いしばれ。我慢しろ」

「う、うん…………うっ……あぁあああ!」


 少女を立たせて上半身を前に倒させる。


「うぅっ……んんっ…………‼」

「腕に力を入れるな。そのまま力を抜け」

「うぅ……んんぅ!」


 少女は素直に私の言うことを聞き入れ、前屈の姿勢で腕を垂らす。


「うぅ……うぐっ…………あ、あれ?」

「どうだ?」


 少女はまっすぐ立ち上がり痛めていた肩に手で触れた。


「い、痛いの消えたよ……?」

「そうか。それならいい」


 さてと……これで役目は果たしただろう。


「おじちゃん……待って!」

「これ以上、お前たちの面倒は見ない。もう一人の少年を助けたいならお前が強くなれ」

「…………」

「ではな」


 これで私に悔いはない。

 死にかけの子どもを、襲われている子どもを助けた。十分な成果だろう。

 報酬もなにも無いのに、ここまでしたのだ。褒美のひとつくらいは貰いたいものだ。


「…………」


 さてと、ようやく帰れる。


「よ、よいしょっ……」

「…………」


 ぺた、ぺた、ぺた、ぺた…………。

 …………。

 ぺたぺたぺた…………。

 ……。

 ぺたぺた、ぺた。

 …………。


「…………」


 ………………。


「……おい、どこまでついてくるつもりだ」 

「うっ……」


 振り返りながら威圧すると、少女は少年を背負ったまま俯いていた。

 ボロボロの手足で、震えながらに少年を背負う少女。


「私はお前たちを助けるつもりなどない。好きに生きろ」

「……」

「ついて来ても何もない。意味のない行動をするな」


 町から離れ、近くの茂みの中へと入る。

 背後からはまだ少女が追って来ていることが伝わってくる。


 私は独り者だ。子どもを住まわせる家も金もありはしない。必要最低限の食事に、時折り舞い込む依頼を片付けるだけの毎日だ――――――


「…………」


 目印の大木を見つけ、地下のシェルターへと向かう。

 辺りは既に暗い。地下に下りる階段を灯す火は無い。

 十段ほどある段差に気をつけながら、ゆっくりと――――


「あわわっ……!」

「……っ」


 どさりと、背中に当たってきた二人分の重みに耐えようと足に力を込める。

 しかし、思ったよりも、その負荷は軽かった。


「おい、何をしている……」

「ご、ごめんなさい……」

「…………はぁ、段差があるから気を付けろ」

「えっ……う、うん……!」

「……」


 今日の私はどうにもおかしい……。

 こんな少女に同情してしまうとは……私も焼きが回ったようだ……。





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