07.滑稽

 翌日も、普段なら茜亭に立ち寄らない日だったが、どうしても史郎に会いたくて紗良は店へ向かった。


(昨日のSNSの話も聞きたいし……、不自然じゃないよね)


 意識しなければ出来たことも、一度が出来てしまうと何もかもが不自然に感じ、下心を見透かされやしないかとびくびくしてしまうが、会いたい気持ちには勝てない。

 気が付けば昨晩から、史郎の目に入ることを意識して身支度を整えている。

 ネイルの色も、シャンプーの香りも、服の色合いも、香水も。

 全てが茜亭に、史郎に合うように。史郎が愛する彼の店にマッチするように。


(まずは仕事なのに、私ってば何を考えているのだろう)


 あれこれ工夫を凝らす自分が滑稽で笑ってしまう。他人から見たら愚かそのものだろう。しかし紗良はそんな愚かな行いすら楽しくて仕方がなかった。

 仕事が終わり、まだ明るい外へ出る。茜亭までは歩いて10分だ。もうすぐ史郎に会えると考えるだけで、身も心も軽くなるようだった。


◇◆◇


 普段は来ない曜日の茜亭は、遠くから見ても分かるほど客が少なかった。

 金曜の夕方は、皆お酒の出る店に足が向かうのかもしれない。

 他の客が少ないほうが紗良には都合がいい。

 幸せな気分を膨らませたまま、いつものように店の扉を開けた。


 コロン、コロン。


 馴染みのカウベルを鳴らしながら紗良が店内へ入ると、カウンター内に史郎の姿があった。


 が、それだけではなかった。


 史郎の立っている場所の向かい側の席に、女性が座っていた。

 紗良より若く、カジュアルな服装が板について、史郎と談笑する姿も良く似合っていた。

 あまりによく似合っているので、史郎の『いらっしゃいませ』という声も聞こえず、入り口でしばらく固まったまま動けなかった。


 いつもと違う様子の紗良に、史郎は戸惑いながらもう一度声を掛けた。

「いらっしゃいませ、紗良さん」

 ハッとしたように目の焦点を合わせた紗良は、すぐ近くに史郎が来ていたこと、その彼が少し心配そうな表情になっていることに気づき、慌てて笑顔を作った。

「ごめんなさい、お邪魔しちゃったかな……」

「まさかそんな」

「お客様ですよね?すみません、私こそ」

 件の女性が二人の会話に割って入った。

「どうぞ?」

 自分が座っていたカウンター席から滑り降り、紗良に譲った。そして自分はカウンターの中へ入る。内側の棚をガサゴソし始め、

「あら?史郎さん、さっきの豆どこやったのー?」

 と、しゃがみ込みながら声を上げた。

「え?いつもの場所に仕舞ったよ?」

 史郎は紗良の前から動かず、顔だけ向けて返答した。そしてもう一度紗良に向き直り、

「騒々しくてすみません。どうぞ。いつもの淹れますので」

 と、にこやかに着席を促した。


 しかし、紗良は動けなかった。


「今日は、ごめんなさい……」

 中途半端な入店を詫びると、逃げるように店を出て、家路を急いだ。

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