27.狼狽

『大丈夫です。ちゃんとしたホテルです。明日からまた仕事なのでしばらくはここへ泊る予定です』


 信用してもらうためにはホテル名も伝えたほうがいいかとも思ったが、それも気が引けたのでやめておいた。

 またすぐに史郎から返信が来た。


『しばらくって、もうご自宅には帰らないんですか?』

『はい。離婚すると夫に伝えました。あちらからも今後のことは追って連絡すると言われてますので』

『どちらのホテルですか?』

 史郎からの返信内容にドキッとする。何故ホテル名を聞いてきたのか分からないが、しかしここで誤魔化すとやはりネットカフェにいるのではと勘繰られそうだ。正直に伝える。

『セントラルシティホテルです』

『わかりました。迎えに行きます』


(……は?)

 史郎からの返信を、紗良は何度も読み返した。しかし何度目を通しても『迎えに行く』と書かれていることに変化はない。

(な、なんで??)

 紗良は狼狽えた。意味が分からない。しばらくは投宿すると伝えたところなのに。

(やっぱり信用されてないのかな……)

 そんなに自分は危なっかしく頼りない人間に見えるのだろうか。たとえ家を出たとはいえ、子供ではないのだから路頭に迷うようなことはないのに、と、紗良は少々落ち込んだ。

(昨日、そんなに心配させちゃったんだな……)

 改めて自分の不用意な行動が悔やまれる。あの時だってフラフラ歩き回ったりしないで、どこかのホテルか、近場のファミレスにでも腰を落ち着かせていればよかったのに……。


◇◆◇


 部屋の備品のインスタントコーヒーを飲みながら夕方のニュースをテレビで見ていると、スマートフォンが鳴った。

(……誰?)

 手に取ると、メッセージアプリを経由した史郎からの着信だった。紗良は慌てて受ける。

「は、はい。紗良です」

『史郎です。ホテルに着きました。今お部屋ですか?』

「はい、そうですけど……。本当に?」

『え?』

「いえ、メッセージに迎えに行くって書いてあったから……」

『はい。だから来ました。何号室ですか?』

「1021号室です」

『わかりました』

 戸惑っているうちに電話は切れた。時計を見たらまだ18時にもなっていない。

(ど、どうして……、お店は?)

 紗良が一人心中で落ち着かないまま焦っているうちに、部屋の呼び鈴が鳴らされた。

「は、はーい」


 勢いでドアを開くと、果たして史郎が立っていた。

「史郎さん……」

 驚きでドアを開けたまま固まっている紗良に、史郎は深いため息をついた。

「紗良さん……、誰だか確認しないでドア開けちゃダメですよ」

「え?……あ!ごめんなさい、つい……。史郎さんだと思い込んでて」

「本当に危なっかしい人だ。とても一人に出来ない」

 困りきったような史郎の表情と言葉に紗良はダメ出しをされたように落ち込んだが、ポン、と頭に大きな手が乗せられた。

「だから迎えに来ました。狭苦しくて申し訳ないけど、僕の家に行きましょう」

「え、えっと、それは……」

 戸惑う紗良の横をすり抜け、部屋に入ると奥から史郎が声を掛けてくる。

「あ、まだ荷物開けてなかったんですね。丁度いいや、これ俺持ちますんで。紗良さんはバッグを」

「あの、史郎さん、私……」

「全額はまだ支払ってないですよね?」

「ちょ、ちょっと待ってもらっていいですか?!」


 事態についていけない紗良は、とうとう悲鳴を上げて降参の合図を出した。

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