43.再会
「これで全部でいいですかー?」
「はい、大丈夫です」
「じゃ、先にご自宅向かってますので。何かあったらご連絡ください」
「よろしくお願いします」
引越センターの作業員が小さなトラックに乗り込み、出発した。
「……あの程度の荷物、俺が運んだのに」
「私のせいで何度もお店閉めてるじゃない。茜亭つぶれたって噂立ってもしらないよ?」
紗良が史郎の知らぬ間に引っ越し業者を手配していたことが面白くない史郎は、まだ不貞腐れているようだった。
紗良は手荷物を持つと、じゃあ、と史郎に声を掛けた。
「短い間でしたが、お世話になりました」
お礼と一緒に、深々と頭を下げる。
「やめてくれよ、娘が嫁に行くときの挨拶みたいじゃん」
「あはは、史郎パパだ」
「違うって!」
紗良はもう一度戻って、背伸びをして史郎にキスをした。
「ちゃんと成長して、またこの部屋に戻ってきます。もしかしたら今の私とは全然違ってるかもしれないけど、そんな私なら要らない、って言われたらそれは仕方ないけど……」
堪らず、史郎は紗良を抱きしめた。
「要らないわけないじゃん」
紗良の髪に顔を埋めているので、声がくぐもって聞こえ、まるで泣いているようだった。
「成長してもしなくても、変わっても変わらなくても紗良は紗良だ。ずっと待ってる。ここで」
そういうと、紗良をそっと離し、先ほどの紗良からのキスよりももっと力強く深く長いキスをした。
◇◆◇
(来ないなぁ……)
今日は木曜日、つまりこうなる前の紗良が茜亭に来ていた日だが、史郎の家から引っ越して以降、紗良は一度も来店していない。
以前とは違い、お互い連絡先を知っているし、史郎も紗良の転居先も知っている。しかし店にも来ないのに自宅まで押し掛けるのは憚られた。
そうこうしつつ、既に三カ月が経っていた。
(メールの返事も遅いし。忙しいのかな。……ていうか、何で忙しいんだ?)
余計な想像はしたくないが、客もおらず、やることが無いとつい史郎は紗良のことを考えてしまう。そして携帯に手が伸びるが、寸でのところで踏みとどまる。を、ずっと繰り返していた。
(自然消滅とか考えたくないんだけどな)
思わず大きなため息を吐いたと同時に、店のカウベルが鳴る。紗良か、と期待したが別の客だった。史郎は気持ちを切り替え、客を出迎えた。
◇◆◇
「マスターこんにちはー。ねぇねぇ、雪降ってきたよ」
最近よく来る客が、扉をくぐりながら初雪を告げた。
「いらっしゃいませ。ああ、本当だ。冷えると思ったら……」
小さな白い粒がちらほらと舞っていた。
(最近はメールの返事もない……。元気だろうか)
「マスター元気ないね。寒いの苦手?」
「え?、いえいえ、そんなことないですよ」
いけない、接客中に顔に出てしまったようだ。史郎は気持ちを切り替えて、メニューをもって注文を取りに行った。
そこへ、再びカウベルが鳴る。
「いらっしゃいま……」
「こんにちは」
入口で雪を払いながら、紗良が入ってきた。
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