18.本音
「お待たせしまし……、あれっ?」
二人分のコーヒーをカップに注いで振り返ったところで、紗良がスマートフォンを構えていることに気づき、驚いて少し飛びのいた。
「うわー、何やってたんですか」
「ごめんなさい。後で許可取ろうと思って。いやならすぐ削除しますから」
「いや、嫌だっていうか……、恥ずかしいっすよ」
本当に照れているらしい。微かに耳が赤くなっているのが可愛くて、紗良はつい声を上げて笑ってしまった。
「もう止めました。……前にお店でお仕事風景見ていた時に、史郎さんの写真をアップしたらもっとお客さん増えるかな、って思ったことを思い出したんです。それで……」
「ええ?!俺の写真なんか出したら売上落ちますよー」
本気でそう思っているらしい否定の仕方に、紗良はまた笑う。
「まさかそんな。お店の雰囲気と史郎さんの雰囲気、ぴったりですもん。ダメですか?動画じゃなくて、ワンショットだけ選んで……」
「うーん……。いやほんと、恥ずかしいんで」
どうやら恥ずかしいというのは本当らしい。紗良の手前強く言えずに困っていることが伺えたので、紗良は了承した。
「分かりました。ごめんなさい、勝手な真似して」
「いえいえ。散髪して少しでもまともになったときにお願いします」
気を使ってくれていることが伝わってまた嬉しくなる。調子に乗って、思わず本音が漏れた。
「そのままでも十分素敵ですよ」
えっ、という顔で史郎が紗良を見る。見られて初めて、紗良は自分が何を言ったのかを理解して、固まった。
「あ、あの……、本当に。すごく真剣に豆を挽いていて、すごいな、って……」
半分本当、半分誤魔化しのような中途半端な褒め言葉を口にして、自分のわざとらしさに恥ずかしくなったが、史郎はリラックスしたような表情に戻ってくれたようで、ホッとした。
「力を入れすぎてもダメだし、中々難しいんです。じゃ、俺の真剣さの成果を、どうぞ」
言って、コーヒーを差し出してくれた。もちろん二人ともブラックだ。
「いただきます」
ふんわり漂う香りにうっとりする。ゆっくり口に含むと、すっきりした味わいが広がった。
「ああ、確かに爽やかですね」
「でしょう。アフリカ産は酸味が特徴なんです。好みが分かれる味ですけどね」
「私はこれも好きかな」
目を閉じて後味を追いかけるように微笑む紗良を、史郎は温かい目で見つめていた。
「紗良さん、本当にコーヒーが好きなんですね」
感に堪えぬような史郎の声に、目を開けて相手を見つめる。
「俺よりむしろ、今の紗良さんの顔をSNSにアップしたほうがお客さん増えそうですね」
「ええ?!ダメダメ!絶対ダメです!営業妨害です!」
さっきまでの穏やかさとは打って変わって全身で拒否する紗良が可笑しくて史郎は大笑いした。
「あっはっは!ほら、紗良さんだって嫌がるじゃないですかー」
「う……、ごめんなさい、そうですね」
「いいえ。でもさっき、とてもいい顔してましたよ。嬉しいな、俺のコーヒー飲んであんな顔してくれるなんて」
「だって本当に美味しかったから」
「よかった、笑ってくれて……」
「……え?」
自分もコーヒーを一口含んでから、史郎は改まったように切り出した。
「さっき店の前を通り過ぎようとしていた時の紗良さん、幽霊みたいだったから」
幽霊、という史郎の言葉に、紗良は頭を殴りつけられたようなショックを受けた。
(幽霊……)
いても普通の人には見えない。幽霊が訴えようとしても誰も気づかない。幽霊。
(私のことだ……)
その言葉に、ストン、と何かが落ちた気がした。そして気が付いたら、紗良の頬には涙が流れていた。
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