25.拒絶
突然の事態に、紗良は対応出来ず、数秒されるがままになってしまった。その間に、夫は紗良を押さえつけ、着替えたばかりの服を脱がし始める。
「ちょっ……、止めて!嫌!!」
夢中で抵抗するが、全く効果がない。力いっぱい夫を押し返そうとするが、過去にないほど力づくで押さえつけられる。
「あなた!!やめて!お願いっ……!」
あらん限りの大声と全力で抵抗したが、意味はなかった。
気が付けば、紗良は夫に蹂躙されていた。
◇◆◇
なし終えた夫は、自分の下で動かない紗良を見遣る。
「……紗良?」
声を掛けるが返事がない。不安になって覗き込むと、全くの無表情で放心している妻の顔があった。
「紗良」
今一度呼びかけ、そっと抱きしめようと紗良の背に腕を回そうとした途端、全力で押し返された。
「っ、紗良?!」
「触らないで」
聞いたことも無いほど低く感情の無い妻の声に、現実感が無くなった。聞き間違いかとも思ったが、体を隠しながら震えている紗良を見ると、そうではないと分かる。
「紗良、俺……」
やっと自分の行動が間違っていたことに気づき、しかし気持ちを分かって欲しくて言葉を紡ごうとしたが、紗良は受け入れなかった。何も言わず服を拾って浴室へ向かう。
真横を通り過ぎる時に目線を遣れば、紗良の体のあちこちに小さな傷や痣が出来ていた。自分がつけたのだ。荒れる感情を鎮めたくて紗良を押しつぶした結果だ。分かっていても、自分がしたことの本当の意味が、夫の脳裏にじんわりと染み出してきた。
(紗良、俺は……)
妻に何を言おうとしていたのか、分からなくなってしまい、夫はその場から動けなくなった。
◇◆◇
水温が上がるのすら待つことが出来ず、冷たい水のままのシャワーを最大水量で体に叩きつける。何もかも流し落としたい。いっそ自分自身も消えてしまえばいい。夫そのものだけでなく、触れるもの全てが汚らわしい。自分はその最たるものだ。どうして夫を殺してでも拒否出来なかったのか……。
そんなこと出来るわけがないと分かっているが、紗良は自分が許せなかった。
(どうして……)
考え続けていたら一部始終がフラッシュバックした。反射で吐き気が込み上げ、胃の中のものを全部吐き出してしまった。
「うっ、ごほっ、ぐっ……」
そのまま全て排水溝に流す。しゃがみ込むと、夫が自分の中に吐き出したものも流れ出した。腿に感触が伝わり、もう一度嘔吐を催す。
体を洗う力も出ず、いつの間にか温かくなっていたシャワーを浴び続けながら、紗良は動くことが出来なかった。
風呂場から聞こえる紗良の嗚咽に、夫は不安になり、声を掛けに行こうとした。しかし。
(俺が近づくのは逆効果かもしれない)
まさかあれほど拒絶されるとは思わなかった。しばらく時間を置けばもとに戻れるのでは、暫くの間別居して冷却期間をおけばいい、などと軽く考えていた少し前の自分の甘さに眩暈がする。
いや、これまでの振る舞いやすれ違いより、今さっき自分がしたことのほうが、何倍も妻を傷つけたのだろう。それを今頃気づく時点で、もう手遅れだったということか。
紗良が途中までしていた荷造りを見遣る。服も、小物も、初めて目にするものばかりに見える。しかし紗良は浪費家ではない。きっと前から持っていたのに、自分が記憶していないだけだろう。
夫はゆっくりと立ち上がり、服を着て自室へ行く。しばらくして家を出ていった。
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