38.施錠
翌日。
紗良は会社を、史郎は店を休んで紗良の荷物の引き取りに行った。
万が一夫がいたら、と考えた紗良だが、さすがに今日は仕事へ行っているらしい。鍵を開けて、中へ入る。
「じゃ、持ち出す物指定してもらっていいですか?俺どんどん荷詰めするんで」
「はい。じゃあこちらの本棚の……」
紗良が指し示すものを史郎は手早く段ボールに詰める。紗良は自分の服や下着、化粧品などをスーツケースへ詰めていった。
「紗良さんの部屋、って感じがしますね」
片づけを進めながら、史郎がぽつりとつぶやいた。
「そうですか?」
「うん、余計なものはないけど、淋しくもない。ずっと居ても疲れない部屋」
改めて自室を見渡し、そういえば夫と寝室を分けてからはこの部屋が唯一の紗良の逃げ場だったと思い出す。―茜亭を見つけるまでは―。
「写真だけじゃなくてインテリアのセンスもありますね。店の内装も変えてもらおうかな」
「えー?茜亭の?今のままが素敵だから変えなくていいですよ」
「いや、そろそろ気分転換したいなとは思ってたんですが、考える暇がなくて……。紗良さんが一緒に考えてくれるなら出来るかな、って」
鼻の頭を掻きながら恥ずかしそうに話す史郎を、紗良は嬉しいような、少し複雑な思いで見つめた。
(ちゃんと話さなきゃ。ちゃんと……)
「これで全部ですか?あとは?」
「はい。食器周りは夫が判断して処分してくれるでしょう。私の部屋の不要物はまとめたので、次の回収日に出してくれるようメールします」
「そうですか。……あっという間でしたね」
「史郎さん、手際いいから。助かりました」
「いえ。じゃあ車に運びましょう。台車に段ボール乗せちゃいますから、紗良さんはスーツケースだけ持ってきてください」
「ありがとうございます」
史郎が玄関から段ボールを持ち出す間、もう一度振り返って家の中を見回した。
結婚して十年。初めてこの部屋に荷物を運び入れた時は、こんな風に自分が出て行くことになるなんて想像もしていなかった。
二人で選んだカーテン、テーブル、お揃いのカップ。夫が勝手に買ってきた、リビングには不似合いな大きなテレビ。2回ほど買い替えたソファはまだ新しい。結果として子供には恵まれなかったが、それでよかったのだと思える。
「積み終わりました。行きますか?」
史郎の声かけに紗良はハッと我に返る。
「はい。今出ます」
靴に足を入れ、スーツケースを外へ出す。玄関ドアを閉めて、バッグから鍵を取り出して、施錠した。そのまま鍵を玄関ポストへ投入する。カチャン、と、金属が着地した音が聞こえた。
「行きましょう」
吹っ切ったように史郎のほうを振り向くと、黙って優しく微笑んでいた彼が、ゆっくり頷いた。片手で台車を押して、もう片方の手で紗良の手をしっかりと握りしめた。
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