第16話 その男のはらわたに眠る野望1

 テブレヒトについてイーリットから聞き出した翌朝、私はいつも通りエッカットの執務室に来ていた。ドアをノックし、ヨセフを外に待たせ部屋の中に入る。


 私が部屋に入ると、エッカットは青白い肌と骨だけでできた顔をゆっくりと持ち上げた。

 昨日のコルネリアやエロニムスの若々しい姿を見た後だからか、それらの不気味さがより一層酷く感じられる。

 日課である近状報告を終えた私は、彼の色素の薄い唇から退出許可が出るのを待つ。

 しかし、彼の口から出た言葉は全く違うものだった。


「昨日、テブレヒトに会ったようだな」


 エッカットの地を這うような低い声が、その言葉を紡ぎ出す。どうやら、テブレヒトは私と会ったことを話したらしい。私は沈黙を保ったまま、それを肯定する。


「お前から客人扱いされたと聞いたが、あいつの存在を知らなかったのか?」


 どこか呆れた口調でそう言うエッカットを見ていると、片頬が引きつるのがわかる。自分は全く関係ないかのような振る舞いが癪に障る。その顔にはありありと、そんなことすら知らぬのかと言う、見下した本心が現れていた。


「申し訳ございません」


 私の謝罪に対し、エッカットはいやに長いため息をつく。


「まぁ、いい、そろそろお前の来年の仕事について話しておくべき頃合いだ」


 エッカットの言葉に要領を得ない私は首を傾げる。

 なぜ、テブレヒトと私の仕事が関係があるのだろうか。

 そう思い、エッカットに視線をやると、彼は机の上で手を組みこちらをしっかりと見据えた。

 いつになく真剣な態度に、私は姿勢を直す。


「単刀直入に言う。

 お前には来年テブレヒトの代わりに学習塔に入学してもらう。そして第一王子の側近になり、その護衛及び、調査をしてもらう」


 私はエッカットの言葉に一瞬硬直し、それから正にストリと腑に落ちるという感覚を覚えた。

 点と点が線になり、一つの形を成す。


 コルネリアの滑らせた言葉。

 私の魔法。

 第一王子と同い年のテブレヒト。


 なぜ今まで気づかなかったのだ。

 これほどまでにヒントは揃っていたというのに、私は最後の一歩、その結論にまでたどり着くことができていなかった。そしていまようやく得た回答に、なる程と合点してしまっている。


 エッカットは初めから例の閉鎖的な学習塔へ潜入させるつもりで、私を雇ったに違いない。

 森導くもの《ティプナス》の魔人でありその魔法が使えて、傭兵として密偵までこなすことができる私は彼にとって理想的な手駒であったのだろう。


「幸い、奴はデビュタントは以来一度も外に出たことがない。つまり、家族を除けば、今の奴の姿を知っている貴族はいない。これならば完全にやつを再現する必要はないだろう」


 エッカットは人差し指で机の端を叩き、一定のリズムの音を部屋に鳴り響かせた。

 確かにそのとおりである。子供なのだから顔立ちが多少変化することは自然であるし、一度あっただけの人物を正確に覚えていられる人間などいないはずだ。


「よって、お前にはテブレヒトと入れ替われるところまで、魔法を高めてもらう。もちろん期限は学習塔への入学までだ。できるな?」


 それはもはや疑問系ではないだろう。

 私はあきらめを感じながら「わかりました」と、項垂れた。


 王族への身分を偽っての接近。たとえいかなる理由があっても、大罪である。


 覚悟していたこととはいえ、改めてその罪の重さに握りこんだ拳が震えた。じっとりとした汗が背中を伝う。破滅の足音は私の背後へと近づいてきている。


 だがある意味、これからの目処が立ったという意味で良い収穫ではある。

 長年の謎であった、なぜ私を選んだのかという疑問については回答が出た。それは歓迎すべきことだ。





 しかし、しかしだからこそより分からなくなったこともあった。


 なぜ私に呪いをかけたのか、ということだ。


 その対象が第一王子であったならばまだわかる。

 しかし、その対象は第四王子であるクリストハルト・ベネディクトを向けられたものだった。

 一体、エッカットは何からその価値を見出したと言うのか。


 それが分からない。


「一つだけ聞かせてください。貴方はなぜ、あの様な呪いを私にかけたのですか」


 せき止められていたものが耐えきれなくなったかのように、私の口から漏れでた疑問。

 エッカットは机の端を叩くことを止め、「それは」と溢す。

 私は思わず息を止め、次の言葉を待った。


「あの子供が、私の野望に必要だからだ」


 野望。

 この男の望むもの。

 それは一体何だ。


 エッカットの深く伏せられた表情を、こちらから読み取ることはできない。だがその鉛のような沈黙から、これ以上彼が語る気はないということは察することができた。




 その後、私はエッカットからテブレヒトにチェリコットを教わるように命じられ、執務室を出た。

 なんでもテブレヒトはチェリコットの腕がいいらしい。


 だが、それだけが理由でないことは明らかだ。

 恐らくエッカットの真意としては、テブレヒトを観察しろということなのだろう。

 やはり完全再現しないまでも、デビュタントの13歳時からの変化として許容できるな範囲にする為には、それなりの研究が必要なはずだ。


 重い扉が閉められた後、私は小さく嘆声を漏らす。


 これで名実ともに私はエッカットの共犯者という訳だ。

 野望。

 エッカットの言葉が身の内で反芻する。奴の真意は未だ一向に見えてくることはない。


 疑問はとめどなく私の中を巡り続ける。

 その先に何があるのか、まだ見えない。

 だが今、その回答への道標の断片を垣間見たような気がした。



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