第33話 ベンダー公爵家の住民2
宿は出た私たち一行は、それから一泊別の場所で宿をとり、引き続き王都に向かっていった。山岳地帯だった景色はいつしか真っ青な平野になり、草原の向こうにはかすんだ地平線が見える。
私がその景色を眺めながら黄ばんだ布を被った荷馬車の間を通り抜け、馬の動きに合わせて体を揺らした。いつしか私が深くかぶっていた紺のマントもとれ、後ろの結んだ銀の髪が波打つ。向かい側から飛んできた砂粒がこめかみをこするのが不快だ。
「おっと、見えてきたな。あれが王都か」
後方から聞こえてくるクルトの声に、私は草原の見える地平線から目を離し、前方に見える赤の混ざった薄い茶で塗装された街を見つめた。
それこそ王都、イヌブルク。現王のおわす地であり、このロイツ王国のの中心。聖火塔を中心にした人口11万にも及ぶ大都市だ。
そこに近づくにつれて、荷馬車を引いた馬車を込み合ってくる。
活気があり、それでいてどこか柔らかい雰囲気に包まれたオレンジ色の市街地に入ると、子供達の笑い声と、商人の交渉話が合わさり街中を駆け抜けていた。そこにいる人々の服装は十人十色で、商人らしいど派手な服から、貴族のような気取ったマントまで、探せばキリがない。
オレンジ色の屋根に白い外壁で統一された家々は、おもちゃ箱におもちゃが詰まっているかのように、所狭しと並んでいた。窓には小さな窓がいくつも並び、煙突の凹凸がひょこりと屋根の上についている。
王都の町並みは中心部へ向かうほど高くなっているようで、見上げればそこには空に突き刺さったような白の塔と、城らしき建物が佇んでいた。その周りの家々が、高さ違いによって階段のように段々と積みあがっている。その鈴なりに群がった豪華な建築物たちには、まさに圧巻といっても差支えのないほど迫力があった。
石畳を歩きながら私たち一行は馬小屋のある宿を探し、そこで連れてきた馬たちを休ませる。そして愛馬たちに別れを告げると、身軽な格好で馬屋から出てきた。
「ふーん、疲れたなぁ」
クルトが腕を伸ばしながら 大あくびをかく。その後ろに続いたオザックとアリア肩を回したり、首を回したりと忙しそうだ。かくいう私自身も痛くなった腰を伸ばしながら、これからのことを考える。
とりあえず王都についたはいいが、ベンダー家の訪問は明日。胸元から取り出した懐中時計は16時を示していた。部屋にこもるにしては早いし、何かをするにはあまり時間がない。
私はねじ巻き式の懐中時計を懐に戻しながら、「少し早いが飯にしよう」と声をあげる。クルトたちは王都の食事を楽しみにしていたようで、二つ返事で宿の近くの散策し始めた。
立ち並ぶ店は中心部から遠いのが理由なのか、どこか庶民的で私にもなじみのあるものばかり。香ばしいにおいを漂わせる屋台も多く、途中よだれをたらしながらそれを見つめるオザックの背中を押して、大きな酒場らしき店に入る。
甲高い音を出しながら開く扉の先には、肉と油と酒の匂いがむわりと漂っている。がやがやとうごめく人影は、絶えず笑い声や怒鳴り声をあげていた。
「こういうところはどこも同じだな。男くさくて嫌になる。さ、おチビ、適当に席につこうぜ」
「そうだな」
アリアの言葉に、私たちは開いていた四人掛けの机に座った。ちなみに今回は同じ席に座るようなことになっては困るので、早々に席を一つ持ってくる。
そんな私の姿に気が付いたクルトは肩を震わせて笑っていた。
私たちは近くを通りかかった胸の大きい女にいくつか注文を頼む。そして、早々に来た皮付き緑豆を齧りながら、一息をついた。
「ふう、流石の長旅だったな。俺は王都には何度か来たことがあるが、ジークとユーリカは初めてだろう? どうだよ、初めての王都は」
クルトの問いに私とジークは無意識に顔を見合わせ、「どうって言われてもな」と二人して困惑をあらわにする。まだ来て数時間もたっていなければ、街を廻ったわけでも無いので感想も何もない。
私が面倒そうに肩をすくめると、ジークが仕方がないという面持ちで小さく息をはき、口を開ける。
「まぁ、やっぱり人が多いな。あれだけの人が密集しているのは初めても見た。街並みも綺麗で、道を馬車用にかなり整備されているみたいだし、流石王都だな、と」
ジークがここに訪れたもの皆が思ったであろうことを素直に答えると、クルトが片方の眉をあげ、「ま、そうだよな」乾いた笑い声をあげた。
すると、隣に座っていたアリアが次々届けられる料理を整えながら、「まぁ、まだどこ行ってないからな。明日はユーリカ以外暇なんだから、ジークはそこでいろいろと見てくといい」とジークに笑いかけた。
確かに明日は私がベンダー家に行ってしまうので、ジークたちは完全に自由時間である。金銭的な余裕はあまりないだろうが、せっかくのここまで来たのだから王都を堪能すべきだろう。
私も明日さえ乗り切れば、しばらくは王都で自由に活動ができる。来年に向けての下準備や調べものなどはしなくてならないが、うまくやれば少しぐらいは観光する時間も得られるだろう。
そう考えるとなかなかこの王都行きも悪くは無かった。
私が筋の多い櫛肉をかみちぎりながらそうんなことを考えていると、いつの間に頼んだのか、エールが次々と机に置かれていく。
それを見たクルトがご機嫌にその中に口をつけた。ホップ独特のさわやかな匂いが漂ってくる。彼は喉笛を上下に揺らしながら、エールを飲み込んでいった。
それを見ていたアリアや、オザックも自然とエールの入ったまぐに手を伸ばし、口をつける。そして、クルトと同じように大げさに喉笛を動かしながら飲んだ後、マグの淵から唇を離し満足そうに息をつく。
「っぱぁ、うまいなこの酒。流石に王都の舌の肥えた連中の食べるものは違うな」
「うん、おいしい」
オザックがアリアの言葉をこくこくと肯定する。
そう言われると私も気になり、手に持っていた肉巻きを口に押し込みながら余った一つのエールに視線を向ける。王都のエールは飲んだことがないし、多少気にならなこともない。せっかくならと私も手を伸ばそうとすると、それに気が付いたクルトが反対側からそのエールを自身へ引き寄せた。
「こら、お前は明日も仕事だろ。これは仕事のない俺たち限定なんだよ。ほらジーク、これお前のだぞ」
二つのエールを両手にそれぞれ持ったクルトが私に向かって偉そうに鼻を鳴らす。隣にいたジークは呆れた表情のまま、クルトに差し出されたエールのマグを受け取った。
「酒はあんまり飲まないようにしいるんだがな」
ジークの呟きに、アリアが肩をすくめて「せっかくなんだから飲めよ。どうせ、明日なんてクルトは女遊びにでも行くんだろうしな。お前もいつもできないことで楽しめよ」と少し意地の悪い笑みを浮かべていた。
それに対してジークは嫌そうな顔をしながら恐る恐るマグの中を覗いていた。
その間、クルトは顔を顰めてアリアに非難を視線を向ける。
「こいつらにそういう事言うなよ。兄としての威厳が無くなるだろう」
「元々そんなのお前には無いだろ。なぁ、オザック」
アリアが隣に座って黙々とジャガイモを食べるオザックに声をかければ、彼はごくりと口の中のものを飲み込み首を傾げた。
「.......うん。僕はクルトがアリアに手を出さなければなんでもいい」
相変わらず嚙み合っていない返答だが、アリアは照れたように「そうか、そうか」と豪快に笑う。それに対してクルトは大げさに顔にしわをよせ舌を出す。
「うへっ、誰がこんなガサツ女に」
「........アリアを馬鹿にするなよ」
「フーン、やんのかオザック」
油断なくにらみ合う二人の間には少し険悪な空気が流れるが、恐らくクルトはからかっているだけだろう。オザックは本気かもしれないが、それはからかったクルトの自己責任だ。
そうしている間、クルトは何度かマグに口をつけては離してを繰り返している。
そういえば私はジークが酒を飲んでいる姿を見たことがない。私がそう思ってジークの顔をまじまじと覗き込んでいると、ジークが心なしか赤くなり、私の視線に顔をしかめた。
「飲まないのか」
「…飲むけどよ。そんなまじまじ見るなよ」
そういってジークはマグを煽った。
思ったより豪快に行くやつである。意外というか、大丈夫なのだろうか。
「ぷっは、.......うん、うまい」
すぐ赤くなる質なのか、ジークは耳まで真っ赤にしながらそう呟く。私は残った前菜の豆の皮をぽろぽろととりながら、そんな珍しいバディの姿を眺めていた。
うまそうに飲むやつだ。
口入れた豆を奥歯にかみしめる。
うむ、うまいな。
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