第30話 再会と告白4
私がすべてを説明すると。部屋は静間にかえった。全員黙り込んでいるのは同じだが理由は若干違う。アリアはどこか要領を得ないように首を傾げ、クルトは考え込むように下を向き、ジークは私のこめかみを拳で挟み込みぐりぐりとねじ込んでくる。オザックは初めから理解することを諦めているようで、ぼんやりと虚空を眺めていた。
「とまぁ、大体こんな感じだが、わかったか?」
私がジークに腕を振り払いながらそう聞けば、クルトはゆっくり顔をあげ口を開いた。
「大体は掴めた。だけど、一度確認がてらに状況を整理してみていいか?」
「ああ、頼む」
正直、私も話していてこんがらがってきたので、ここはクルトに任せることを選択した。
「まず、お前にかけられた呪いは全部で事実上四つ。一つ、第四皇子を死なせない。二つ、彼の命を最優先で行動する。そして主人への絶対服従で命令されたことが二つ。彼の意志を尊重する。お前の主人を脅かさない。これでいいな?」
「ああ、それで問題ない」
「よし、それじゃあ次はこの呪いのその他の仕様についてまとめるぜ。
まず、この呪いは基本一つ目が最優先、次に二つ目、最後に三つ目と四つ目を優先して守る必要がある。期限は10年。お前が死んでも、主人が死んでも、この条件は変わらない。
もしもこれを犯した場合、初めは警告と呼ばれる痛みが生じ、そのあとは死に至る。
そしてこれはお前の予想だが、おそらく呪いには術者に代償が生じていて、最後の呪いを追加する際もおそらくその代償が発生する可能性が高い」
そう、これがこの呪いについて今のところ分かっていることである。私が深くうなずくと、クルトは自身の顎を撫でながら考え込む。そしてちろりと赤い舌で唇を舐めた。
「次に、王宮を取り巻く情勢について整理するぞ。
まずは、第一王子を推すベンダー家率いる第一王子派。これが今お前の養父が所属している派閥だな。
そして、それに対立する、第二王子を推すブリューゲル家率いる第二王子派。これが今の王位継承を争っている二大派閥。これは間違いないな」
「ああ、そうだな。ベンダー家は第一王子を生んだ第一夫人の生家で、ブリューゲル家が第ニ王子を生んだ第二夫人の生家だ」
「おし。それで肝心の第四王子は、隣国の姫である第三夫人の子供。
そんな彼をなぜだかお前の主人が推している」
「ああ、しかも第四王子は隣国の旧王家の血を引いた王子、下手な扱いをすれば隣国の現政権が黙ってない。
そしてその隣国の場所はエッカットの治める領地に接してて、もしも争いになれば領地が戦地になることは間違いない。その危険を犯してまでエッカットはあいつを守ろうとしている」
「.......そうだな。よし、現状整理は一度こんなもんにしよう」
クルトが顔を上げ、手を一度叩く。そうすると、話を聞いていたアリアが「どうにかついていけそうだ」と頷いた。確かに、一度簡潔にまとめたことでわからない部分と、分かっている部分が分けられたように思える。
すると、クルトが私の前に三本の指を出す。
「お前の呪いについて、疑問に思ったことが三つある」
そういって、彼は自身の人差し指を反対の手で触った。
「まず、呪いの条件が曖昧過ぎるってこと。
つまり、初めの王子を生かすってのはともかく、二つ目の王子の生存を最優先に行動っての誰基準の話なんだ、って話な。
それ以外にも、残りの二つだってかなり曖昧だ。意思の尊重だとか、脅かさないって言葉とかな、とにかく明確じゃない。むしろそれを避けているようにも思える」
確かにそのとおりである。あまり深くは考えていなかったが、例えばエッカットを傷つけないだとか、殺さないだとかしっかりと条件付けすることもできたはずだ。それなのにエッカットは曖昧な表現を使った。これはそうすることで何らかのメリットを発生するからなのだろか。
「この、誰が基準で判断されるかという問題については、おおよそ三つの選択肢があると思う。
一つ目は、主人自身。二つ目は、お前。三つめは、それ以外の第三者。そうだな、.......神様か悪魔かな」
「なるほど」
思わず私が感心すると、クルトがどこかかわいそうな物を見る目で私を見つめた。うるさい、考えなしで悪かったな。
「.......んで、もって、一つ目の主人自身はありえない」
「どうして?」
「考えてみろ。この呪いの条件は十年、どちらが死んでも継続される。それなのにジャッジをする主人が死んでみろ、この呪いはどうなる」
私は生唾を飲み込む、そう、そうなれば「実質無効だ」。
「そう、どっちが死んでも続くなんてルールの意味がなくなる。だから、これは無い。だとすると残るはお前か、神だ。
だが、俺が考えるに神様って可能性は極めて低いと思う」
「それはどうして」
「そうだな、例えば三番目にある王子の意思の尊重。もしも今、俺たちは知らないが王子様が誰かに一緒にいてほしいと思っていたとしよう。そうしたら、お前はどうなる?」
「そうなるって.......どうにもならないだろう。私にはそんなことをわからない」
「そう、そうだろ? でも、これで神様とか言う奴からみればお前は王子の意思を尊重していない。つまり、誰かにそばにいてほしいという王子に反して、お前はここにいる」
クルトの言葉に私はぎょっとし、堪らず「それで死ぬってのか?! あまりにも理不尽だろ」と叫んだ。
するとクルトは人差し指を口元に持ってゆき、私を睨む。悪かったよ、うるさくして。
「…そう、第三者がジャッジするのはあまりにも理不尽。だから、俺は判断しているのはお前自身なんじゃないかと思う。あくまで仮説だけどな」
「それじゃあ、私がそうじゃないと思えば呪いが発生しないってのか?」
そんなはずがない。それならば一番初めの呪いの発動した一件、無理やりナイフを握らされエッカットを傷つけさせられたあの時、少なくとも私は奴を脅かす気なんて無かった。
そこで、私はあの時の記憶を正確に思い返し、あることに気が付いた。
そうだ、あの時呪いによる警告が発動したのは私が奴を傷つけたと認識した瞬間で、実際にナイフを振り下ろした時ではなかった。そうだ、その通りだ。
「つまり、奴を脅かしたという認識を持った時点でアウトってことか」
「恐らくな。これはなかなか面白いぞ、ユーリカ。
例えば、お前が第四王子が死んだとしてもお前がそれを知らない状態であるならば呪いが発生しない可能性がある。まぁ、その時点で第四王子の生命を最優先で行動していないという部分でアウトだろうが、これをうまく使えば呪いを回避するのも不可能じゃない」
私が驚きのあまり黙り込むと、クルトは肩をすくめて「まぁ仮説だけどな」と苦笑した。だが、それだけでも十分な功績だ。私が全く考えつかないことをクルトはこの少しの間で考えついたのだ。
「じゃあ、次だ。二つ目の疑問は、三つ目呪いはどちらが優先されるのかという問題だ。これについては、お前も多少疑問に思ってるんだろう?」
クルトの問いに私は素直に頷く。
「まぁ、こればっかりは試してみないと何ともいえない。やるとしても、第四王子に接触できるようになってからだしな。まぁ、警告で済む範囲で試してみておくといい」
「そんな気軽に試せると思ってるのか」
呪いの痛みを思い出しながら私が身震いすると、クルトは首をゆるゆると振る。
「土壇場よりも、余裕があるときにわかるほうがいい。あらかじめうまく試すべきだ。こればっかりは仕方ないだろう」
警告の痛みを知らないからそんなことが言えるのだと言いたくなったが、私は仕方なく頷いた。クルトの言うことも最もだ。危険は余裕があるときに犯すべきであり、多少の痛みは仕方がない。
「うん。じゃあ、最後な。
これはかなり根本的な話なんだが、明らかに呪いの内容がおかしいって話だ」
クルトの発言に、意外にもアリアが深くうなずく。
「それは私も思ってた。なんて言うかな。そもそも生きてるだけでいいなら一番目の呪いだけでいいし、利用したいなら三番目の呪いだけでいいだろ。
でも、その、エッカット? ってやつは、滅茶苦茶まどろっこしいことしてるじゃねぇか。一番目の呪いだけでいいものを、二番目のよく似た内容呪いをかけるし、三番目の呪いには王子の意思を尊重しろとまである。
私がただ利用したと思ってるなら、絶対にそんな条件はつけない」
アリアがそう言い切ると、クルトも賛同するように深くうなずいた。
「そう、そうなんだよ。明らかに違う意図が混ざってる。
少なくとも、10年間その第四王子を生かすことだけを考えているんじゃない。それなりに安全で、しかも意思を尊重された。そんな状態にしようとしている。
ただ利用しようと思っている奴がこんなことすると思うか?」
「いや、でも、まさかそんな。あのエッカットだぞ!?」
「知らねぇよ。俺たちは会っては無いんだから。
ただ、話を聞く限りをそういう印象を持たざる得ない。少なくとも俺にはそいつに何らかの陰謀があるとしても、それ意外にも思い入れがその王子様にあるだろう」
「思い入れだと」
本当にまったくわからず聞き返せば、クルトが頭を掻いて「なんて言うのかな、そう、親心みたいな。そいつにそこそこ幸せな人生を送ってほしいと思ってるってこと」とのたまう。
私は何を言ってるのかさっぱり理解できずに頭を振ると、クルトとアリアはお互い顔を見合わせ諦めたように眉尻を下げた。
「まぁ、この話はいいよ。取り合えず、その主人が第四王子気にする原因は案外単純なことかもしれないって話だ」
「はぁ.......」
私が要領を得ないまま頷くと、よしよしとアリアが私の頭を撫でた。私がいつもの癖でそれをひねりあげると、オザックがすかさず私の手をアリアから離れさせる。
こういうのをお約束というのだろうか。
「じゃあ、次は俺から一ついいか?」
私とオザックが格闘していると、先ほどから私の後ろで黙り込んでいたジークが手を挙げて発言する。
こういう時にわざわざ手を挙げて発言するなど、馬鹿まじめな奴だ。クルトが頷くと、ジークは少し言葉を探しながら口を開く。
「呪いの話からは少し離れるんだが、お前が来年に入れ替わることは第一王子派のベンダー家が主導でやってることなんだろう。
ならなんで、そのノルベルトとかいう、ベンダー家当主の息子しかそのことを知らないんだ?
少なくとも第一王子自身には伝えてもよくないか。そいつを守るのが主な目的なんだろう?」
「ごもっともだな」
クルトがジークの言葉に同意する。
エッカットの話を聞く限り、第一王子に今回の私の潜入について話さないというのは決定事項らしい。それはもちろん、身分を偽っての王族への接近など、本来であれば許されないからという理由はあるだろう。
だが現在は第一夫人が殺され、第一王子自身の命が狙われている可能性も十分あるのだ。それならば、第一王子自身に私のことを伝えてしまっても、それをわざわざ密告などしないはずだ。
私が考え込んでいると、クルトが顔をあげて「そうだな」とこぼす。
「第一王子と、ベンダー家の間に何らかの考えの相違がある可能性がある、と思う。
例えばそう、王位継承について、第一王子は王位に興味がないかもしれないんだろう?」
私はアルノリートの話を思い出しながら「一応、あまり興味がないとは聞いている」と答えた。
私の言葉にクルトは片手で自身のこめかみを押さえて唇をかむ。
「.......そう、だな。少なくとも第一王子派と呼ばれる一派も一枚岩じゃあねぇんだろうな。俺には王族の詳しいことはわからないが、その第一王子って奴が、何らかのキーマンになるんじゃねぇかって気がするな」
顔をしかめたままそう口にするクルトは、爪を齧る。
「第一王子ね.......」
その人物についてはこれから会うベンダー家の公爵と、その息子であるノルベルトから幾分か話は聞き出せるだろう。
しかし、ただでさえ意図のわからない行動をするエッカットという人間がいるってのに、ベンダー家と第一王子の考えが食い違っている可能性まで浮上してきた。
まったくどうなっているんだ。頭が混乱してきて、嫌になる。
もともとこういうことは得意なほうでは無いってのに、どうも複雑な問題にがんじがらめにされる日々が続いている気がする。
私が思わずため息をつくと、クルトが顔をあげ苦笑し、「そろそろ寝るか」と言った。
確かに闇が窓ガラスに貼り付けられてしまったように、外は何も見えない。随分と話し込んでしまったようだ。
私が頷くと、オザックとアリアはそろって大きく伸びをし、ベッドに入っていった。
私はジークのほうを見ると、彼は立ち上がり扉に手をかけている。
「どこいくんだ?」
私がついそう聞けば、ジークは一瞬気まずそうに目線をそらした後、「外の風吸ってくるだけだ」と言って、扉の外に出ていく。
私は多少不振に思いつつもベッドに向かおうとした。だが、突如クルトに肩を叩かれる。そちらを向けば、クルトがジークのいなくなった扉のほうを親指で指していた。
ジークのじっとりと私を睨む視線が、早く追いかけろと言っているのがわかる。
「そういうところだぞ、ユーリカ」
何が、そう言うところだ。
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