第29話 再会と告白3






 それから私達は王都への道のりを走り抜け、黄昏に染まる丘を抜けた先にある小さな街で宿をとることにした。

 街は王都への通り道であるからかどこもそれなりに賑わっており、どこの宿からも煌煌明かりが零れ出ている。私はマント深くかぶり、服装を隠した状態で安宿に入る。この小さな街では貴族が不自然に思われることなく泊まれる部屋がないだ。すると必然的に身分をかくして安宿に泊まることになる。


 店子との交渉をし馬を馬屋に預けた私達は、夕飯を食べた後、借りた部屋に向かった。


 部屋の扉を開けると、ホコリが舞うどこか澱んだ空気が身を押す。私はその懐かしさを孕んだ空気に思わず咳き込んだ。


「ゴッホ、酷いホコリだな」


「これぐらい普通だよ、お貴族様」


「…煩い」


 嫌味ったらしく笑うクルトを睨みながら、私達は4つ並んだ薄汚れたベッドにそれぞれ荷物を置いた。すると、最後に入ってきたジークがなんとも言えない顔で部屋の真ん中に立ちすくんでいる。

 当たり前だがベッドが一つ足りないのだ。


「おい、アリアとオザックはセットみたいなもんなんだから、同じベッドで良いだろ」


 私がそう言うと、アリアとオザックは互いに顔を見合わせ、示し合わせたようにクルトの方を見た。するとクルトは鼻持ちならない面持ちでジークの方を顎で指す。

 私は訳がわからずジークの方を見ると、ジークは荷物を抱きかかえたまま私の方にずいずいと近づいてきた。


「お前が一番小さいんだから、俺はここで寝る」


 私が荷物を置いたベッドを指しながら、ジークがムスリとした表情でそう言い切る。私は口を開閉しながらアリアとオザック、クルトの方を見れば、彼らは生温かい表情で私達を見ていた。

 その表情がイーリットやヨセフがする表情と似ていて、私はブルリと体を震わせる。


「ここに??」


「ああ」


「どうしても?」


「別に良いだろう。お前相変わらずチビなんだから」


 ジークはどうやら本気のようだ。別にそこまで嫌なわけではないが、久しぶりなのでなんとなく気まずい。

 しかた無く私が反対側に荷物を寄せると、ジークはぽすりとベッドの縁に座り込んだ。


 一体何なんだ、全く。


 訳もわからない苛つきを感じながら、私は彼に背を向け自身の荷物の整理を始める。

 先程から機嫌が悪いとは思っていたが、まさかこれは嫌がらせなのだろうか。いや、そんな面倒なことをするやつではない。ということはやはり特に深い意味は無いのだろう。


 暫くすると、同じように荷物を整理していたはずのジークの方から音がしなくなる。私はなんとなく気になり、後ろを振り返った。すると、彼がじっとこちらを見ていたのだ。

 数秒見つめあうと、気まずさに私は身じろぎをする。


「なっ、なんだよ.......」


 私が言葉をつっかえながら聞くと、ジークは少しだけ視線を揺らし、迷った挙げ句ゆっくりと口を開いた。


「お前……さ」


「?」


「……お前、…………声変わったよな」


「…はぁ?」


 ジークの予想打にしない問に、私は思わず首を傾げる。声? なんの話だろうか。私は自身の喉元に手を当てながら考える。

 その様子を見たジークが、チラシとオザックの方に目を向けた。するとオザックは何故だか許可を求めるようにアリアに視線を向ける。アリアはその視線に少し迷いながら「こう言うのはちゃんと皆で話し合うべきだ」と答えた。


 私はますます訳が分からず困惑する。一体何の話なのだろうか。


 オザックはアリアの答えに頷くと、私の前に歩み寄り、座り込んで私を見上げた。

 彼の癖の強い黒い髪の間から見える赤い瞳が、私をとらえる。


「何だか、ユーリカはあんまり聞いてほしくなさそうだから迷ったんだけど、大切なことだから言うね」


 オザックが何やら前置きのようにそう言って、私の手を掴む。その手は少し固く、私の手を覆い隠せるほど大きい。


「…ユーリカ、魔法、使ってるよね。その声の変わり様は奇形だよね。それも結構急激な」


 何度も言葉を区切りながら話すオザックに、私はあらゆる意味で驚きを隠せず身を引こうとしたが、捕まえられたその手はそれを許してはくれなかった。


「声…だと…」


「やっぱり、気がついて無かったんだ。奇形って少しづつ変わるから、ずっと一緒にいた人にはわかりにくかったのかもね。でも、僕にはわかる、同じ魔人だからってのもあるけど、ずっと一緒にいたから。

 後は、そうだな。決定的だったのは匂いかな。君から森の匂いがするから、おかしいとは思ってたんだ」


 どこか寂しそうな声でそういうオザックは、そっと私の手を離した。そして、かすかに笑うと、ゆっくりと腰をあげる。


 私は呆然としながら自身の喉元に触れた。

 声、声が変わった。


 ああ、そういえば、私の歌は日に日に美しいものになっているとイーリットに言われた。まるでこの世のものでは無いようだと、そういわれていたのだ。


 私の頭によぎったのはグリジマニア山脈であった森導くもののティプナスである。あの美しく不気味な怪物は、私と出会ったときに何をしていたのか。


 そう、歌を歌っていたではないか。

 そう、それも、この世のものとは思えないほどの美しむ魅惑的な歌を。


 だんだんと動悸が早くなっていく、背中から滑るような汗が吹き出し、頭が真っ白になった。いつからだ。いや、それはもうどうでもいい。大切なのは奇形の影響を受けているのは声や、においだけなのだろうか。

 知らぬ間に奇形が脳にまで達していて、私は気が付いた時には私ではなくなっているということは無いだろうか。

 喉が痛いほどに渇き、先ほど食べた夕食がひっくり返るような感覚を覚える。私が自身の口元を抑えて体を丸め込むと、隣にいたジークが私の背をさする。


「...........言えよ、ユーリカ。全部。俺たち」


 一度言葉を切り、息を飲む。


「....家族だろ」


 吐き出された言葉が、少し震えていた。


 怖い、怖い、怖い、怖い。

 人でいられなくなることが、私でいられなくなることが怖い。


 すがるように顔をあげればジークが泣きそうな表情で私を見ていた。そして、その温かく不器用な両腕で私を抱きしめる。その確かなぬくもりに顔を埋めながら、必死に抱きしめた彼の体が震えていた。


 怖い、怖い。

 彼らに頼ってしまうことが、彼らを失うことが、怖い。


 溢れだす不安を抱きとめるように、クルトや、アリアが私たちの背に手を置く。


「馬鹿だな、ユーリカは」


「おチビは小さいんだから、私たちを頼っていいんだよ」


 やめてくれ。

 一度と頼れば、もう二度と一人では立てなくなってしまいそうで、怖いんだ。


 私の思いとは裏腹に、紡ぎだされるすべてを洗いざらいに話す私の告白を止めることはできなかった。

 彼らは私の言葉を一言も漏らさないように耳を傾ける。私が最後の一言を吐き出すまで。






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