第28話 再会と告白2
「よっ! 元気かユーリカ!」
そういって片手をあげたクルトに、私は頬が引き攣るのを抑えきれなかった。
今日は王都出発当日。じっとりとした風が路に横たわる木の葉を鳴らしながら吹き抜けていく。そんな木枯らし色の早朝。
現在私は男装にマントをかぶった状態で、屋敷の門の前に立っている。
隣にいるのは私の愛馬であるキャラメル色の毛並みが可愛らしい雌馬だ。彼女が身震いをすると、彼女の体に結びつけられた荷が揺れて縄がきしむ音を出していた。
私はその背を軽くなでながら、当然とように門前にいたクルトと、ジーク、アリア、オッザックに視線を向ける。
私が里にいたころとほとんど変わらない様子で、彼らはそこに立っていた。
ジークは柔らかそうな茶を含んだ金髪を揺らしながらムスりとした顔で突っ立っており、アリアとオザックもいつものようにじゃれあっている。そしてクルトは私も目の前で仁王立ちしていた。
その様子に、私はなんと言葉をかければいいのかわからず言葉を詰まらせる。
そんな私に対してクルトは特に気にした様子を無く、猫のようなアーモンド型の瞳を細めながら私の格好を上から下までなめまわすように眺めた。
「本当にお貴族様になってるんだなぁ。長から話を軽くは聞いてたけど、やっぱりこの目で見るまでは信じられなかったぜ。
うん、意外と似合っているんじゃないのか。性別も合わせて」
「別に、いつもは女物を着ているんだが」
まるで普段から男性として振舞っているかのような物言いに私が突っ込むと、クルトは分かってるよと肩をすくめた。後ろでは、立派な黒い馬を連れたアリアと、それより一回り小さな馬を連れたオザックが顔を見合わせ笑っている。ジークは眉間に深いしわを刻みながら、私のことにらみつけていた。どうも彼はいつもより不機嫌に見えるが、久しいので何とも言えない。もともとこういうやつであった気もする。
しかし、まぁ、本当に相変わらずだ。
そのことについ、安心する。
クルトはひとしきり私を眺めた後、調子を切り替えるように一度手をたたいた。
「よし、準備はできてるか?」
クルトの問いに私が頷くと、彼は満足そうに「じゃあ、出るか」と自身に馬の首元を軽くたたいた。私は再び頷き、振り返って後ろで私を見送るヨセフとイーリットの方に目を向ける。
彼らはなんだか少しうれしそうな顔をしながら、こくこくと頷いていた。よくわからないが、もう行っていいということだろう。
私は彼らに軽く手を振ってから、馬に飛び乗った。そして、ヨセフの「気をつけて言ってきてくださいね」という言葉に、なんとなく気恥ずかしくなりながら頷く。
「行ってくる」
私がそういうと、イーリットとヨセフは同じ場所にしわを寄せながら柔らかく微笑んだ。私はそれを尻目にしながら、片足で馬の腹を叩き町に蹄の音を響かせる。
その後ろには四つの蹄鉄の金属音がついてきていた。
◇◇◇
風にちぎられたかのように薄い雲が、西の方角に向かって泳ぐように流れる。どこまでも広がり続けるそれは、綿のように空を埋め尽くした。
その間から白い柱が降りてきて、黄と緑がまだらに混じる草原を照らす。
風に撫ぜられた草花は、それを受け流すかのようにたおやかに揺れた。その風は私の後ろにまとめてある鋼の髪を躍らせる。それが少しうざったかった。
むっとするような草木の香りに当てられながら、私は馬を走らせ、道を駆け抜ける。
周りには私たちと同じように王都に向かっているのであろう馬車が散見された。その間を縫うように通り抜けながら、私たち一行はスピードをあげていく。
「それで、お前は今何をしてるんだよ、ユーリカ。なんて言ったって、お貴族様の養子になったんだろう?」
「あー、まぁな」
私が少し気まずそうにそう答えると、クルトが目を糸にように細く伸ばした。
「まさか、本当にただの養子にさせられたわけじゃあねぇだろ」
「…お前には関係の無い話だ」
私の答えにクルトはうっすらと笑みを浮かべながら、「ふーん」と意味深げに私を見つめた。その表情はなんとなく、いつまでそんな態度でいられるか見ものだという嘲笑を含んでいるようで、私は眉間にしわを寄せる。
「私はお前らに関わらせる気なんてない。自分の仕事をこなせ」
私がそういって前を向けば、クルトは仕方なさそうにゆっくりと頭を振った。
「分かった、分かった。それでいい」
どうやら諦めてもらえたようだ、私は無意識に吐息を吐き出す。
彼らを自分のことを話すのはどうしても嫌だった。それは、情報漏洩による危険を回避したいということもあるが、それよりももっと恐ろしい何かがある気がする。それが何かはわからない。
ただ、とめどない不安が溢れ落ちつかなくなるのだ。
私は自身の気をまぎれさせるために「お前らはどうなんだ?」と隣に走るクルトに聞いてみる。
「別に変わったことなんてねぇよ。俺らは相変わらず四人でやってるし、周りの奴らもいつも通り。むしろもう少しぐらい面白いことが無いと退屈だな」
「そうか、それじゃあカルザも元気にしてるのか」
私は自然とあのずんぐりとした体形の育て親の名を出した。すると、クルトは一瞬顔をしかめ、「カルザはなぁ」とこぼす。私がそちらを見ると、クルトは少し言いにくそうに視線を揺らした。
「あいつ今体を壊してるもみたいで、どうにも調子がよくないんだ。
はやり病とかでは無さそうなんだが、長引いてていな。まぁ、お前が気にすることじゃねぇよ。どうせすぐ元気になるだろうしな」
クルトの少し無理をした笑顔が、内心の不安を煽る。
カルザは頑丈な男だ。そう簡単にくたばりはしないだろう。だが、決して若くはない。
私が「そうか.......」と答える。その声が少しかすれた。それを聞いたクルトが手綱を掴んだままで自身の首を掻き、「悪い、お前を不安にさせるつもりは無かったんだがな」と呟く。
「いや、別に気にしていない。私も、自分がそれどころじゃないしな」
他人を心配をすることなど、何の意味もない。私は自身のために生きなければならないのだ。
それでもしばらくの間は、カルザの姿が頭から離れなかった。
瞼の裏にはあの美しい雪原が写る。そして、そこにたたずむ一人の男の姿。その顔は既に朧げにしか思い浮かべられないが、彼が発する雰囲気は今もありありと思い出すことができた。
また、いつか会えるだろうか。
だめだ。無駄なことを考えている。
私は意識を切り替えるために、もう一度馬の腹をけり、ずいずいと風を押し切って進んでいくのだった。
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