第11話 ルヒデコット家への訪問者1

 季節はいつもどこか駆け足で進んで行く。この街でもまた、一つ季節が去り、そして新しい季節が飛び込んできた。

 柔らかな新緑の甘い香りが、賑やかな街を通り抜ける。

 子供たちの声が聞こえ、窓ガラスが楽しそうに笑った。そんな穏やかな朝。


 爽やかな夏の日照りを感じながら、私はいつも通りエッカットの執務室に朝の報告に来ていた。


 そして来て早々に、眉間にしわを寄せたエッカットによって、明日の予定の変更を言い渡される。


「エロニムス・ルヒデコット伯爵と、コルネリア・ベンダー公爵夫人ですか?」


「ああ、お前の叔父と叔母にあたる、私の弟と姉だ。お前のことは一部の事実を除いて真実を話している。

 それと、エロニムスの方はその娘のロニーナも来るらしい。お前はエロニムスとコルネリアに挨拶した後、ロニーナと交流を深めていろ」


 どうやら、明日の午後はエッカットの弟であるルヒデコット伯爵と、姉に当たるベンダー公爵夫人がこの屋敷に来るらしい。ついでに、私の設定上一つ年上のいとこであるロニーナもここに訪れてくるようだ。

 話によれば、エッカットはエロニムスやコルネリアにも、私のことを色々と知らせているらしい。

 それもそうだろう。先代の隠し子という設定は、他人ならまだしも、親族に信じさせには無理がある。いくらなんでも怪しまれるのは避けられない。

 ならば初めから正直に話すべきという判断は妥当だ


 ただし、彼らにすべて真実を話しているかと言えば、否だ。

 エッカットは彼らにすべてを話すことはできない。それは分かっていたことだった。


 彼らが知っているのは私が傭兵であることと、魔人であること、それから私の力、この三つである。

 反対に彼らが知らないこと、つまりエッカットが隠していることは、呪いの存在とその内容だ。


「ちなみに、ロニーナは何も知らない。これからも知らせるつもりは無い。

 だが、彼女は父親に似て聡いからな、言動には十分に気をつけろ。お前はあくまでルヒデコット家の末席から引き取られた養子だ」


「かしこまりました、善処いたします」


「ならいい、下がれ」


 エッカットの言葉に従い、私は早々に彼の執務室から去る。誰が好き好んでこの部屋に長居したいと思うのか、実に聞きたい限りだ。



◇◇◇


 自室に戻った私を待っていたイーリットは、明日の予定に変更についてすでに知っていたようだった。私の話を聞くないなや、自身も今朝聞いたばかりだと愚痴をこぼす。


「それにしても、何をしにいらっしゃるのでしょうか?」


 イーリットがため息混じりに、首を傾げた。このような急な予定変更は、従者達の負担が大きいのだ。イーリットが落ち込むのも無理はない。

 一方私は、イーリットの疑問に答えられるほど大したことを知っている訳ではないが、私に関係する話であることは確かだと察していた。


「私も詳しく知らないが、私に関することだろう。

 イーリット、明日に向けて年頃のお嬢様とのお茶会にふさわしい服装とお茶とお菓子の準備を。ヨセフは会場を頼む」


「「かしこまりました」」


 ヨセフは素早く部屋の外へ出ていき、イーリットはメイドたちに指示を出している。

 再三言うようだが、二人ともなんだかんだと言い仕事ができる。私への扱いにさえ目をつぶれば優秀な従者なのだ。



 そんなこんなで朝のルーチンを終えた私は、イーリットに用意させた紺のドレスに着替えた。すると、イーリット達と入れ替わるかのように、部屋に一人の女が入室する。


 その女は、カプチーノのような色をした髪を、後ろで一つにまとめ、柔和な微笑みをうかべている。

 その女を見ると、血のつながりというのは案外当てにならないものだと、つい安心していまうのだ。


 彼女の名は、ディアナ・バシェ。

 私の家庭教師カヴァネスである。

 日々、私は午前中の時間を勉学にあてていたが、その時に面倒を見てくれる存在が彼女だ。


「ご機嫌よう、レオノーラ様。そろそろ勉学のお時間ですが、ご用意はよろしかったですか?」


 あどけないとも思える顔つきの彼女がはにかむと、より一層若く見える。これでも彼女は1児の母であり、未亡人なのだが、とてもそうは見えない。

 私が問題ないと言えば、彼女はそそくさと私の文机に本を置いた。


「では、今日は現在の王族と貴族についての学習をしたいと思います。とは言っても、レオノーラ様はすでに知っていらっしゃることも多いと思いますから、先に簡単なことを確認しましょう。

 では、現在の王家にいらっしゃる王位継承者候補を簡潔に述べてくださいますか?」


 王位とそれをめぐる貴族の話。

 ディアナは知りようもないが、私にとってはかなり関わりの深い話題である。正確に言えば、私にかけられた呪いに、だが。


 私は内心苦笑しつつ、ディアナの問いに答えていく。


「はい。まず、現在王家には三人の夫人から産まれた王子が四人、姫が二人いらっしゃいます。

 現在陛下のご兄弟に当たる方はいらっしゃいませんので、必然的に四人の王子が順に王位継承者候補となります。その後ろに二人の姫が来る形になりますが、一人の姫は既にご結婚なさっているので、残りの一人の姫がそこに来る形となります。

 よって、現在最も王位に近いのは、第一王子にあたる、ロイジウス様。

 次に、第二王子と、第三王子にあたる、ライムント様、コンラント様が順に王位継承権を持っています。

 そして、最後に第四王子であるクリストハルト様と、ロイジウス様と同じ第一夫人の娘である、ビアンカ様が王位継承権を持っていらっしゃいます」


「ええ、流石はレオノーラ様完璧です」


 私の解答にディアナは満足げそうに頷いた。

 当然だ。これらは私がここにきて真っ先に調べ上げた事項と言っても過言ではない。


「ではそうですね、今回は、その王位継承権を廻った公爵家の対立について話していきましょう」


 ディアナはそう言って、文机に一枚の植物誌を置いた。

 そして、机に備え付けられたつけペンにインクをつけ、滑るように紙の上でそれを動かす。

 部屋の中にサッサと独特のリズムの摩擦音が生じるのも束の間、そこには四人の王子と姫の名と年が書かれていた。

 そして続けざまに滑るようにペンを動かし、その脇に二つの公爵家の名をを書気加える。


ーーーー


『第一夫人』

第一王子 ロイジウス様(14)→ベンダー家

     ビアンカ様 (11)→  


『第二夫人』

第二王子 ライムント様(13)→ブリューゲル家

第三王子 コンラント様(12)→  


『第三夫人』

第四王子 クリストハルト様(11)


ーーーー


 ディアンナはこのベンダー家とブリューゲル家をそれぞれペンで指しながら、ゆっくりと口を開いた。


「現在、我がロイツ王国はこの二つの公爵家が対立している状態にあります。

 お分かりと思いますが、これらはそれぞれ第一夫人と第二夫人の生家です。

 もともと、この二つの公爵家は対立関係にありましたが、アンネ様が二年前に......ご不幸に見舞われた際から、その対立が激化しているのです」


 ディアンが一瞬口ごもるのも無理は無かった。


 二年前に死んだ第一夫人の死因は毒殺。

 容疑者に上がった給仕は自害し、真相は闇に中に隠された。

 しかし、誰もが確信している。あれは第二王子派、つまりブリューゲル家の手先の仕業だと。


 決定的証拠がないものの、例の給仕がブリューゲル家の手のものと接触していたのは、目撃情報もあったことにより確実であった。それがたいして調べられることも無く今に至るのは、ここロイツ王国最強の領軍を保持するブリューゲル家を、曖昧な理由で手を出すとが出来なかったのだろう。


 私はその紙に触れながら、その下についでの如く書き込まれた、第四王子を指す。

 乾き切らないインクが少し掠れたように線を引いた。


 ディアナの方を見上げると、意図を察したであろうディアナは、どうしたものかとでも言うように、腕を組む。


「第四王子の立場は複雑で、簡単には説明できないのですが、現在クリストハルト様の後援者となる立ち位置の方はいらっしゃりません。

 彼の母に当たる第三夫人が随分前に亡くなっていることもありますが、そもそも第三夫人はこの国の貴族ではなく、隣の旧アリステリアの王族の生まれの方なのです。

 その旧アリストテリアですが、現在は新政権が樹立し、新アリステリアとなっています。

 そのため、旧アリストテリアの王族の血を引き、新アリステリアとの関係不和への呼び水となりかねない第四王子は、完全に孤立してい状態です。

 少なくとも、彼が王位につくということはあり得ないと考えていただいて構わないと思います」


 ディアナの言葉に私は内心唸った。


 そう、そうなのだ。現在、第四王子を推すという貴族は何処にもいない。

 そうする、メリットがないのだ。

 だからこそなぜ、エッカットは第四王子にそこまでの固執をしているのか。それが分からない。


 私がこぶしを顎に当て悩んでいると、ディアナ大丈夫かと声をかけてくる。問題ないと返せばゆっくりと少し困ったように笑い、難しいですよねと零した。

 勿論、彼女の言いたいことと私の考えていたことは違うことなのだが、私は本当にですねと答えた。


「では、次はルヒデコット家がどのような立ち位置にいるのかということについても、話していきたいと思います。まずは、ルヒデコット家はどこの派閥に身を置いているかは知っていますよね?」


「第一王子を推すベンダー家に属しています」


「はい、そうです。ルヒデコット家は唯一国境に位置する領地でありながら、ベンダー家に属しています。

 理由は、領地に面している国であるアリステリアとの物流が盛んなため、軍事に力を入れるブリューゲル家よりも、商業に力を入れるベンダー家とのつながりを持つ方がメリットが大きかったからですね」


 ディアナはそう言って、ロイツ王国の地図を引っ張り出し、目の前に置いた。羊皮紙で書かれたそれは少し黄ばんでいて、年季を感じさせる。

 確かに、東側の領地は殆どブリューゲル家に属していることに対して、我がルヒデコット侯爵領は王国の中で最も北東に位置するにもかかわらずベンダー家に属していた。


「他の国境に面する領土と我が領土の最大の違いは、接している隣国との関係性ですね。他領土の面する国々とわが王国とは、あまり良い友好関係を結べていないことに対し、ルヒデコット侯爵領が接するアリステリアは長らく友好関係が結べていました。

 新アリステリア樹立後も問題なく関係が結べていることもあり、強大な軍事力をを誇るブリューゲル家に頼る必要がないことは、大きな要因だと思います」


 ディアナがつけペンの先を再び机上の王子たちの名前の書かれた紙へと向けた。

 その先には第四王子の名。

 私は無意識に生唾を飲み込む。


「そのことを踏まえると、今後旧アリステリア王族の血を引く第四王子の扱いは、ルヒデコット家にとって重要な問題になってくるかもしれませんね」


「そう、ですね」


 乾いた喉、パサつく唇。

 第四王子、クリストハルト・ベネディクト。

 どこにいるかもしれないその人物に、私は思いをはせる。

 その人物が今、何を思い、何を願い、生きているのか。

 全てはまだ闇の中だ。



 そうこうとしている内に、私は午前中の勉学の時間を終えた。

 ディアナの話した内容は知っていることも多かったが、その分理解を深めることができる。そのことがありがたかった。

 私がディアナに礼を述べると、ディアナは大したことではないとはにかむ。その姿は相変わらず可憐だ。


 さて、この屋敷にはディアナ・バシェと同じ姓を持つ人間が一人いる。

 あのエッカットの暴力執事である、ブルーノ・バシェだ。

 実はディアナは、ブルーノの娘に当たる人物である。結婚していた夫が不慮の事故でなくなったことで、自身で生計を立てるために、家庭訪問カヴァネスをしているのだ。


 本当に血のつながりなど当てにならないものだ。

 私は心底ディアナがブルーノに似なかったことに感謝しながら、部屋を出ていく彼女を見送った。



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