第3話 里との別れ3
「 おい、おチビ。い で寝てるつもりだ。い 加減、起 ろよ」
よく知った女の声がする。
頭が痛い。
私は、今どこにいるんだったか。
「オザック、駄目だ、起きない。どうする? このまま抱き上げてもって帰るか?」
「うーん、そうだね。見回りに行って、そのまま寝てたなんてバレたら、ユーリカすごく怒られそうだけど。仕方ないかな」
「どんな理由にせよ怒られるんだから、良いだろ別に」
この二人の男女の声は、アリアとオザックのものだ。二人は同じチームの一員で、近頃の訓練ではこの二人に私とジーク、クルトを加えた五人でチームを組むことが多い。また、同じくこのメンバーで様々な仕事をこなしてきた。
私が回りきらない頭のままで、薄く瞼を開ける。
ぼやけた視界に赤い頭と黒い頭が見える。
赤髪で褐色肌の女がアリアであり、癖の強い黒髪を目元も出伸ばした青年がオザックだ。
彼らが妙な話をしていることはいつものことだが、どうにも会話の内容がおかしい。
なぜ彼らの話に私の名が出てきているのだ、それに怒られる? なんだ、それは。
「….......................!?」
私は無言でがバリと顔を上げた。
漆黒の闇に包まれていた森はすっかり明るくなっている。私は朝露に濡れた草に囲まれ、横たわっていたようだ。
「....................!?!?」
「お! おチビ起きたのか? お前こんなところで寝るなよ。風邪ひくぜ」
アリアが私の顔を覗き込みながら、私の頭についた葉と雫を払う。
私はぼやけた思考を取り払うために、頭をブルりと振り、私の頭をはたいていたアリアの手を捕まえる。アリアは少しだけ目を見開いて、困ったように笑った。
「なんで、私はこんなところで寝てるんだ......」
「いや、私に聞くなよ。お前が見回りからなかなか帰ってこないから、クルトに起こされてお前を探しにきたんだ。そしたら、おチビが草むらの真ん中で寝てたんだよ。むしろ、こっちがなんでこんなところで寝てたのか聞きたいぜ」
私はアリアの手を放し、口元にこぶしを当てる。本当に、どうして私はこんなところで寝ていたのだろうか。必死に頭の中をひっくり返すが、一向に思い出せ無かった。
そもそも、私は見回りの途中から記憶の一切が抜け落ちているようで、洞窟から出てしばらくたった後のことが全く思い出せない。なにか思い出さねばならない様な気がするにもかかわらず、その鱗片さえも私は掴むことができなかった。いったいその間に何が起ったのか。
「何も、思い出せない」
私がそうポツリと呟くと、オッザクとアリアが互いを見合う。二人も困惑しているようで、何とも言えない空気が三人のなかで流れた。
それもそうだろう、急に帰ってこなくなった仲間を迎えに来てみれば、草むらの中で寝ていたのだ。何があったのか、本人が全く見当もつかないのならば、彼らにわかる訳がない。
オッザクが数秒制止した後、ゆっくりと口を開く。
「取り合えず、僕はおなかがすいたから、ジーク達の元に帰らない? 何があったかはご飯食べながら考えよう」
真剣な面持ちでそう言うオザックは、きりりとした表情でアリアを見る。
アリアは肩をすくめ、「ま、それもそうだな」と言って笑った。
二人の相変わらずなのんきな会話に肩の力を抜かされながら、森の中でのんきに寝ていた私が言えたことでは無いと思い返す。何とも情けない限りである。
私は小さく吐息を零して立ち上がった。
それから尻についた土を払い、体を伸ばす。不思議と体を痛めているということはなさそうだ。むしろ、体から軽いと言っても過言ではない。頭も冴えている様に感じるし、一体これはどういうことなのだろうか。
そう言えば、あの悪夢を見ない睡眠は久方ぶりであった。
睡眠不足のつもりは無かったが、知らぬ間に無理が祟っていたのだろうか。
あの女の陰に怯えずにすむ休息は、ありがたいものの、私は釈然としない気持ちのままは、三人で仲良く森の中を進んでいった。
「にしても、オザックがいて良かったな。結構遠くまで行ってるもんだから、オザックの嗅覚が無かった今ごろおチビは『
アリアが私の頭を撫でまわしながら、自身の鼻を軽くたたき、ころころを笑う。
オザックは、私と同じく魔人である。
『
「にしても、『
私が聞き返せば、度肝を抜かれたような顔でアリアは驚いた。これには流石のオザックも驚いたようで、振り返り私の顔をまじまじと見る。
そこで私はようやく自身が『
こればかりには自分でも驚きが隠せない。そんなこと忘れるるなんて、どう考えてもあり得ない。いやそれよりも、私は結局『
段々私の顔から血の気が引いてくる。
いくら集中出来ていないとはいえ、これはひどい。
「オザック、近くから獣の匂いはしなかったか?」
私が問えば、オッザックは首を横に振り「雨が止む前のことは分からないけど、少なくともそのあとに来た奴はいないんじゃないかな」と答える。オザックがそういうのならば、間違いないだろう。
つまり私は、『
「ならいい」と私が答えると、アリアが「もしいても私がぶっ潰してやるから安心しろ」と、豪胆に笑った。彼女のそういう性格は嫌いではないが、彼女ならば本当にやりかねない気もしするので、冗談でも止めていただきたい。
そう内心思いつつも私は最も重要な話題に慎重に入った。
「あー、それと、アリア、オザック。森の中で寝ていたことは、ジークとクルトには言わないでくれないか」
アリアとオザックだ、草木をかきわけながら進んでいた歩みを止めて、私を生暖かい目で見やる。
私は思わずその視線に耐えきれなくなって、目線を逸らすと、二人は今晩の晩飯のメニューを復唱し始めた。久方ぶりの残り少ない里のご飯と、自身のちんけなプライドを天秤にかけさせられた私は、敢え無く今晩の主食を犠牲にすることになった。
まぁ、勿論。その後のジークとクルトの問い詰めを、そう簡単に逃れられるわけがなく、私はすべてを白状することになった。そして、こっぴどく注意するように促されたのち、無性に心配をされるというフルコンボを食らったわけだ。
とりわけつらかったのが、帰還中に降り注がれた、ジークのしかめっ面な癖にどこか気遣う不安げな視線だった。ジークはなにか不安なことがあると、直ぐにこの顔をする。私は昔から、ジークのこの顔だけは本当に苦手だった。
今回もこればかりは、非常に居心地が悪く、二度と味わいあたくない物だ。
たとえもう二度と見ることが無くとも、ずっと、いつも通りの不機嫌なしかめっ面のままで居ればいいと、そう思った。私がいなくなってからも、ずっと、そうであればいい。
帰還途中、私たちがなにかに出会うことは、遂になかった。
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