第22話 彼へと贈る送別歌1



◇◇◇

レオノーラ・ルヒデコット様へ


 そろそろ本格的に秋になってきましたが、いかがお過ごしでしょうか。きっと、私が住む街より、王都に近いそちらの方が暖かいのでしょうね。

 私はあなたより一年早く、来年の春には社交界に出るために王都に行きますから、今はその準備に追われています。正直面倒です。


 そんなことよりも、私はあなたと会ってピットラを打ったり、もしくはこの前借りた本について話したいです。

 きっと、こんな準備より有意義なものになると思います。

 ああもしくは、あなたの歌が聞きたい。あなたがチェリコットを弾きながら紡ぐ歌には、人を魅了する力がある気がします。そのことをお兄様に話したら、ぜひあなたに会ってみたいと言っていました。

 最近は色々と忙しいようですが、3日後に訪れるときはお兄様を連れて行きます。お兄様は、来年からの学習塔ですので、今を逃せば会わせるときは三年後かもしれませんから。どうぞよろしくお願いします。

 そう言えば、テブレヒト叔父様からチェリコットを教えていただいてるそうですね。私は会ったことが無いので、あなたの美しいチェリコットを教えた彼のお方にいつかお会いしたいです。


 ロニーナ・ルヒデコットより


◇◇◇



 落ち葉達が歌う。


 空の色が移ったように、山脈が青い。

 それと相対するように、枯れ葉は目が覚めるような朱に染まっている。下街では厳しい冬への備えに明け暮れていることだろう。


 穏やかな日の光が射し込むこの部屋で、私はチェリコットの絃を弾き、音を響かせる。その旋律が外から聞こえる小鳥のさえずりと絡み合い、部屋を包み込んでいた。

 私が弦に触れる度、チェリコットのアーチ部分が小さく震える。私は自身の指先だけに全集中を置き、春を称える詩を歌った。


 ここ、ロイツ王国の冬は厳しい。

 特にルヒデコット侯爵の納めるルトピア地方は激しい雪が降ることで有名だ。だからこそ、春を称える歌は冬の明けの祭事などではかせないものである。


 そして私の前には目を伏せたまま私の歌を聴くテブレヒトが居た。

 この少年は相変わらず真っ白な肌に、闇夜を背負う様な黒髪で、細身の椅子の上で足を組んでいた。その細さといえば、腕は簡単に折れそうで、胸の厚さは呼吸による伸縮が分かるほどだ。それだけで、彼がこの部屋からほとんど出たことがないことが優に察せる。


 私はエッカットから指示をうけてから、何度この嫌味な少年に会っただろうか。その度に全ての気力を削ぎ落とさんばかりに指導をされたが、その成果が出たのか最近は楽師から関心されるようになった。元々歌は得意だったのだが、最近はそれに磨きがかかったようで、すっかりロニーナのお気に入りになっているほどである。

 素直に認めたくはないが、この少年のピットラの腕は確からしい。


 私の演奏が終わると、彼の形のいい唇はご機嫌そうにゆがむ。


「相変わらず、歌がなければそこら辺の虫の羽音と変わらないほど、どうしようもない腕前だね」


 美しい笑顔で辛辣な言葉を放つテブレヒトは、水を得た魚のように私のことを罵倒する。

 いつものことだ。

 私が何とも反応せず、ただその顔を見続けていると、テブレヒトは気味の悪い笑みをやめて、その細い眉尻を下げた。


「君って本当に負けず嫌いだよね。そんなに、むきになるなよ」


「私は別にむきになってなどいません」


「ほら」


 喉を転がして笑うテブレヒトは、新しい楽譜を出して私に差し出した。私はそれを受け取り、眺める。恐らく新しい課題曲だ。私が旋律を指でなぞりながら、テブレヒトの方に目を向けると、彼は私のことを興味深そうにのぞき込んでいた。

 私がその不躾な視線に顔をしかめると、彼は肩をすくめてゆっくりと口を開く。


「君の姿を見ていると、僕に成り代わって学習塔に行くなんて未だに信じられなくてね」


 テブレヒトを興味深げに私の顔をまじまじと見つめる。それも無理からぬことだろう。そんなことを簡単に思いつく方が頭がおかしいのだ。


「私も貴方のような方の代わり務めると思うと、胃痛がします」


「本当、君ってそういう奴だよね」


 呆れたように片手を振ったテブレヒトは、その後思いついたかのように顔を上げた。


「ねぇ、君の魔法を見せてよ。どんな風になってるのか知りたいんだ」


「嫌ですよ、めんどくさい」


 私がそう返すと、テブレヒトは舌なめずりをする捕食者のように、爛々と輝く目を細めた。その表情に若干悪寒がし、肩を縮める。


「ふーん、僕を邪険に扱うのか。

 いいの? 僕はエッカット兄さんのことを君よりもよく知ってるよ。

 エッカット兄さんの昔、知りたいでしょう?」


 それは確かに気になる。

 単なる興味本位な部分もあるが、奴の過去が、どのようにして呪いの力を手に入れたのか知る手がかりにもなるかもしれない。


 私が眉間にしわを寄せ嫌そうな顔をすると、テブレヒトは心底楽しそうな顔で「さあ、どうする?」と首を傾げた。

 私は数秒、自身のプライドと、せっかくの情報を手に入れられる機会を天秤にかけ、諦めてチェリコットを自身の横に置いた


「.......仕方がないな」


 私はわざと子供の駄々を聞いてやるかのような態度をとりながら顔を横に振る。これが私にできる最大限の意趣返しなのだが、テブレヒトには効いていないようだ。


 仕方ないので、私は手鏡を取り出しそこに自身の顔を写し出す。

 写し出されるのは銀の髪と紫の瞳、蒼白な肌。美しく不気味なあの獣を彷彿とさせる私の容姿は相変わらずだが、その他に奇形による影響を受けているようなことは無い。魔法を使い始めた当初はびくびくとしていたものだが、案外大丈夫なものだ。

 私は瞳を閉じ、自分の髪が根元から黒く染まっていくイメージを持つ。そして、その髪と瞳をテブレヒトと同じ黒に染め上げた。根元から一瞬にして艶のある漆黒になるわたしの髪にテブレヒトが驚いて、目を大きく開ける。そして感心したように口元に手を当てて、顎を撫でた。


「すごいな。本当に変わるんだ。顔だちは?? 体は変えられないの?」


「めんどくさい。それはあなたがどれだけ有用な情報を持っているかで決めます。それで、養父様のお話は?」


 私はそう言ってテブレヒトを睨むと、彼は仕方ないなと言う顔で肩をすくめた。全く、なんでわたしが善意でこんなことをしなければならいのだ。交換条件に決まっているだろう。


「ま、エッカット兄さんのことなんて、僕もあんまりよく知らないからね。多分、エロニムス兄さんの方がよく知ってるんじゃないかな?

 エッカット兄さんとエロニムス兄さんは学習塔の在学時期がかぶっているから、研究に没頭していた時代のエッカット兄さんを良く知ってるよ」


 私は思わず楽譜から顔をあげ、テブレヒトを見た。

 聞き捨てならない言葉が前半に聞こえたが、それよりもっと気になる発言がある。

 テブレヒトは私の視線に気づくと、自身の手に持っていたチェリコットから目を離し、私を楽し気に見つめた。


「なに、もしかしてあの二人が二つ違いって知らなかった?」


 私は思わず意味もなく口を開閉させる。

 二つ違い??

 エッカットは少なくとも40代後半はいった外見だ。それがあの若々しいエロニムスと二つ違い?? それはいくらなんでも無理がないか。


「ふふふ、驚いてる、驚いてる。確かにあの外見じゃあね。でも、エッカット兄さんだって昔からああだった訳じゃない。なんでかわからないけど、君が来てから急に老け込み始めたんだ」


 私が来てから…

 私と会った頃、それはつまり私が呪いを受けた頃から、ということだろうか。


「何か、心当たりがあったりするのかな?」


 テブレヒトが何処か探るような視線に、私は咄嗟に目をそらし、「さぁな」と答える。

 だが、私の心音はどんどんと加速していた。心当たりならある。

 そのタイミングであるならば、恐らく原因は呪いを行ったこと。それの意味するところは、一体なんだ。


 それはもしかして、呪いにも魔法と同じように代償があるということ、なのではないのか。


 いやそれだけではない、引っ掛かりは初めからあったのだ。

 この呪いは期間は10年。私からすれば10年は長い期間のように思えていた。だがよく考えればたったの10年である。私がテブレヒトとして学習塔に行く3年間と、レオノーラとして就学する3年間を抜けば残りはたった4年。短いとはいわないが、決して長くはない。どうして、奴はわざわざ期限を設けたのだろうか。

 つまりそれは、大きすぎる縛りは、エッカット自身に降りかかるその代償も多かったから、なんじゃないのか。


 私は生唾を読み込み、自身の黒に変えた髪に触れる。私達の使う魔法は、奇形をすすめ人として生きられる時間を代償に発動する。もしも、この呪いもそれと同等に代償があるというならば、エッカットは何を犠牲にしたのだろうか。





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