第21話 その男のはらわたに眠る野望6





 ディアナが自室の扉を閉め外に出ていくと、私は安堵と疲労感でわざとらし大きな長いため息をついた。

 何しろディアナの身も竦むような講義が終わったのだ。もう二度とディアナの前でエッカットのことは口にするまい。


 私がソファに座り込むと、ぽすんと空気がぬける音と共に体から沈む。それに身を任せて背もたれによりかかりながら、「散々な目にあった」とぼやいてしまった。

 すると窓際の丸机で食事の準備をしていたヨセフがゲラゲラと笑う。


「いやぁ、あれは見事だったなぁ。正にディアナ様の逆鱗をぶち抜いてましたね、レオノーラ様。

 傑作、傑作」


「お前、ディアナの地雷がエッカットの事だと知ってたな。

 まさか、あの骸骨男を盲信する狂信者がいるなんて、頭に何らかの重篤な障害があるとしか思えん。あんないけ好かない男の何処がいいんだ!?」


「ディアナ様が旦那様を盲信してるのは、屋敷中の人間が知ってることだぜ。だから、知らなかったレオノーラ様が悪い。それに、レオノーラ様はそう言うけど、あれで旦那様は人気があるんだよ」


 私が吐き出した悪態にヨセフがそう言うと、私はぎょっとして体を持ち上げヨセフの方を見る。屋敷中にディアナの狂いっぷりを知られていることにも驚きだが、その後の言葉に私は衝撃をうけた。

 私の表情を見たヨセフは、きらりと光るよく磨かれたカトラリーを整えながら肩をすくめる。


「あの骸骨男が人気がある!?」


「まぁ、ちょっと薄気味悪いのは事実だけどさ、仕事は平等に評価してもらえるし、給料もいいし、何よりなんだかんだと面倒を見てくれるしな」


 そんなまさか。

 私は口を閉めるのを忘れ、唖然とする。


 あんな男に人望があるだなんて、世の中摩訶不思議なことがあるものだ。

 それに私はそんな待遇を一度も受けたことがない。

 仕事が平等に評価されるなら、私の待遇の改善を要求したい。


「世の中は不条理がまかに通っているということだな」


 私が諦めの境地を感じていると、ヨセフが食事の準備を終えたようだ。

 私は倦怠感を感じる体をノロノロと動かし、ソファから立ち上がった。


◇◇◇


 昼食食べ終わった私達はいつも通りピットラをうち、相変わらず私が負けた。

 今回はかなり惜しいところまできたと思っていたのに、何かにいけなかったのだろか。私は悔しくてつい、爪を噛んだ。


 そして、私は改めて盤上を見つめる。

 ピットラの駒は王、王女が一つづつ、歩兵が十、騎士、騎馬、弓兵、呪術師、悪魔が二つづつある。駒は役割で同じ模様をしているが、ただ一つ悪魔の駒だけは一つ一つ違う模様をしていた。

 一方は狼のような獣の姿が彫り込まれている。

 そして、もう一つは煙のようなものがうねりをあげながら立ち上っている姿に、ぽつりと一つだけ不気味な瞳がこちらを覗き込んでいた。

 なぜ、同じ駒なのにも関わらず、違う絵柄なのだろうか。ふと疑問に思った私は、それをヨセフに聞いてみる。


「ああ、それな。それぞれ象徴になっているものが違うからだって、俺は聞いたぜ」


「象徴になるもの?」


 この世界には少なくとも、悪魔と呼ばれる存在は実在していない。いるのは魔物だけだ。私が不思議そうな顔をすると、ヨセフはそれらコマを二つ持ち私の前に並べる。


「こっちの目みたいのが見えてるやつが、創国記に出てくる邪神、闇統べるものヘモス・ライポス。それからもう一個の狼みたいなやつが、闇統べられるものヘモス・エサウルス、これはさっきのやつの眷族だ」


 闇統べるものヘモス・ライポス

 確かこの国ができる前にこの地を支配していたと呼ばれる邪神だ。この邪神を打倒したのが、初代ロイツ王国、国王である。勿論、伝説上の話だが。

 その物語自体は知っていても、それがこの駒のモデルになっていたとは知らなかった。


「ふーん、中々詳しいな」


「古い友人がそういうのに詳しくて、結構知ってるぜ」


 ヨセフが自慢げに鼻を鳴らす。たかだか15歳の少年の旧友などしれている気がするが、今回は素直に頷いておくとしよう。


 そこで私は他の駒にも目を向ける。

 王、王女、騎士に弓兵、もしかするならば全てにもともとのモデルがいるのかもしれない。

 私は気になり、呪術師と呼ばれる駒をまじまじと見た。呪術師の駒には、何か獣の片足のような物を持った人間が彫り込まれている。これにも何か意味があるのだろうか。


「呪術師は昔は実際にいたらしいぜ」


 実際に、いた?

 ヨセフの一言に、私は一刻遅れて思わず立ち上がる。ガタンと私の椅子が揺れ、床に倒れた。


「待て待て待て、そんなこと聞いたことないぞ!? それはあれか、呪いを生業とする輩がいたということか!?」


「へ!? ああ、まぁ、そうなんじゃねぇの?」


 頭の後ろで手を組んでいたヨセフの両肩を掴んだことで、彼は驚いてそう答える。


「そ、そ、それはどこのどいつが言ってたんだ!! うちの使用人仲間か!? それとも街の連中か!?」


 私がどれだけ目を皿にして資料を見ても、見つけられなかった呪いに関することを、何故ヨセフが知っているのだろうか。私が激しく肩を揺らせば、ヨセフの顔が段々と蒼白になっていく。


「ちょっ、待てって。揺らすなバカ。

 だからさっき言った古い友達だよ。言っておくが、もう会えない奴だからな」


「なら、今知っていることを全て吐け」


「知らねぇよ。俺が知ってるのはそういう存在が昔はいたってことだけだ。

 後はそれこそレオノーラ様が言ってた王都の国立図書館に資料が残ってるんじゃねぇのか?」


 ヨセフの提言に私は一度ヨセフを揺らす手を止める。どうやら本当にこれ以上は知らないらしい。

 しかし、これだけでも得たものは大きい。呪術師が実際に確かに存在し、しかも一部で認知されていたのだ。それに、呪術師がピットラの駒にに存在していることにも、何らかの意味があるはず。ヨセフの言う通り学習塔か国立図書館に資料が残ってれば、調べられる可能性があるかもしれない。


 私は今年の秋、王都へ行く。様々な思惑からなる地に、私はその足を踏み入れるのだ。


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