第10話 森導くものの魔法4
ルヒデコット家の朝は早い。
うららかな春の日差しが差し込み、私はゆっくりと瞼を開けた。
少し開け窓から、部屋いっぱいに新緑の風。
ピンと張り詰めた冷たい空気。
私は起き上がり服装を整え、朝食を自室でとる。部屋にカトラリーの金属音が、ひとりごちに響く。
この家では、家族が共にそろって食事をすることなどはまず無いのだ。
食事を終えれば、イーリットの選んだハーブティー楽しむ。これが日課。
支度を終えれば、私はヨセフと合流し、エッカットの執務室へ向かわねばならない。
「おはようございます。レオノーラ様」
焦げ茶の髪をサイドに跳ねさせながら、全身に黒い執事服を身にまとったヨセフが私の部屋の扉の前に立っていた。
彼は私をみるや、爽やかに微笑みかけ、軽くそして優雅に礼をする。
このように、ヨセフは私の自室にいるとき以外は有能な従者なのだ。これはもう、私への嫌がらせのために、大きく態度を変えているのではないか。
私はうんざりとした面持ちで、ため息をついた。
「おはよう、ヨセフ。早速だが、いつも通り養父様にあいさつに行くからついてこい」
「かしこまりました、レオノーラ様。今日のご報告が楽しみですね」
恐らく、昨日の夜のことを言っているのだろう。
穏やかな微笑みを零すヨセフが、今朝のイーリットの姿と重なる。親子二人して、まるで自らのことのように喜んでいることが、むずがゆかった。
私が曖昧に頷き歩き出せば、ヨセフは後ろから静かにをついてくる。
そのまま、エッカットの執務室である部屋の扉の前に着くと、重そうな木でできた戸を叩いた。くぐもったノック音が響く。
すると、あの初老の執事が、その重そうな扉を開けて出てくる。
初対面で、私に蹴りを叩き込んだできた、あの執事だ。
後から聞いた話だが、この執事の名前はブルーノ・バシェというらしい。
50代の屈強な男であり、主人に似てなにを考えているか分からない、気難しそうな顔つきをしている。ヨセフと同じ執事服に身を包み、髪は緩く結ばれ後ろに垂れていた。
生まれは代々ルヒデコット家に仕える分家であり、つまり貴族出身の従者だ。
「ご入室の許可をいただいてもいいかしら」
私が問えば、ブルーノは軽く会釈をして一度部屋に戻った。
そして、「どうぞ、おはいりください」という声を聴いた後、私はヨセフに扉を開けさせる。
部屋の奥には、出会った時よりもさらに顔色の悪くなったエッカットが、執務机で書類を睨みつけていた。
服装は当初と変わらない、漆黒のマントを肩から掛け、襟首の詰まったプールポワンという腰がV字型にカットされた上着に、比較的ほっそりとした長いズボンである。これらも、レースなどの装飾は無く、ボタンに少し模様が入っている程度にとどまっている。
そして、エッカットはちらりと私の顔を見ると、幾度か机を人差し指でたたく。
「報告を聞こう」
「はい、昨日の略歴の方は拝見させていただきました。特に疑問点はありませんでした。
今日の予定もいつも通り午前は勉学に励み、午後からは魔法の鍛練をいたします」
「そうか。以上なら下がれ」
エッカットは眉一つ動かさず、書類に目をやりながら、気のない返事を返す。
興味がないなら毎日執務室に呼び出さないでほしい。
私は半目になりながら、昨日の夜の出来事を思い浮かべた。
「それと、なんですが、昨日魔法の発現を確かに確認いたしました」
エッカットの眉がしらがピクリと動く。
「....................ほう、なるほど。やっとか」
先ほどまで殆ど興味のなさそうな顔をしていたエッカットが、私の言葉に視線を上げた。
骨ばっているからか、浮き出た眼球の動きがありありと分かる。
「ふむ、それで引き金は何だった?」
私はエッカットの問いに対して、昨日気が付いたことを話す。忘れていたあの出来事を思い出したこと、それが魔法を引き出すトリガーになったこと。
エッカットは顎をさすりながら、私の話を興味深げに耳を傾ける。
「ふむ、面白い。その記憶の引っかかりを感じたのはいつ頃だ?」
「正確には分かりませんが、呪いを受けた時だと思います。養父様から魔法の話をされた時から引っかかりを覚えていましたから」
自身の記憶に引っかかりを感じたのは、あの時だった。
身体変化という言葉をエッカットの口から聞いた時、なにか水底に沈んでいた記憶の鱗片が見えた気がしたのだ。結局その時は霞む記憶の中からその糸口を手繰り寄せることはできなかったが。
「....................なるほど、......興味深いな。これはなかなか面白い発見したかもしれん。感謝しよう。
その力のことや、記憶のことを他言するな。いいな」
エッカットの言葉に、私は黙って頷いた。
呪いの件もそうだが、こちらも知られれば自身が不利になる情報である。そう簡単に口に出す訳がない。エッカットもそれを心得ているのだろう。
それだけ言うと、退室を命じられる。
後ろのブルーノはすでに扉を開いている。さっさと帰れと言わんばかりの扱いだ。もちろん、こんなところに長居などしたくない。さっさと退散するに限る。
私は軽く礼をすると、早足で執務室から出ていった。
扉を閉め、私は小さく吐息を零す。
やっと終わった。いや、スタートラインに立てたというべきか。
「よかったですね」
隣を歩いていたヨセフがそう小声話しかけてくる。
私はそれに肩をすくめて、苦笑した。
確かに肩の荷は降りたが、まだ使えるようになっただけだ。別人になるれるようになるまで、私は魔法を高めなければならない。道のりはまだまだ長い。
「これからが大変なんだよ。阿呆」
口から出た言葉は相変わらずだったが、少し体が軽い気がしていたのもまた事実だった。
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