第2話
「本当に馬鹿なことを考えたよな、クレストは」
「な。あのまま家にいれば、どこかの貴族家に婿入りでもして生活できたはずなのにな」
俺を連行する騎士たちが、御者台でそんな話をしていた。
馬車内にいた騎士もその声が聞こえたようだったが、ピクリと反応しただけで何も言わなかった。
嘘をつく理由なんてない。
さっきの騎士が言っていたように、自由こそなかっただろうが、俺は貴族として人生を終えられるだけの立場だった。
……わがままで、人を奴隷のように扱う婚約者とはいえ、な。
それが、公爵家に生まれるということだった。
だから、こんなことするはずない!
そう……訴え続けたが、誰も信じてはくれなかった。
――俺は罪人と同じ扱いを受け、馬車に乗せられていた。
手枷、足枷を軽く動かす。しかし、そうした瞬間、騎士に睨みつけられる。
……下手な動きは見せるな、ということだ。
向かう先は、転移魔法陣だ。
その転移魔法陣は魔物がいるとされる下界へと繋がっている。
……やがて、転移魔法陣が見えてきた。
俺も何度か遠目で見たことがあるな。
あの時は、罪人を下界送りにするため……だったか。
まさか、今度は自分がそれに乗るなんて思いもしなかった。
幾何学模様の魔法陣が地面に記されている。
魔力を込めることで、魔法陣の上に乗った人を下界へと転移させられる。
そこには、父と兄たちの姿があった。
エリスはいない。
もともと、成人の儀の時も体調悪かったと聞いていたからな……。
父は未だに怒りが収まらないようで、こちらを見ると目を鋭く尖らせた。
兄たちは、いつものような馬鹿にした顔で俺をあざ笑っている。
「……父上、俺は嘘をついていません」
「ならば、ここで証明してみせろ。スキルを獲得できるのだろう? そうすれば、その枷を外してやる」
「……できません」
「……嘘つきめがっ」
……違う。嘘をついているわけではない。
本当に、ポイントさえあればガチャを回せるんだ!
……それでも、俺は証明する手段を持っていない。ガチャの画面は、俺以外には見えていないみたいだからな。
魔法陣の中央に置かれた俺は、そこで手枷を外された。
足枷はついたままで、騎士が鍵を渡そうとしてきたところで彼に声をかける。
「……せめて、剣を持たせてはくれませんか?」
そう俺が声をあげると、兄たちがげらげらと笑った。
「何ふざけたこと言ってやがる! 嘘つきの罪人が!」
「そうだそうだ! さっさと魔物に食い殺されちまいな!」
……しかし、俺はそれに対して言い返す。
「罪人が下界送りされる本来の理由は、下界にいる魔物を討伐することだったはずです。公爵家の者が、個人的理由を主張するのは、問題ではありませんか?」
「それを、神様に対して嘘を吐いた人間がいうのか?」
父が苛立ったような声を上げる。
……スキルを手に入れるスキル、として父はたくさんの人を呼んでいた。
それを俺は、止めるべきだった。
あるいは、スキルの検証が済むまで、俺が黙っておけばよかったのだ。
みんなに認められたくて、浮かれてたから。
「……ですが、お願いします。下界の魔物を一体でも多く倒し、この上界が長く安全に暮らせるようにしたいんです」
……そんなつもりはない。
ただ、この正当な理由を並べ、せめて魔物への抵抗手段を手に入れておきたかった。
その時だった。
俺の見張りをしていた騎士が、こちらへとやってきた。
それから彼は、腰にさげていた剣を外した。
「これを使うといい」
「……ありがとうございます」
騎士が俺の腰に剣をつけてから、俺のほうに鍵を渡してきた。
しっかりとそれを握り、足枷の鍵を外して騎士に鍵を返した。
すべての準備が整った。
その瞬間、魔法陣が強い光を放つ。
光に目を閉じる。浮遊感のようなものを感じたのは一瞬。
光が治まり、目を閉じると……そこは何かの森だった。
俺が驚いて周囲を見てから、足枷を外した。
……ここが、下界なのだろうか?
下界というのは、魔物が跋扈する場所だ。
とてもじゃないが人間が暮らせない。
俺が先ほどまでいたのは上界と呼ばれ、人間だけが暮らしている世界だ。
上界と下界の間には頑丈で強固な門がある。そこは王国の精鋭たちが守っていて、容易に下界の者が上界には上がれないようになっていた。
犯罪者で重罪を犯した者は、転移魔法陣に乗せられ、この下界へと移動させられる。
転移魔法陣は下界のどこかにランダムで飛ばす魔法で、古より伝えられてきたものだ。
その仕組みは、未だ解き明かされていない。ただ、便利だから貴族たちはよく使っている。
……とりあえず、これからどうするかね。
サバイバルの知識はそれなりにある。公爵家の生まれだが、兄たちにいじめられ過酷な環境での生活には慣れている。
――絶対に死んでたまるか。この下界で、俺は生き抜いてやるんだ。
腰に差した剣を軽く振り、調子を確かめる。
……とりあえずは問題なさそうだな。
しばらく歩いているときだった。魔物のうめき声が聞こえた。
視線を向けると、魔物がいた。……オオカミのような魔物だ。
図鑑で見たことがある。たぶん、ウルフだ。
「ガルルル……」
上界では魔物自体をほとんど見かけない。
俺も戦ったのは一度だけだった。それに、下界の魔物は上界の魔物に比べて強いとされる。
果たして、俺が戦えるかどうか、だな。
使い物にならないスキルしか持っていないしな。
ウルフが飛びかかってくる。
その一撃をかわし、剣を振るがかわされる。
足を振りぬき、土をウルフにかける。ウルフの目がつぶれた。
今だ。勢いよく剣を振り下ろし、ウルフの脇腹を切り裂き、その首を切断した。
なんとか、倒せたな。
騎士学園に通わせてもらったおかげだな。
俺は小さく息を吐きながら、騎士にもらった剣を改めてみた。
……良い剣だな。近くの葉で血を拭い落とした。
ウルフの死体は貴重な肉になる。血抜きをしておいた。
……あとは、火でもつけられればいいんだがな。
ガチャってのは火くらい起こすことはできないんだろうか?
そんな気持ちで俺はガチャを発動した瞬間だった。
目を見開いた。
「……ポイントが入っているだと!?」
入っていたポイントは100。
しかし、俺が下界送りにされるまでの一週間の間、何をしても手に入らなかったポイントが今手に入った。
何がどうなってるんだ? ……いや、理由は明白か。
俺がウルフを倒したからなんだろう。
ポイント獲得の条件は……魔物の討伐か?
……ということは、どっちにしろかなりの外れスキルということは変わりないな。
だって、魔物は上界にはほとんどいない。今のウルフ一体で100ポイントなら、ガチャを回すには最低でも五体は倒さなければならない。
魔物五体と戦うなんて、一生かけてあるかどうかというほどだ。
……あーくそ! 神様はなんであんな期待を煽るような夢を見せてきたんだよ!
ただ、下界でなら魔物とも戦える。
とりあえずは、ガチャを回すために、魔物を倒さないとな。
これだけ苦労して、ロクなスキルじゃなかったらキレるぞ……。
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