第12話
突然、ワーウルフキングがそう言ってきて、俺は驚いた。
視線を向けると、彼は尊敬したような目でこちらを見ている。
「クレスト。オレはおまえの考えに強く、賛同した。……おまえが、オレの命を奪わない――オレを生かすというのなら、オレはおまえの剣となろう」
ワーウルフキングがそういった次の瞬間だった。
それまで、ワーウルフキングに従っていたワーウルフたちも、一斉に彼の背後につき、膝をついた。
「クレスト様。あなたの言葉に、感銘を受けました! キングとともに、あなたにも忠誠を誓います!!」
「我らの新しい王よ!」
「王の誕生だ!!」
ワーウルフたちが勝手に盛り上がる。
ちょ、ちょっと待て待て!
「だから、俺は王にも首領にも――」
俺が口を開きかけたときだった。
すっと、ゴブリンクイーンが膝をついた。
「ワーウルフ族に並び、我がゴブリン族もあなたに忠誠を誓います、我らの首領」
お、おい!
この状況をさらにややこしくするようなことをするんじゃない!
ふっと、笑みを浮かべたダクルトもまた、ゴブリンクイーンの後ろに回り、膝をつく。
他のゴブリンたちも同じだった。
「我らが新しい王!」
「王! 王! 王!」
ワーウルフ、ゴブリンたちがそろって声を張りあげる。
……俺は自分の頬がひきつるのを理解しながら、小さく息を吐く。
「俺は!」
声を張りあげる。
そうすることで、みんなの注目を集めるとともに、黙らせることができた。
「俺は……これからもこの下界で暮らしていくつもりだ。……おまえたちの王にも首領にもなるつもりはない。だが、ゴブリンとワーウルフが同盟を結び、安定するまでは……似たような立場を受け入れよう」
……妥協点だ。
有事の際にどちらのリーダーに従うのか。
そこまで決めたところで、俺は今の立場から身を引く。
別に俺は王とか首領とか、人の上に立ちたいわけじゃない。
のんびり生活できればそれでいい。
「「「おおお! クレスト王!」」」
……こいつら、人の話を聞いているのだろうか?
滅茶苦茶勝手に盛り上がっている彼らに、苦笑しながら俺はとりあえず片手をあげた。
〇
ワーウルフキングの家へと戻り、俺たちは椅子に座った。
これからどうするのか。その打ち合わせをしていた。
「まず拠点だがどうすればいい? 今のように別れていたほうが良いか?」
ワーウルフキングの提案について、考える。
「まず……拠点を分けるメリットはもちろんある。例えば、どちらかの拠点が襲われたとき、もう片方の拠点に避難できる」
「……なるほど、確かにそうだな。一つに集まった方がよいとばかり思っていたな」
ワーウルフキングとゴブリンクイーンは感心した様子でこちらを見ていた。
これから、どうなるか分からないが……さらに北を目指せばより多くの魔物と戦うことになる。
その際、拠点を二つにわけるメリットは……現状あまり感じられないな。
「だが、それはあくまでどちらもそれなりの戦力を保有しているのが前提だ。……今は一つに固まっていたほうが良い。……ゴブリンの村は、それなりに建物も準備できている。俺たちの村に来てくれるか?」
俺の言葉にワーウルフキングはすっと頭を下げた。
「もちろんだ、クレスト」
「ありがとう。不自由な生活はさせないからな」
「そう言ってくれると助かる。皆も安心させられる」
それから、俺はワーウルフたちが話していた気になることについて、訊ねた。
「ワーウルフキング、答えにくいことを聞いてもいいか?」
「……なんだ?」
彼が首を傾げた。
……決闘の前にワーウルフが口にしていたある言葉――。
「おまえは、追放された、といわれていたな? それは一体どういうことなんだ?」
「……ああ、そうだ。少し長い話になってもいいか?」
「ああ、構わない。おまえのことを聞きたいと思っていたんだ」
「そうか」
ワーウルフキングは小さく息を吐き、それから遠くを見るようにして語りだした。
「オレには双子の兄がいてな。ワーウルフの村で暮らしていた。……兄とオレ、どちらが村を継ぐことになるのか。それは父によって決められることになっていた」
「……なっていた?」
「ああ。父は跡継ぎを宣言する前に、死んだ――いや、殺された」
ワーウルフキングの目が鋭くなる。獰猛な獣のような殺意を吐き出し、それから拳を握りしめた。
「殺したのは、おまえの兄か?」
「ああ……っ、そうだ。父はオレに跡を継がせると、石板に書き残したんだ。だが、それを見た兄が……父を殺した。村を継ぐためにだ」
「……決闘は、しなかったのか?」
「……できる状況じゃなかった。……父殺しの汚名を着せられ、処刑寸前だったんだ。だが――今ここにいる仲間たちによって救出され、何とかここまで来たんだ」
……なるほどな。
ワーウルフキングは悔しそうに唇を噛んでいたが、首を振った。
「すまないな。……これは先に話しておくべきだったかもしれないな。オレたちを抱え込めば、おまえたちもワーウルフたちに狙われることになるかもしれない。……それでも――」
「俺たちは同盟を結んだ。気にするな」
俺がそういうと、ワーウルフキングはぎゅっと唇を噛んだ。
……彼はかなり魔物の心をつかむのがうまいようだからな。
この問題を解決した辺りで、ワーウルフキングかゴブリンクイーンに今の立場を譲ればよいだろう。
俺たちの会話を聞いていたワーウルフたちも、涙を流している。
ワーウルフキングへの信頼が厚いことが、これだけでも良く分かるな。
俺は立ち上がり、周囲を見た。
「みんな、まずは俺たちの村に移動してもらう。必要最低限の物資を準備したら村に移動してもらう。いいな?」
「おおおお!」
ワーウルフたちが声を張りあげる。
彼らが外に出ていくのを見てから、俺も息を吐いた。
「さすがだな、クレスト。誇り高いワーウルフたちをこうも従えるとは……やはりおまえには王の器があるな」
「……いやいや、ワーウルフキングがいるからだ」
そこを勘違いされてもらっては困る。
俺は小さく息を吐いてから、椅子に深く腰掛けた。
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