閑話4:エリス
そんな父の思惑に気づいたのはわたくしだけではなかった。
すっと、一歩前に出たのはミシシリアン家の当主だ。
「王、我々も……クレスト捜索に力を貸しましょう」
「おお! ミシシリアン家も、か!」
「ええ。これは王国の危機です。すべての家が、団結すべき事態です」
「それは頼もしい!」
「ええ、そして、我が家はクレストの捜索に『勇者』ミヌを使いましょう!」
ミシシリアン家当主の言葉に、さすがにこの場にいたものたちがぎょっとした目を向ける。
それもそうだ。
「ま、待て! それでは一体誰がこの国を守るというのだ!?」
「確かに、そうですね。ですが、今のまま手をこまねいていては、クレストを見つけ出すことも不可能でしょう。何より、下界は危険です。中途半端な力を持った者では、満足に捜索することもできないでしょう」
「……なるほど、一理あるな」
「ですから、勇者であるミヌを捜索にあてます。何より、今すぐにこの国が魔物の危機に襲われるとも限りません。ですが、下界に一人でいるクレストは一刻を争うはずです。……どちらを優先するべきかは、明白でしょう」
……確かに、理にはかなっている。
ミヌがすっと一歩前に出て、それから王に頭を下げた。
王は……すっかりその気になったようだ。
「よし、任せよう! 勇者ミヌよ! おまえに、クレストの捜索を頼む!」
「お任せください、王」
すっと、ミヌが一礼をする。それから、こちらをちらと見て、どこか勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
……気に食わない。
わたくしは、一歩前に出た。
「王、わたくしに捜索は任せていただけませんでしょうか?」
「……なに?」
「わたくしも聖女の力をもらってから、非常に強力な肉体となりました。何より、わたくしはクレストの婚約者です。彼に会い、説得するのに、わたくし以上に適任はいないでしょう」
「……ふむ、確かにそうであるな」
王が腕を組み、考えるようなしぐさを見せる。
そのときだった。ミヌがすっと片手をあげた。
「王、それは得策ではありません」
「何? どういうことだ?」
「クレストは普段から話していました。エリスの暴力行為等に精神的に追い詰められている、と」
ミヌめ……余計なことを。
わたくしが、横目でミヌを睨むと、王が首を傾げた。
「どういうことだ、エリスよ」
「……わたくしが、多少クレストに強く当たっていたのは事実です。ですが、それはわたくしという婚約者がいながら、そこのミヌがクレストに色目を使っていたからです」
わたくしの返しに、ぴくりとミヌの眉尻があがった。
……わたくしとミヌはにらみ合う。
わたくしにとって、ミヌは最悪のライバルだ。
容姿的にはもちろん、クレストを奪い合う仲として。
「ふ、ふむ……なるほどな。ミヌよ、それは事実か?」
「事実ではありません。私は、あくまでクレストとは友人として接していました。それに、仮にそう見えたとしても、エリスが私に何か言うのはともかく、クレストに当たるのは八つ当たりではないですか?」
「わたくしはあなたにも言いましたよ? クレストに近づくな、と。ですが、それを聞き入れてもらえなかった。ですから、クレストに話をしたまでです」
「私はそんなことは言われていません」
「言いました」
「言われていません」
こ、このアマ!
わたくしがミヌを睨むと、ミヌもにらみ返してくる。
ここは王の御前だというのに、なんという態度だ。
わたくしたちがにらみ合っていると、王がぱちんと手を叩いた。
「もうよい! どちらがどちらでもな! 今はとにかく、クレストを国に連れ戻すことが先決だ! どちらでもよいから、さっさとクレストを国まで連れ戻してくるんじゃ! 良いな?」
……王はつまり、早いもの勝ちといっているのだろう。
二人同時に下界におりたら、そのとき誰が国を守るのかという問題が発生するが、そこまで王は考えていないようだ。
わたくしは父をちらとみる。
父としても、国にわたくしかミヌのどちらかを残したいようだったが、ミヌに先をこされた場合のリスクも計算しているようだ。
だから、止められることはなかった。
そこでの会議は終わった。
……ハバースト家がこれからどうふるまうつもりかはわからないが、ひとまずわたくしはその場を離れた。
用意された部屋に向かおうとしたところで、ミヌがやってきた。
わたくしの肩を掴んだ彼女が、じっとこちらを睨みつけてきた。
「エリス……あなた、クレストに会ってどうするつもり?」
「戻ってきてもらうように説得しますの」
「あなたが?」
ミヌがはっと笑う。その嘲笑したような汚い笑みに、わたくしが眉根を寄せた。
「何が言いたいんですの?」
「あなたの歪んだ想いに、クレストが応えてくれると思っているの?」
「そんなこと、やってみないとわかりませんわよ」
「わかる。クレストはもうあなたを拒絶した、そうでしょ?」
わたくしは真実をつかれ、言葉をのみこむ。
「あなたみたいなぼっちの根暗に何がわかりますの?」
だからこそ、子どもっぽい喧嘩口調で返す。
「あなたみたいに誰に彼にも股を開くような節操なしじゃないだけ」
「言い方が大変汚いですわね。それで本当に公爵家のお嬢様なのかしら?」
「それはこっちも言いたい。私はまだ生まれが悪いけど、あなたはまさに長女の正当な血が流れているはず。ああ、その正当な血が、そもそも汚れているんだ」
ミヌとわたくしはにらみ合う。
「……わたくしは、クレストに会って戻ってきてもらうように話しますわ」
「あっそ、やっぱりクレストのこと、何もわかっていない」
「……どういうことですの?」
「クレストが昔から欲しかったものは自由」
「……ええ、知っていますわよ。だからこそ、公爵家の立場を用意しましたのよ」
「そんなもの、クレストは喜ばない。じゃあね、エリス」
ミヌはそう言い残して、私の前を去っていった。
どこか勝ち誇った彼女の表情に、わたくしは腹立たしい思いを抱えていた。
……まさか、ミヌは――。
わたくしの中でよぎった一つの考え。
クレストが万が一、下界での生活を望んだとき――ミヌはそれに同行しようとしているのではないだろうか?
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