第10話


 必要最低限のゴブリンを引き連れた俺は、ワーウルフの村へと向かっていた。

 この場にいるのは、ダクルトを含めた初めに名前を与えたオスのゴブリンたち。

 それと、ゴブリンクイーンにルフナ、ゴブリアたちだ。 

 

「すみません、クレスト様。交渉までも協力してもらうことになってしまって」

「いや、別にいい。楽に生活できるようにするためなら、ワーウルフたちも味方につけたほうがいいからな」


 不安げなゴブリンクイーンにそういうと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。

 やがて、ワーウルフたちの村が見えてきた。 

 屈強そうな門番が鼻を引くつかせると、こちらを見た。

 

 ……魔物っぽいな。ゴブリンクイーンのような人間に近い体つきをしているのはやはり珍しいようだ。


「……ゴブリンクイーンか。何用だ?」

「同盟の話をしにきました」

「そうか……そちらの人間は」


 ワーウルフが俺を睨むように見てきた。


「俺はクレストだ。ゴブリンたちの味方をしている人間だ」

「そうか。少し待っていろ。ワーウルフキング様に報告してくる」

「ありがとうございます」


 ゴブリンクイーンがすっと頭を下げる。

 少し離れたところに移動し、そこで待機する。


「ワーウルフキングってのが、このワーウルフたちのリーダーってところか?」

「はい、首領ですね。私たち、魔物の長は、皆首領と名乗るんです」

「……なるほどな」

 

 待つこと数分。

 門番がこちらへとやってきた。


「ワーウルフキング様がお呼びだ。ついてこい」


 門番が顎をくいっとあげる。

 俺たちは顔を見合わせた後、村の中へと入っていく。

 ……ワーウルフたちは皆大人のように体が大きく、それだけでゴブリンよりも強そうに見えた。


 ワーウルフの俺たちを見る目は、完全に馬鹿にしたような視線だった。

 ……とはいえ、数名はゴブリンたちの変化に気付いている者もいたようだったが。


 ここに連れて来たゴブリンたちは、いくらかゴブリンらしさが抜けている。

 俺が名前を与えたことで、若干の変化が出ているものたちだ。

 ダクルトに至っては、進化もしたため、かなり変わっているからな。


 その辺りで、察する魔物も僅かにはいるようだった。


「ここが、ワーウルフキング様の家になる」


 門番がそういうと、案内はそこまでのようだ。

 ……家、か。

 ゴブリンたちよりも建築技術はあるようだったが、やはりそれでもどこか造りは残念なものだった。

 それでも、魔物なのにこれだけの技術を持っていることを褒めるべきなのだろうか?


 そんなことを考えながら、俺がその家に踏み込んでいく。

 入ってすぐだった。大きな椅子に腰かけていたのは、一人のワーウルフだった。

 ……意外だった。他のワーウルフたちと比較して、彼はすらりとした体つきをしていた。


 長身ではあったが、無駄な筋肉はついていないようだった。だが、やせ細っているというわけではなく、しっかり必要最低限の筋肉があるようだった。

 彼の脇では、ワーウルフたちが護衛のように立っていた。そちらはやはり、筋骨隆々の体つきだ。


「良く来たな、ゴブリンクイーン」

「お久しぶりです、ワーウルフキング」


 ワーウルフキングが立ち上がり、こちらへとやってくる。

 ゴブリンクイーンがすっと一礼をすると、ワーウルフキングは俺には目もくれず、ゴブリンクイーンへと近づく。


「それで、同盟の件はどうなった?」

「……ゴブリン族があなた方の下につくという話ですが……拒否させていただきます」

「ほぉ……ゴブリンクイーン。確かにおまえがゴブリンの中でも類まれな力を持っていることは知っている。だが、オレたちワーウルフたちと張り合えるのは、おまえ一人のはずだ。このまま、戦争を起こしたいというのか?」


 ゴブリンクイーンはそこで首を振った。

 俺が、ワーウルフキングとの間に割って入った。


「なんだ、貴様は?」

「俺はクレストだ。戦争を起こすつもりはない。俺たちは、あくまで対等な同盟を結びにきたんだ」

「対等だと? 笑わせるな。おまえたちゴブリン族がワーウルフ族と対等な関係になどなりえるはずがないだろう!」


 ワーウルフキングの強い口調に合わせるようにして、ワーウルフたちが動き出した。

 俺たちを囲むようにいるワーウルフの数は、二体だ。


 威圧するように視線は鋭く、絶え間なくこちらを睨み続けていた。

 ゴブリンたちはその威圧に一瞬表情を引きつらせていたが、それでも果敢ににらみ返していた。


 ワーウルフキングが視線を向ける。

 その瞬間、ワーウルフが突っ込んできた。

 一瞬で間合いを詰めてきたワーウルフが拳を振りぬくのにあわせ、ダクルトが剣を抜いた。

 ワーウルフの拳に合わせるように剣を抜き、ワーウルフがぴたりと動きを止めた。


「ここで、戦争を開始するつもりか?」


 俺がそういうと、ワーウルフが視線をワーウルフキングへと向ける。

 予想外、だったのだろう。

 何が? ダクルトがワーウルフの動きについてこれるとは考えてもいなかったようだ。


「……この短期間の間に一体何をした? ゴブリンたちがここまで強くなったのは、貴様が何かしたな?」

「俺が名前を与え、進化させた」

「……なに?」


 ワーウルフキングの眉尻がぴくりと上がった。

 俺は彼に一歩踏み込んで、その目を睨みつけた。


「彼はゴブリンじゃない。彼の名前はダクルト。誇り高い、ゴブリンの戦士だ!」


 俺が宣言するとともに、ダクルトが剣を鞘へとしまう。ワーウルフもまた、悔しそうに一歩退いた。


「ここに集まった戦士は、皆名前を持っている! そして、村にいるゴブリンたちも同じだ!! ここで、俺たちを下に見て、敵対するというのなら、それも選択肢の一つだ。ただ、決して安い代償ではすまないぞ、ワーウルフの王!」


 俺がそう叫んでから、ワーウルフキングを睨んだ。

 ワーウルフキングは俺をちらと見てから、鞘から剣を抜いた。


「人間、名前を何という?」

「クレストだ」

「そうか、クレスト。……貴様をゴブリン族の代表と見込み、決闘を申し込む。……オレたちが勝てば、貴様たちには下についてもらう。条件はただ一つ、クレスト貴様の力でオレたちに名前を与えろ」

「……わかった。もしも、こちらが勝った場合はどうする?」

「おまえたちの自由にしてくれていい。オレたちを下につけても良い。……ただし、命を奪うというのであれば、オレの首だけで我慢してほしい」


 ……全面衝突は避けられたな。

 ……俺が代表者として決闘を申し込まれるのは意外だったが、これならばゴブリン族たちも決してないがしろにはされないだろう。

 俺がゴブリンクイーンをちらと見ると、彼女はこくりと頷いた。

 ゴブリンたちもまた、俺を信じ切ったような目で見てきた。


「分かった。その条件で引き受けよう」

「準備はできているのか?」

「ああ、ここに来た時からな」

「そうか。それなら、外に出ろ。これより、決闘を行う!!」


 ワーウルフキングの宣言によって、ワーウルフたちが慌てた様子で外へと飛び出した。



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