第31話


 ルフナ、ゴブリアを待機させながら俺はアリブレットを見た。

 ……ああ、本物だ。

 憎たらしい笑顔を顔に浮かべている彼は……紛れもなく俺をいじめていた次男だ。


 アリブレット。

 彼はよく、俺を痛めつけるのが好きだった。

 小さいころ、剣の訓練と言われ、真剣を使って彼と打ち合っていた。

 

 俺が転べば、アリブレットは嬉々とした笑みとともに俺の足を浅く斬ってきた。

 後遺症が残るようなことはなかった。ただ、足は真っ赤になるほどの斬り傷ができていた。


 ――大嫌いな兄の一人だ。


 ……なぜ、ここにいるんだ?

 戸惑いと困惑が入り混じる。

 彼は笑みを浮かべながら、こちらへと近づいてきた。アリブレットに合わせ、五名の騎士がともに歩いてきた。


「よぉ、クレスト。なんだ結構元気にしてるじゃねぇか?」

「……アリブレット、なんでここにいるんだ? おまえも下界送りにされたのか?」


 俺がそういうとアリブレットの眉尻がぴくりと動いた。

 ……俺が敬語を使わずに話したのが気に食わないようだ。

 だがもう俺に立場なんてものはない。


「下界送りの件は悪かったな。あれはちょっとした余興だ。迎えにきてやったぜ、クレスト」

「……迎えにきてやった? 何が余興だ。こっちは死にかけたんだぞ?」

「でも生きてるじゃねぇか。おいおい、そんな怒るなよ。ただの遊びだぜ? 何ムキになっているんだよ」


 へへ、とアリブレットは小ばかにしたように笑う。

 ……謝罪でも口にしたほうが、まだこちらの怒りが納まるものだが、そんなこともわからないらしい。


「なんでここに来たんだアリブレット」


 アリブレットはしばらく黙っていたが、小さく息を吐いた。


「……おまえの『ガチャ』って能力は、どうやら神様がくれた最強の能力の一つらしいんだよ」


 アリブレットが淡々と語りだした。

 ……俺の『ガチャ』が最強の能力? 教会とかで教えてもらったのだろうか?

 ……確かに、このスキルはほかのスキルよりも優秀だ。


 アリブレットは、それを聞いたから俺を迎えに来た……ってところか。

 なんて、自分勝手なんだ。


「俺はあんたたちにいらないと捨てられてここにいるんだよ。もうあんたらのところに戻るつもりはない」

「おいおい。オレたちはおまえに公爵家の座も譲ろうって考えてるんだぜ? そういうなよ、な?」

「……公爵家の座なんざいらない」


 アリブレットはため息をつくようにして、こちらへと近づいてくる。


「……なあ、クレスト。今まで色々といじめて悪かったよ。けど、おまえもわかるだろ? オレは次男で長男にはどうしたって逆らえない。逆らえば、家での立場を失う。だから、仕方なかったんだよ」

「一緒に楽しんでいたように見えたのは気のせいか?」


 俺が剣をアリブレットに突き付ける。

 彼が足を止め、苛立った様子でこちらを見てきた。


「……いい加減、調子乗らねぇ方がいいぞクレスト? 最後の警告だ。オレと一緒についてこい。そうすりゃ、てめぇの家での立場を保障してやる」

「俺はここで生きていくって決めたんだよ。あんたについていくつもりはない」


 俺がアリブレットにさらに剣を突き付けたときだった。

 アリブレットが口元をゆがめた。


「なら――こっちも好きにさせてもらうぜ! ファイアキャノン!」


 アリブレットが声を荒らげ、片手をあげた。

 その手から放たれたのは火の弾だ。真っすぐに飛んできたそれを、俺は横に跳んでかわした。


「おい、騎士共! こいつに奴隷の首輪をつけて連れ帰るぞ!」

「……かしこまりました」


 騎士たちはすっと剣を構える。数は五人。アリブレット含めて、敵は六人だ。

 アリブレットは、数の優位性からか酷薄な笑みをこぼしていた。


「おとなしく従っておけばよぉ、傀儡として仮初の当主に成れたってのによぉ」

「最初からなるつもりはないし、今だってついていくつもりはないぞ」

「はっ! 何を言ってやがる? そっちは一人だろ? たかが、一人で何ができるんだよ」


 俺はちらと視線をルフナとゴブリアに向ける。

 彼女らがこくりと頷き、走り出す。

 同時、俺は召喚士のスキルを発動。騎士たちの背後にルフナとゴブリアを召喚した。


「ゴブ!!」

「ガル!!」


 現れた二体は先制攻撃とばかりに騎士に踊りかかる。ゴブリアが殴ると、騎士は人形のように吹き飛ぶ。

 ルフナが噛みつくと、その鋭利な牙が騎士の鎧をたやすく引き裂いた。


「は!?」


 驚いたようにアリブレットが振り返る。

 その隙に、俺は一気に距離をつめ、アリブレットの顔面へと剣を叩きつける。


「ぶべ!?」

 

 派手に地面を転がったアリブレットを一度無視し、騎士と向かいあう。

 残る騎士は三人。ゴブリアとルフナが二体へ攻撃し、俺は騎士へと斬りかかる。

 剣の打ち合いになる。だが、技術、力、すべて俺が凌駕していた。


 隙だらけとなった騎士の首に剣を叩きつけ、その体を蹴り飛ばした。

 ルフナとゴブリアも戦闘を終え、俺のほうにやってきた。

 二体の頭を軽くなでると、がたがたと震えていたアリブレットがこちらを見ていた。


「て、てめぇ! 落ちこぼれの雑魚のクレストの癖に、オレに逆らうのか!?」

「ああ。俺は俺の自由を邪魔するっていうのなら、国だろうが世界だろうが相手にしてやるっ! 俺はクレスト! 親も家ももういらない!!」

「……くそったれが! ファイアキャノン!」


 彼の放った火の弾に、俺は土の壁を出現させてうけた。

 ……この土魔法でさえ受け切れる程度に、彼のスキルは弱かった。


「ファイアキャノン! ファイアキャノン!」


 焦るように彼は何度も火の弾を放ってきたが、それをすべて土魔法で受け続ける。

 アリブレットが再び叫ぼうとしたとき、彼は唇を噛んだ。顔色は悪く、魔力を失っているのが分かった。


 近づいた俺は、彼の足へと剣を叩きつける。


「ぐああ!!?」


 右足の次は左足を。両足から血が流れ、アリブレットが悲鳴をあげる。

 ……こんなところでいいだろう。


「い、いだい……た、助けてくれぇ、く、クレストぉ……いでぇよ、足が、いでぇ……うごかねぇよ……」

「助けてくれ?……俺をいたぶった時あんたは助けてくれたか?」

「悪かった……悪かったよぉ……頼む……もう、何もしないから……」


 涙を流しながらそう腕を伸ばしてきたアリブレットに、俺は唇をぎゅっと噛んだ。

 それから、俺はポーションを彼に投げ渡した。


「上界に戻って報告しろ。俺に手出しするのなら、次はないからな……っ!」


 俺はそういってからアリブレットに背中を向けて歩き出す。

 アリブレットは必死な様子でポーションを飲み終え、そして――。


「……ふざけやがって! オレ様を散々コケにしやがったな!!」


 強烈な魔力が背後から伝わってきた。

 俺は小さく息を吐いてから、振り返り、土魔法を展開する。

 彼の一撃を魔法で受け止めた次の瞬間、俺は彼へと距離を詰め、その足を切り裂いた。


「ぐああ!?」

「……」


 彼が足を押さえ倒れる。

 それから俺は、剣を鞘へと戻し、歩き出す。


「く、クレスト……っ!」


 助けてくれ、というのだろうか?

 ……冗談じゃない。もう、彼にチャンスを与えるつもりはなかった。


「た、頼む! 助けてくれもう何もしない! 本当だ! それに、なんでもする! 頼む、頼むよぉ!」


 俺は彼の言葉を無視して、歩き続ける。

 その時だった。感知術に魔物の反応があった。


 ゴブリンたちだ。おそらく血の臭いに誘われてきたのだろう。

 俺はゴブリンたちがアリブレットのほうへと行くのを確認し、そちらに視線を向ける。


 遠目に眺めていると、ゴブリンたちはアリブレットの体を運んでいっていた。

 ……ゴブリンというのは、性欲の強い魔物と聞いたことがある。

 ……男が犯されたこともあるというのは、何度か聞いたことがある。

 

 ……ま、まさかあいつらアリブレットをそういう目的で――?

 アリブレットは泣きながら悲鳴をあげていた。それがうるさかったのだろう。

 ゴブリンが無理やり口を押さえつけていた。


 まあ、生きていられるのなら良いんじゃないか? 俺はすでに、彼への復讐は済ませた。

 

 その先の彼の人生を決めるのは、俺ではなくこの下界だ。

 小さく息を吐いてから、俺はアリブレットに背中を向ける。


 俺はもう、クレスト・ハバーストではない。

 俺はただのクレスト。親も家も持たぬただのクレストだ。

 

 上界になんて戻らない。

 貴族? 公爵? そんなものに未練なんてない。

 俺はここで自由に生きるんだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る