閑話2:エリス



 わたくしは、一体どうして、予定よりも早くクレストの下界送りが決まったのかについて聞いた。

 聞き終えたわたくしは、自分を整理するため、メイドを部屋からだし、一人ため息をついた。


 ため息をついた瞬間だった。わたくしの目からぽろぽろと涙があふれてしまった。


「……もっと、もっと早く気付いていれば」


 その声は部屋の静寂に飲まれた。

 もっと、彼を純粋に好きになっていれば――もしかしたら、今頃クレストはわたくしの隣で笑っていてくれたのだろうか?

 わたくしが、もっと素直になれていれば……もう二度と会えないなんてこともなかったのだろうか?


 そんないくつもの、『もしも』の未来を想像して、わたくしはいよいよ涙をこらえきれなかった。

 嗚咽をあげ、部屋にあったタオルで必死に目元をぬぐった。それでも、止まることはない。


 さらに涙はこぼれ、抑えきれなくなる。

 そうして、わたくしは精一杯に自分の気持ちを吐き出した。

 


 〇



 クレストが下界へと転移してから、一週間が過ぎた。

 王城への呼び出しがあったため、わたくしは家族とともに向かっていた。


 今回の呼び出しはわたくしたちだけではなく、三大公爵家すべてだった。

 それも、可能ならば全員参加、というものだった。


 国内には三つの公爵家がある。この公爵家と王族たちが、この国の政治の中心である。

 その家々のすべての人間を集めるということは、それだけ何か大きなことが起

きていることでもあった。


 王城についたわたくしがすぐに大広間へと移動する。

 王の入場を待っているときだった。クレストの兄がやってきた。

 わたくしとそう年齢は変わらない。確か、クレストの一つ上だったかしら?


「エリス様。お久しぶりです、今日もお美しいですね」

「……ええ、そうですわね」

 

 わたくしは彼の視線がわたくしの胸や腕、首元に向いているのがわかった。

 その気持ちの悪い視線の動きを理解しながらも、わたくしはいつもの『綺麗で、美しいエリス』として振舞った。


「確か、あの無能を下界送りにする少し前にお会いしたのが、最後でしたか」

「そう……でしたかしら?」

「そうですよっ。ほら、エリス様が無能の顔を見に来た時があったじゃないですか! その際に、お話ししたでしょう?」

 

 楽しそうに語るクレストの兄。

 ……そんなこともあったかもしれない。クレスト以外のハバースト家に興味がないので覚えていなかった。


「どうでしょうか? 無能もいなくなったことです。エリス様の婚約者として、私はどうですか?」


 笑みを浮かべたクレストの兄に、わたくしは微笑を返した。


「今は、他の方について考えられませんの。申し訳ありませんね」

「はは、もしかして、あの無能のことで悲しんでいるのですか? さすが、エリス様はお美しき、お優しい方です」


 かちん、ときた。

 普段のわたくしなら、きっとこの程度の言葉に苛立ちはしても、わざわざ口にはしなかっただろう。

 けれど、わたくしはにこりと笑みを浮かべて返した。


「はい、とても悲しんでいますの」

「それはそれは。それでは、私があなたのその悲しみを慰めてあげましょう。何より私は、無能よりもいくらも優秀で――」

「申し訳ございません。わたくし、クレスト以上の異性を知りませんの。あなたごときでは、クレストの代わりは務まりませんわ」

「……なっ」


 驚いたような顔をしたクレストの兄からそっと視線を外し、わたくしは一礼のあとに、去った。

 それから、少し離れた場所にいた父の近くに移動する。


 誰かに声をかけられても面倒だったから、父の陰に隠れることにしたのだ。

 

 そうしながら、考えることはクレストのことだった。

 後悔というのは、絶対に後からついてくるものなんだろう。


 もしも、わたくしが昔の自分に言えることがあるのなら……もっと素直になってと言いたかった。

 もしも……そんな機会があるのなら――。


 そんなことを考えていたときだった。

 大広間が一瞬で静寂に包まれた。

 王が、入場してきた。合わせて、近くにいたものたちが一斉に膝をつく。


 わたくしも、王が近づいてきたところで膝をついた。

 王は、用意されていた椅子へと向かい……腰掛ける。それを、視線だけで追いかける。

 やがて、王が片手をあげた。


「顔をあげよ、皆の者」


 王の言葉に、わたくしたちはすっと立ちあがった。

 それから、王が声を張り上げた。


「今日、この場に呼んだ理由は簡単だ。……先日突如出現した魔物に関しての話だ」

「……それであれば、我がミシシリアン家が対応したものですが、何か不備でもありましたか?」


 そういったのは、三大公爵の一つミシシリアン家だ。

 公爵家は全部で三つ。


 クレストの家である、ハバースト家。

 わたくしの家である、リフェールド家。

 そして、スキル『勇者の一撃』を与えられた子を持つ、ミシシリアン家。


 これがこの国のトップたちだ。

 特に、ミシシリアン家は、『勇者の一撃』を持つ子を、『勇者』とまつりあげ、今もっとも王からの信頼を厚くしていた。


 王は、そんなミシシリアン家当主の言葉に首を振った。


「いや、それについては問題ない。だが……そのあと、教皇がある神の啓示を授かったのだ。その文章が、教皇から先日届いた」


 そういうと、騎士団長が折りたたまれた紙を持って歩いてきた。

 一礼のあと、騎士団長が紙を広げ、声をあげた。

 教皇からのいくつかの挨拶が続いたあと、本題へと入る。


「さて、私が今回このように手紙を書いたのは、私が神より夢を授かったからだ。それは、これから先、大量の魔物があふれいずるというものだ」

「大量の魔物だと!?」


 驚いた様子でハバースト家当主が声をあげた。

 わたくしの父も眉間を寄せている。

 どこか、余裕そうなのはミシシリアン家であった。……以前の魔物騒動の際、『勇者』がその騒動を押さえこんだからだろう。


 騎士団長は場が静まったところで、読み上げを再開する。


「だが、神は段階的に力を与えてくださるともおっしゃった。そのスキルを持った者たちを以下に示す」


 騎士団長はそういったあと、もう一枚の紙を取り出した。


「まずは、スキル『勇者の一撃』」


 そのスキル名があがった瞬間、ミシシリアン家当主は自慢げに胸を張った。

 そして、騎士団長は次のスキルを読みあげる。


「次に、『聖女の加護』だ」


 ほっとしたように、わたくしの隣で父が息を吐いた。

 ……『聖女の加護』はわたくしが持っているスキルだ。

 二つの公爵家がスキルを持っていたからか、ハバースト家当主の顔色が明らかに悪かった。


 元々、この中では一番立場が弱かったのだからそうなるのは当然だ。


「そして最後は……『ガチャ』だ」



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