閑話:アリブレット・ハバースト1



 ハバースト家では、緊急の会議が開かれていた。

 その理由は簡単だ。

 このままでは、クレストが家に戻ったとき、オレたちのほとんどが家での立場を失うと考えていたからだ。


「オレは……大丈夫だ。オレはクレストに優しくしてやったこともある」


 と、三男がいうと、長男ががたんと立ち上がる。


「お、オレだってそうだぞ! 第一、いじめていた張本人はおまえじゃないか!」


 長男の言葉に三男が歯向かう。普段ならばありえない光景だ。

 我が家では長男の言うことは絶対だ。長男に逆らうことなんてできやしない。

 それは次男であるオレでも同じだ。

 だが、今は非常事態だった。……このままではクレストにすべての権利がいってしまうため、皆強気だった。


「はぁ!? それはない! 兄さんが命令を出したんじゃないか!」


 三男と長男が喧嘩しているのをオレはじっと見ていた。

 ……オレたち兄弟は、醜く罪を押し付けあっていた。

 彼らは本心でそう言っているわけではない。

 誰かに罪を押し付け、クレストが戻ってきたときに何とか自分は助かろうとしている愚か者たちだ。


 と、父が机をがんと殴った。


「おまえたち! 馬鹿なことを言い合っている場合じゃない! ……今は、誰がクレストの捜索に向かうのか。それを決めるのが先決だ!」


 父が顔を真っ赤にして怒鳴ると、さすがに全員が口を閉ざした。

 長男たちは、「おまえがいけよ」とばかりに視線をかわしあっていた。

 ……誰も、捜索になど行きたくないのだ。

 

 だって、下界は魔物であふれている。一度踏みこめば、命を失うとさえ言われているほどに危険な場所だからだ。

 だが――オレはこの瞬間を待っていた。


「父上、オレが行きます」

「アリブレット、本当か!?」


 驚いた様子で皆が見てくる。……むしろ、オレのほうが彼らに驚いているくらいだ。


「はい。騎士を貸していただければ、かならずクレストを見つけ、ここに連れてきましょう」

「そ、そうか……っ! だ、だが……見つけたとして連れてこれる確証はあるのか?」

「ええ。オレが必ずや説得してみせましょう」


 オレの言葉で、ハバースト家の会議は終了した。

 部屋へと戻ったオレは、それから騎士に用意させた奴隷の首輪を確認していた。


「これが犯罪者に使用される奴隷の首輪だな?」


 オレの言葉に、騎士がこくりと頷いた。


「使い方は?」

「まずは意識を奪い、無理やり首輪をはめます。そうすれば、着用者の言うことを無理やり聞かせることが可能です」

「なるほどな」


 オレはそれを旅用に用意していたカバンへとしまう。


「で、ですが……これはあくまで犯罪者にもちいられるものです。いまの立場のクレスト様に使って、万が一それがバレてしまったら――」

「あいつは、オレたちにはっきりとガチャの効果を伝えなかった。それだけで、十分犯罪に値する!!」


 オレはそう叫んでから、騎士を部屋から追い出す。

 ……思わず、口元に笑みが浮かんでしまう。


 オレだって、危険な下界の捜索はしたくない。

 だが、少し考えれば、クレストに誰よりも早く接触する必要があることは容易にわかる。


 ……簡単な話だ。

 今、この家で尻尾を振るべき相手は父でも兄たちでもない。

 悔しいが、クレストだ。


 だが……オレだって馬鹿じゃない。クレストがオレの説得に首を縦に振るとも思えない。


 だから、クレストに奴隷の首輪をつけ、オレの操り人形にする。

 そうすれば、オレ以外の人間を追い込み、オレだけが有利な立場をもぎ取ることだって可能だ。


 ……見てろよ、イギリル。

 オレは長男であるイギリルを思い出しながら、ほくそ笑む。

 これまで、散々次男に生まれたことを馬鹿にされてきた。その復讐だ。



 〇



 下界と上界の移動は、転移魔法陣だけではない。

 ……下界と上界が直接接触してしまっている場所があるのだ。

 そこはゲートと呼ばれている。


 上界と下界の間にはやや下り坂の長いトンネルがある。

 その上界側にははるか昔に強固な門が作られ、今もなお固く閉ざされた巨大な門があった。


 門では、上界を守護するための下界の監視者(ゲートキーパー)と呼ばれる人々がいる。

 今オレは彼らとともに門を歩いていた。


 オレは引き連れてきた騎士とともに下界へとつながるトンネルを眺めていた。


 下界の管理者が灯りを渡してきた。木の棒の先に魔石をつけた灯りだ。

 魔力を吸収することで光を放つ魔石が、ぼーっとトンネルの先を照らしてくれた。


「……王の指示があってから、我々は探索範囲を拡大していきましたが、現在のところクレスト様は見つかっておりません」

「そうか。ふん、まあおまえたちのような犯罪者どもなんてアテにはしていないさ」


 下界の監視者、なんて言われているが……所詮犯罪者の集団だ。

 この門を守る人々は、全員奴隷の立場に落ちた犯罪者なのだ。

 というのも、やはり危険を伴う仕事だ。昔は名誉ある仕事だとか騙して人を派遣していたようだが、今ではなりてがいない。


 元々は犯罪者であるが今は一応、名誉ある仕事につけているのだから牢にぶち込まれるよりはよっぽどマシだろう。

 門の案内役としてついてきた下界の監視者は、オレのほうを見ながらトンネルの先について説明をしてくれる。


 この辺りにはゴブリンがいて、さらにその奥に行くとウルフがいるらしい。

 とにかく、危険、危ないということをアピールしてくる彼がうっとうしくて仕方なかった。


「ゴブリンもウルフも見たことはないが、大した魔物ではないだろう。こっちは精鋭の騎士だぞ?」


 オレが今回の調査で連れてきた騎士の数は20人だ。

 ゴブリンもウルフも弱い魔物として聞いたことがある。まさか、騎士が下界の管理者共に劣るはずもない。


「……はい。ですが、騎士の戦いは対人戦に長けております。魔物相手では、多少なりとも感覚が変わってくるはずです」

「騎士を愚弄するのか、いい身分だな」

「そ、そんなことはございません。た、ただ……油断だけはなさらぬように。地上の魔物に比べ、下界の魔物たちは手ごわいです。同じ感覚で戦っては命を落とすことになります」

「そうか」


 ……何を言っても無駄だな。

 下界の管理者たちは戦士でもなければ、騎士でもない。

 臆病な犯罪者集団だ。


「下界は奥に行けば行くほど、危険を伴います。誰か一人でも怪我をしたら、すぐに帰還した方がよいです」

「ふん、それを決めるのはこのオレだ。おまえたち、行くぞ!」


 オレが声を張り上げると、騎士たちは一斉にうなずいた。


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