第21話 マザコンもブラコンも①



「俺と兄弟になろう、光」



 見知った顔が穏やかな口調で言う。

 妹に似ても似つかぬ顔で。



「でももし、傷つけるつもりなら、許さない」



 雲が日の光を遮り、教室に影を落とす。

 微笑んでいたはずの口元はいつのまにか固く結ばれて。俺は彼が本気であることを知る。


 いったいどうして、兄に脅されることになったのか。話は火曜日の朝に戻る。





「それじゃ、隣の人と交換して」



 前から後ろから、プリントを交換する音。

 俺はため息をついて、シャーペンを置く。


 苦手というわけでもない社会だが、今回の小テストは自信がなかった。なにせ昨日は勉強がまったく手につかなかったのだ。点が取れるはずがない。


 日ノ宮さんはできたのだろうか。


 隣を見れば、すでにプリントを差し出している。

 さすが、優等生だ。


 日ノ宮さんの用紙に手を伸ばして、先に受け取ってから、自分のを渡す。ちょん、と触れる指と指。体温を感じる間もなく、日ノ宮さんは手を引っこめた。



「ご、ごめん」



「いや、こっちこそ」



 すぐさま、採点に取りかかる日ノ宮さん。

 意識してないのかと思ったのだが。


 耳の先がちょっと赤い。

 気にしているのは俺だけではないようだ。


 なんとなく申し訳ないような、恥ずかしいような、でも嬉しいような。思わず口元が緩んでしまう。


 返ってきた小テストはボロボロだったけど、気分はよかった。たまに交わす視線がほのかな熱を帯びていることも、俺の心を弾ませた。


 その様子を見ている人間がいるとも知らずに──





「このキャラ、描くの難しい」



 その休み時間。

 相変わらず不満たっぷりな顔で、葵がやってきた。ためらいもせずに日ノ宮さんの席に座る。席の主はトイレに行ったそうだ。



「早く下書きしちゃいたいしさ、髪飾りをちょっと簡単にしない?」



「ばあーか、それがアイデンティティだろ」



 その後ろから藤原も来て、葵の頭をがしがしと揺らした。


 藤原は今期覇権(予定)アニメに登場している、この清楚そうなキャラクターに並々ならぬ想いがあるようで。はつらつとした表情で、キャラの特性とそれをモチーフにしたデザイン、ストーリーの素晴らしさまで語り始めたものだから、俺も葵もうんざり。大人しく従うことにした。


 体育祭の装飾係は、紙花を作る以外にも団の看板制作を任されている。もちろん、他にもメンバーはいるが、デザインに関しては中心となる俺と葵が考えるらしい。


 藤原はどうしてもこのキャラがいいと、昨日の昼休憩にごり押し。ふたりの画力では難しいとごねると、実行委員の命令だと勝手にデザインを決めてしまった。まさしく、職権濫用。


 俺は絵が得意ではないので、下書きを葵に描いてもらっている。そんなに言うなら自分で描けば、と文句を言う葵に藤原は、お前らの仕事だからなあ、と困って見せた。



「かわいい女の子だね」



 罵倒し合うふたりの横から顔を覗かせたのは、ハンカチを片手にぎこちなく笑う日ノ宮さん。



「あ、おかえり」



「ただいま、光くん」



 あまりにも自然に交わした挨拶。

 しかし、向かいに立つふたりは一気に顔色を変えた。



「ふうん。おかえり、ねえ」



「日ノ宮さんと親しいんだな、光」



 ぐしゃりと葵の手の中でつぶれる下書き。

 藤原の瞳に妖しげな光が宿る。



「光、ちょっと昼休み、いいか?」



「お、おう」


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