第22話 マザコンもブラコンも②



 そんなこんなで昼休み。

 藤原に呼び出され、空き教室に。


 埃っぽい部屋の奥で、藤原は腕組みをして待っていた。なんとなく見覚えのある立ち姿だ。



「わざわざ、なんの用?」



 返事はない。



「実行委員の用事なら、葵がいるときでもいいのに。それか、悩みごとか。俺に相談するくらいだったら、遊佐か藤也に聞いたほうがいいと思うけどな」



「悩み、というより心配なんだ」



「心配?」



「ああ、ここ最近ずっと気になってて」



「......めずらしい。藤原でも不安なことがあ、」

「俺には妹がいる」



 遮るようにして、発せられた言葉。

 俺は思わず眉をひそめる。


 それが、妹などという、彼がこれまで一度も口にしたことのない単語だったからだ。



「そんな話、聞いたことないけど」



「光はあまり関心がないからな。......可愛げのない妹だ。小さい頃からとにかく後ろをついてまわって、問題を起こしては俺を困らせていたんだが。最近はやたらと俺を遠ざけて、自分とは関わりがないふうに見せていた」



「そう、なのか」



 思春期の頃合いの妹なのだろうか。

 兄弟がいないからよく分からないが、大きくなれば、慕っていた兄が煩わしく感じることもあるのだろう。


 それにしても、藤原の妹。

 ......かなり、オタクっぽそう。



「隣に立ってるのに、無視されたこともある。頭を撫でて、露骨に嫌な顔をされたことも」



「それは、キツいな」



「そんなやつでも、たったひとりの妹だ。あいつが傷つくのは避けたい。相手がよく知っているやつなら、なおさらだ。たとえ過保護だって言われても、守ってやりたいんだよ」



 語気がだんだん強くなる。

 藤原の視線がなぜか刺すように痛かった。



「だから、さ」



 組んでいた腕を下ろして、藤原は一歩、俺に近づいた。唇を片方だけ上げ、不敵な笑みを浮かべて。



「俺と兄弟になろう、光」



そんな、意味不明な言葉を吐いた。



「お前......なに言って」

「にいに、やめて!」



 その瞬間、腕を後ろからがっと掴まれた。

 細い腕が絡まり、無理やり引きつけられる。


 困惑する俺の目に映ったのは、短く切り揃えられた細く柔らかな髪。



「......葵?」



 開いた口が塞がらないとはこのことだ。

 葵の言葉が理解できなかった。


 ......こいつは今、藤原をなんと呼んだ?


 威嚇するように睨む葵。

 降参のポーズをとって、藤原は下がる。



「余計なこと言わないで」



「俺が言いたいのは、ひとつだけだ」



 優しい口調だった。

 本当に慈しむような。



「光、俺と兄弟になろう。お前が本当に葵と関係をもちたいなら、俺は止めない。可愛げはないが、思いやりのあるやつだ。それは保証する。でももし......」



 ふっ、と口を閉じる。


 妹と似ても似つかない顔。

 藤原はその目をゆっくりと細めた。



「でももし、傷つけるつもりなら、許さない」



 それだけ言って、去っていく。

 残された俺たちはただ呆然と藤原が出ていった方向を眺め続けた。


 しばらくして、葵がぽつりと呟いた。



「にいになんて、だいっきらい」


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