第23話 ママよりも近く①



「わたしたち、双子なの」



 古びた机に腰かける葵。

 いつもの血気盛んな様子はなく、苦い顔でとつとつと事情を語っていく。



「二卵性双生児だから似てないし、一時期別々に暮らしてたことがあるから、育った環境も少し違うんだけどね」



 だから外見も中身も違うのだと葵は言った。



「にいには完璧。教育に熱心な母親に育てられて、勉強も運動もなんでもできる。人付き合いも上手。でもわたしは、できない。他人とのコミュニケーションも表面上だけ。たったひとりの兄とすら、どう接していいか......」



 葵は教室後方の入り口を見る。

 藤原が去っていった方向だ。


 それから、むうと小さく唇を尖らせる。

 細い脚をぱたぱたとさせて、子どもみたいに。



「だから、わたしはにいにが嫌い」



 ──兄を見ていると、自分が嫌になるから。


 これまで比べられてきたのだろうか。


 親か、周囲の人間にか。

 それは分からないが、完全無欠な兄をもつと生きづらいらしい。葵はそれはそれは寂しそうな瞳をして。消えた兄の背を思っているようだった。





「......家族ってなんなんだろうなあ」



 牛肉コロッケを箸で挟んで、そう溢す。


 コロッケは過去最高と言える出来で、外はさくさく、中はほわっと揚がっている。日ノ宮さんはひとくちかじるたびに、目を細めて、にんまりとした。



「家族が、どうかしたの?」



「いや、今日ちょっと考えさせられて」



 家族、家族かあ。

 日ノ宮さんが口の中で繰り返す。



「あのさ、いまさらなこと、聞いてもいい?」



「はい、なんでしょう」



 突然の敬語。一気に明るくなる表情。

 輝く両の目にママの文字が見えた気がした。



「日ノ宮さんって、家族はいないの?」



「......へ」



「ここに住むことについて、親はなにも言わなかったの?」



「そ、れは......」



 本当にいまさらな質問だった。

 初日に聞いてもよかったし、ステーキディナーの日に聞いてもよかった質問だった。


 日ノ宮さんの両親は、日ノ宮さんがふた回り近く年の離れた男と付き合い、しかもその男の家に住むという、法律的にも世間様的にもよくない行動について、いったいどう思っているのだろうか。



「なにも言ってないよ」



「......え?」



「なんにも言わなかった」



 なんにも......?


 ありえない。

 年頃の娘が男をつくり、家を出て。

 なにも言わない?


 驚きにうまく反応できない俺を、日ノ宮さんは笑った。それは、切なくなるほど綺麗な笑顔だった。



「でもね、家族はいるよ、わたしにも。桐人さんと、光くん。家を出るときは見送りをして、そばにいないときは安全を願って、誰かに恋をしたときは全力で応援する、家族」



 そんな家族になりたいの。

 日ノ宮さんの瞳がそう言っている。


 ふと、兄を語る葵を思い出した。


 完璧な家族の形なんてない。

 必ずしもその繋がりにこだわる必要はない。


 でも、思いあう心があるなら。

 繋がっていたいという気持ちがあるなら。



「わたしも家族、だよね?」



 不安そうに問う日ノ宮さん。

 父さんを想い、俺を思う女の子。



「ママにはなれないよ」



「......それは、これから」



「でも、家族だ」



 もう、家族だ。

 俺はその日、初めて彼女を認めた。


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