第24話 ママよりも近く②
クラスでのふたりはまったくの他人だ。
会えば挨拶はするだろうが、それ以上の付き合いはない。ふたりのことをよく知る生徒でも、その関係性については曖昧で。
「服のシワが雑。描き直し」
「これ、寝る時間削って描いたんだけど」
「なんかこう、気持ちが足りない」
「気持ちってなによう!」
教室のど真ん中で怒鳴りあう葵と藤原に、クラスの連中は少なからず衝撃を受けていた。まあまあ、と仲裁する俺にも不穏な視線が向けられていて。
隣に座る日ノ宮さんが遠慮がちに口を開いた。
「ふたり、どうしたの?」
「体育祭の準備で揉めてて......」
「あんなに喧嘩するほど仲よかった?」
「うーん......仲はよくない、かな」
本人が話さないなら、日ノ宮さんには言わないほうがいいのだろう。俺はふたりが双子であることを言わないでいた。
幸か不幸か、ふたりの名字は異なっている。
一時期別々に暮らしていた、と葵が言っていたが、そこらへんの事情が関係しているのかもしれない。
もしかしたら、ふたりのことを知っているのは学校側だけではないかとすら思えた。それほどにまでも、葵と藤原は他人然としていたのだ。
「それで、なんでふたりは仲がいいわけ?」
「......へ」「......ふあ?」
「かなり......怪しい」
藤原の関心が突然こちらに向いた。
あまりに予想外だったので、身構えてしまう。
余計に怪しむ藤原。日ノ宮さんは必死でどう返そうか考えているようだった。
「装飾係の仕事、手伝ってもらってたの」
すると、思わぬ助け船。
シャーペンを置いて、葵は言葉を続ける。
「ふたりだけじゃ終わらないと思ったから。こうやって休み時間も昼休みも放課後も絵ばっかり描いてちゃ、ほかの準備が進まないからね」
そうなのか、と藤原。
日ノ宮さんもそうだそうだと首を縦に振る。
「というわけで、光くん。紙花を看板作る子に渡してくるから、運ぶのいっしょに手伝って」
どこから出してきたのか、どさっと紙花の入った袋を渡される。葵に従い、俺は逃げるようにして教室を出た。
昼休みの教室棟はいつになくにぎやか。
まだまだ先のイベントに活気づいているのだ。
友だちのクラスで遊んでいた他クラスの装飾係に袋を渡したが、結局荷物を持って運んだのは俺だけ。教室に戻る道すがら、葵はぐーっと伸びをして。
気をつけてね、と言う。
「にいにはあれで執念深いから」
「あの、藤原が?」
「うん」
「二次元しか興味がないような男が?」
「いや、ほんとにしつこいの。丈の短いスカートをはいただけで、ねちねち文句を言ってくるし。ちょっと部屋着でコンビニに行ったら、夜の外出は制服のみって言われて、無理なのに。一度にいにの友だちと家の前でばったり会っちゃったときなんて、不注意だって怒られたんだよ?」
ぷくっと頰を膨らませる葵。
不覚にも可愛い。
しかし、藤原のその行動は......
「それって、葵が絡んでるからじゃないの?」
「わたし?」
「葵が変な目を向けられないように、危険な目に遭わないように、気をかけてくれてるんだろ?」
「ええっ、ありえないよお」
わたしのこと、きっと嫌ってるよ。
むくれる葵の瞳がまた寂しげに揺らぐ。
ふと、父を想い、俺を思う女の子を思い出す。
誰かを思い、繋がりたいと願う心。
それは葵にもあるのだ。
そして、もちろん藤原にも。
「藤原は葵のこと、大切に思ってるよ」
「......え」
「立派な家族だよ、ふたりは」
葵は一瞬ぽかんとして。
光くんって変なの、と笑った。
腹を抱えながら、ひとしきり笑って。
葵は目元を拭う。
そして、俺の顔を覗きこむ。
「その言い方......日ノ宮さんを思い出してる?」
「う......」
「図星だ」
思ったとおりで嬉しかったのか、葵はすうっと目を細めた。軽いステップで俺の数歩先に出ると、立ち止まって振り返る。夏用の薄いスカートがふわり。少し光に透けて、どきっとする。
「......わたし、ママより近く、なりたいかも」
「ママ?」
ああ、ママ。
自分の母親よりも、藤原と仲よくなりたいってことだろうか。それなら、すぐ叶うと思うが。
「だからさ......」
葵は頰に触る髪を耳にかけて、真っ直ぐ俺を見た。
「わたしと付き合っちゃう?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます